第二百五十七話:アダマンタイト
このダンジョンの主な魔物はゴーレム系統で統一されているらしい。ただし、一般的な石や泥のゴーレムではなく、宝石ゴーレムが標準のようだ。
鉄でできたアイアンゴーレムですら貴重なのに、最低ランクが水晶でできたクリスタルゴーレムだというのだからこのダンジョンの価値は計り知れない。
ホムラが適当に葬っているゴーレムは全部回収しているけど、これ全部売ったら多分ギガントゴーレムを売った時の値段を超える。
以前ミスリルの剣を作った時は商人から買ったけど、これを見るとわざわざ買ったのが馬鹿らしく思えてくる。ホムラの言う通り、確かにいい場所だ。
「大丈夫か? 人間の身体だとやっぱりきついか?」
「いや、大丈夫だよ。ただ、この素材どうしようかなと思って」
貯金も少し少なくなってきたし、普通に考えれば売りたいところだけど、これだけ大量に持って行ったら流石に買い取ってもらえなそうだ。というか、一気に大量に売ったら値崩れする恐れがある。売るなら少しずつじゃないと。
他にも、宝石はアクセサリーとしての価値の他にも優秀な魔法触媒としての価値がある。魔石の代わりとしても使用でき、宝石によって様々な効果を持つのも特徴。宝石魔法という魔法もあるくらいだ。
やったことはないけど、多分魔法薬にも応用できるのではないだろうか? 少しはお土産に持って帰りたいよね。
まあでも、これはあくまでホムラが狩ったものだから私のではないことを忘れてはならない。頼めばくれるだろうけど、何かお礼はしないとね。
「まあ、とっとけとっとけ。どうせいつでも取りに来れるしな」
「でも、これ全部ホムラが狩ったんだよ?」
「いいんだよ。俺は宝石なんかに興味はないし、持ってても使い道がないしな。だが、人間として暮らすなら金は必要だろ? それの足しにでもしてくれよ」
私は一部だけでも貰えたらそれでよかったけど、ホムラはどうやら全部くれるらしい。
まあ、そんなふうに言われるだろうなぁとは思ってたけど、見返りを求めないのは流石だなと思う。
思えば昔からそうだったな。私は竜の谷で待っているだけ、ホムラはいろんな場所に赴いて話をしてくれたりお土産を持ってきてくれたり。私は貰ってばかりだ。
忘れていたのだからしょうがないけど、ホムラ達にも何かお土産を持ってくればよかったな。
何を持って行ったら喜ぶだろうか。よく話はしたけど、趣味とかについてはあんまり知らないんだよね。
「と、この辺まで来ればいいか」
そんなことを考えながらついていくことしばし、ホムラはようやく立ち止まった。
ダンジョンには階層があり、上層と下層に分かれている。広いダンジョンではその間に中層が入ったり、下層の下に最下層と呼ばれる場所が出来たりと結構曖昧だが、このダンジョンは割と広い部類に入りそうだ。
恐らく下層辺りだと思われる場所。ホムラが立ち止まったのはそこにあるちょっとした小部屋で、特にこれと言って宝箱があるわけでもない普通の部屋のように思える。
「ここに何かあるの?」
「まあな。んー……ほら、あれだ」
ざっと辺りを見回したホムラがある場所を指さす。そこには一見何もないように見えたが、よく見れば少しだけ壁が盛り上がっていて、何かしらの鉱石が覗いているようだった。
鉱石ならこのダンジョンではもう見飽きるほど見てきた。今更ミスリルを見せられたところで驚きはしないけど……んっ!?
