第二百五十八話:竜の使命
結局、あれから少しダンジョンを巡り、かなりの量のアダマンタイトを採取することになった。
インゴットにすればざっと100キロくらいはあるだろうか。あまりにもザクザク取れすぎて途中からずっと変な笑みを浮かべてしまっていた。
こんなに取ってどうするんだという疑問はあるが、色々試すならこれくらいは必要だろう。私は鍛冶師ではないし、専門的な知識は何一つない。でも、世界最硬の金属なら加工する以外にも使い道があるかもしれない。
もちろん、扱いは慎重に行わなければならないだろうが、一目見てこれがアダマンタイトだとわかる人はいないはずだ。一人でこっそり調べる分には問題は起きないはず。
「さて、そろそろ帰るか」
「うへへ……あ、うん、わかった」
にやついているのか、ひくひくしている口を元に戻しながらホムラの後についていく。
帰ったら思う存分調べつくしてやろう。そんなことを考えながら竜の谷へと帰還するのだった。
竜の里へと戻ってきたが、お姉ちゃん達の姿はなかった。
オーウェルさんによると、私達と入れ違いでエルがやってきて二人を連れて行ったらしい。
どこに行ったんだろう? まあ、エルの事だから危険な目にはあわせないだろうけど。
「どうしようかな」
すでに竜の谷に滞在して三日目になるが、主要な知り合い相手には大体挨拶を済ませてしまった。もちろん、古参の竜達は私の存在も知っているし、挨拶に行ってもいいけど、私自身は直接の面識はないし、お父さんの部下以上の関係はない。
すでにエルや他の竜達によって私の存在は認識されていると思うし、忙しくなければ会いにくる気がする。
竜の谷を色々見て回るのもいいが、それはできればお姉ちゃん達と一緒に行きたいし、そもそも観光地でもないから特に見所があるわけでもない。せいぜい、お母さんの住処である湖くらいだろうか?
なのであまりやることがなくて暇だ。
ホムラに頼めば話し相手くらいにはなってくれるだろうけど……。
「……そういえば、竜の仕事について聞こうと思ってたんだっけ」
竜の仕事。それはすなわち世界各地の竜脈を整え、世界のバランスを保つこと。
漠然とそんなことを聞いていたが、具体的にどんなことをするのかを私は知らない。竜の端くれとして、それくらいは知っておいた方がいいのではないかと考えた次第だ。
まあでも、そもそもの話私にできるかどうかも疑問ではある。
私は竜ではあるけれど、本質は精霊だ。竜の血こそ流れているけれど、正確には竜とは呼べない。だから、私が竜としての仕事をできるかどうかは少し疑問がある。
何か竜にしかない特別な力が必要だとか言われたらどうしようもないな。
「ねぇホムラ。竜脈の整備って何をするの?」
「んー、そうだな。簡単に言えば魔力を解きほぐす作業だな」
魔力は大気中に当たり前のように存在しているが、その場所によって濃度は微妙に異なっている。その濃度が濃すぎても薄すぎても人は体調を崩してしまう。
それと同じように、竜脈に流れる魔力にも濃度があり、その濃度が濃すぎれば魔物が増える原因になるし、薄すぎれば土地に悪影響を与えるなど様々な障害が起きる。
そうならないように調整するのが竜の仕事であり、世界の管理者たる所以だ。
「普段は一定の濃度を保っているが、ちょっとした刺激で魔力が凝り固まってしまったり逆に希薄になってしまうことがある。それをその都度調整して元の流れに戻してやるんだが、これがかなり面倒な作業でな。ぐちゃぐちゃに絡まった紐を一つ一つ解すようなものだから俺様はそう呼んでるぜ」
「なるほど」
魔力は目には見えないが、ある程度魔力制御に長けた者なら集中すればなんとなく魔力というものを感じることが出来る。
それはオーラのようでもあるし、流れのようでもある。ホムラの場合は紐に例えたのだろう。なんとなくイメージはできた。
しかしそう考えると、相当精密な魔力制御が求められるのではないだろうか?