そう思いながら【鑑定】をしてみると、その鉱石がとんでもないものだと気づいた。
アダマンタイト。
世界最硬と呼ばれる金属であり、その希少性はミスリルを優に上回る。
「な……え、えっ? ほんとにアダマンタイト?」
何度か【鑑定】を使ってみるが、結果は変わらずだった。
なんでこんなに驚いているのかと言えば、アダマンタイトは神具と言われる伝説の武具に使われる素材だから。
世界の危機に際して勇者召喚が行われるように、神々は人類の脅威に対して対抗しうる武器としていくつかの神具を地上に残したと言われている。
それらには最強の硬度を誇り、いかなる攻撃も跳ね返すアダマンタイト。決して錆びず、絶対不変の力を持って敵を討つヒヒイロカネ。そして驚異の魔力伝導率を誇り、手にするだけで最高の魔法を引き出してくれるオリハルコン。これら三大神金属が使われている。
これらは神が住まう天界にのみ存在する金属で、地上には存在しないと言われていたが、以前地上でも少量だが発見されたことによって神具を人工的に作り出す試みがなされたことがある。
だが、これらはかなり加工が難しく、未だに人工的に神具を作り出せたことはない。量も少なく、思うように研究ができなかったというのもあるだろうが、それだけ凄い金属ということだ。
それがここにある。しかも、拳大ほどもある大粒の原石だ。そりゃ、インゴットにしたらかなり少なくなるとは思うが、それでもかなり多い方である。
いったいどれほどの価値があるのか計り知れない。少なくとも、白金貨数十枚じゃとても足りないだろう。
下手したら国が買える。そんな規模の価値がある。
「どうだ、驚いたろ?」
「う、うん、びっくりした」
頬が痙攣しているのが自分でわかる。私の無表情もあまりの出来事に思わず筋肉を動かしてしまったようだ。
どうしよう、凄く持って帰りたい。
持って帰ったところで売るなんてことはできないだろう。もし本物のアダマンタイトだと証明されれば値段は付けられない。様々な国の王族や研究機関がこぞって狙いに来るだろう。ともすれば強引に奪おうとして来たり、中には暗殺を企てる者もいるかもしれない。持って帰ったところで争いの種になるだけだ。
でも、世界でも類を見ない希少金属。解析できれば世界に二つとない強力な武器や防具ができるだろうし、神金属と呼ばれるほどの代物、興味がないと言えば嘘になる。
調べてみたい。そしてあわよくば神具を作ってみたい。
私は好奇心の赴くままじっとアダマンタイト鉱石を見つめていた。
「欲しければ好きなだけ持ってけ」
「え、いいの……?」
「別にいいだろ。どうせすぐに生えてくるしな」
「ッ!?」
すぐに生えてくる。その言葉にドキリと胸が高鳴った。
ここはダンジョン。ダンジョンにあるものは魔物であれ宝箱であれ時間が経てば再生する。
もちろん、後からダンジョンに持ち込んだものは再生しないし、逆に取り込まれてしまうが、元からダンジョンにあるものなら時間をかければいくらでも手に入れることが出来るのだ。
つまり、アダマンタイトが実質無限に手に入る。これはある意味世界のバランスを崩しかねないことだった。
現状、アダマンタイトを加工できた者はいない。しかし、もしそれが現れたら? 世界の武力のバランスが崩れる。
現状最強と言われている金属はミスリルだが、それを上回る硬度。鎧にすればどんな攻撃でも弾き、剣にすればいかなる攻撃でも折れることはない最強の武器が出来上がる。
現状、魔王と呼ばれるような強力な魔物が現れてもなんとかできるだけの力がこの世界にはある。勇者もたびたび呼び出され、その度に世界の危機を救っている。これ以上、神具は必要ないのかもしれない。
だけど、もし作れるのだとしたら、作ってみたい。せっかく神金属が目の前にあるのだ、これを利用しない手はない。
大丈夫、神具と言ってもそのひと振りで大地を割るだとかそういう能力があるわけじゃない。何かしらの特殊能力が付与されているとは聞いたことがあるが、それだけで世界を滅亡させるようなものではないはずだ。
「……」
世界のバランスと自分の好奇心。本来なら間違いなく前者を優先すべきだが、自分の好奇心には勝てなかった。
私はゆっくりと手を伸ばし、壁から生えるアダマンタイト鉱石を【ストレージ】に収納した。
感想ありがとうございます。