魔法に例えると、魔法は一定の魔力を使って火や水などを発生させ、攻撃に使用している。この時、魔力はそれらの事象を発生させるために消費されて霧散するが、それらが出る前の状態、つまり一般的には詠唱をしている時は魔力の塊を蓄えている状態になる。
凝り固まった魔力を解きほぐすというのはこの蓄えた状態の魔力を魔法を発動させずに霧散させるということ。これは一見簡単そうに見えてその実かなり難しい。
イメージに抜けがあったり、魔力が足りなかったりして魔法が不完全な状態になった時に不発になり霧散するのとは違う。意図的に魔力を霧散させるには、暴発しないように注意しながら少しずつ拡散させていく必要がある。
すなわち、一時的に濃くなった魔力の濃度を少しずつ大気中の魔力と同じ濃度まで落としていくということだ。
普通は魔法が完成してからわざと不発にするなんて状況にはならない。やめるにしても空とか関係ない場所に発射してしまった方が楽だ。だから、そもそも意図的に魔力を霧散させるなんて考えに至らない。
しかし、竜はそれを意図的にやっている。それも竜脈といった巨大な魔力の流れを前にしてだ。
いったいどれほどの労力がかかるのだろう。想像もできない。
「私にもできればいいんだけど……」
「なんだ、ハクもやってみたいのか?」
「やってみたいというか、一応竜の使命みたいなものだし出来ないとだめかなって」
私の魔法は魔法陣を思い浮かべてそれを用いて発動しているから、魔法陣をわざと破綻させたりすれば割と簡単に魔法の不発は実現できる。でも、竜脈の整備ではそんな簡単な話ではないだろう。
やれと言われたら一回くらいはできるかもしれないが、延々と続けられるかと言われたら微妙なところだ。
「ハクはもう人間なんだし、竜の使命に囚われることはないと思うがな」
「そうかなぁ」
「まあ、それでも気が収まらないって言うなら実際にやってみたらいい。多分、ハクなら楽勝だと思うぜ?」
「いや、そうは言ってもさ……」
魔力が濃すぎても薄すぎてもダメ。そして魔力は普通には目に見えない。
目に見えないものを感覚だけで調整するとしたら相当な練習が必要になるだろう。少なくとも、初めてやって調整がうまくいくわけない。
そして、調整を失敗すればその土地にとって良くないことが起きる。誰か一人が困るっていう規模ではなく、多くの町、下手したら国全体が被害を被ることになるのだ。
私ならできるっていう言葉は嘘ではないだろうが、それでも不安は大きい。やってみたくはあるけど、失敗したらどうしようという気持ちが拭い去れない。
「なあに、いつも調整してる竜達だって失敗だらけだ。ある程度ならミスってもどうにかなるし、どうにもならないレベルの失敗なら俺様が調整すればいい。いざとなればハーフニル様もいるしな。何も心配することはねぇさ」
「……ほんとに?」
「おう。俺様に任せとけ」
他の竜達が失敗だらけ、というのがどこまで本当なのかはわからないが、少なくとも一ミリのずれが命取り、って言うほどの精度を求められているわけではなさそうだ。
それに失敗してもホムラがサポートしてくれる。そう考えるとやってみてもいいかもしれない。
正直まだ不安だけど、私もいずれそういう仕事をする時が来るかもしれない。いや、ホムラを始めライ達がいるから多分あと数百年はそんな時は訪れないのかもしれないが、竜とて寿命はあるだろう。
竜の王であるお父さんの娘である私がそのやり方を知らないというのは問題がある。時が来れば、私がお父さんの代わりをしなくてはならない時が来るかもしれないのだから。
「……じゃあ、やってみる」
「よし。それじゃあ行ってみるか」
私は再びホムラの背に乗り飛び立つ。
竜の使命、その一端を担う者としての自覚を持つためにも。
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