第二百五十六話:未発見ダンジョン
翌日、私はホムラの背に乗り、竜の谷を離れて空を飛んでいた。
お姉ちゃん達の要望通り竜人の里で一夜を明かした私だったが、朝いきなりホムラがやってくると、いいところに連れて行ってやると言い出してきた。どうやら昨日の約束を果たしに来たらしい。
何とも手の早いことだ。まあ、滞在できる時間もあまり長くないからありがたいけどね。
その時はお姉ちゃんもサリアも寝ていて、起こすのも悪いと思ったので書置きを残していくことにした。アリアは起きていたけど、少し行きたいところがあるらしく珍しく別行動。
そんなわけで、私だけがホムラと一緒に行くことになった。
「ホムラ、いいところってどんな場所なの?」
〈それは見てからのお楽しみってやつだ。まあ、きっと見ればわかるぜ〉
ホムラは中々行き先を教えてくれない。でも、かなりテンションが上がっているようでかなりの速度で飛んでいる。
エルと違って氷の膜もないし、吹き付ける風がダイレクトに体に当たってくるのでともすれば吹き飛ばされてしまいそうだけど、自前で防御魔法を発動することで何とか耐えていた。
正直、乗り心地はとても悪いけど、こんなに嬉しそうにしているホムラに水を差すのもどうかと思って何も言っていない。
せっかく私のために飛んでくれているのだから期待に応えてあげたい。たとえつまらない場所であっても、私は喜ぶふりをする準備がある。
〈さて、着いたぜ〉
まるでジェットコースターかのような空の旅を過ごすことしばし、目的地に辿り着いたのかようやく速度が緩やかになった。
眼下にあるのは大きな山。山頂部分に赤々と燃える火口があるからどうやら火山のようだ。
途中、景色を見る余裕はなかったのだが、どうやらここは島らしい。周囲は海に囲まれていて、探知魔法を使う限り人の気配も感じらない。無人島っぽいね。
「この火山を見せたかったの?」
〈いや、正確にはあそこにあるダンジョンだな。いいものが取れるんだ〉
「ほう、ダンジョン」
ダンジョンは世界各地にある特殊な迷宮の事を指す。普通の洞窟と違って魔物を狩っても一定周期で復活するし、内部に宝箱などが置かれていたりと普通の洞窟とはかなり異なった性質を持つ。
見つかっているダンジョンはギルドが管理しているらしいけど、ここにあるダンジョンは見た限り未発見のダンジョンっぽいね。
基本的に、ダンジョンの所有者は発見者のものとなる。管理はギルドがするけれど、ダンジョンから算出された利益は何パーセントかが所有者のものとなる。
ダンジョンの質にも寄るけど、無限に湧き出る魔物に宝があれば大抵はそれだけで大金持ちになれるほどの資産が得られる。しかも、それがずっと続くのだからダンジョン発見は冒険者にとって一獲千金の夢だ。
とはいえ、私は別にダンジョンの所有者になりたいわけではない。だって、お金には困ってないもの。まあ、珍しい素材とかが手に入るならちょっと考えないでもないけど……。
「いいものって?」
〈入ればわかる。とりあえず降りるぞ〉
そう言ってホムラは火山の麓へと降り立つ。
周囲には流れ出したと思われる溶岩が川を作っておりかなり暑い。ホムラは火竜だから何ともないだろうけど、人間だったら水か氷の魔法が使えないときつそうだ。
私はエルの真似をして周囲に氷の膜を張る。これで多少は熱を抑えられるはずだ。
「こっちだこっち。結構わかりにくいところにあるんだ」
ホムラはいつの間にか人の姿になっており、急かすように私の腕を引っ張った。
なんか、ホムラの人姿は初めて見たからちょっとびっくりしてる。
見た目は大体十代後半くらいだろうか。燃えるような赤髪に黒い瞳。ちょっと裾が擦り切れた白いパンツに、赤いジャケットのようなものを羽織っている。
イメージとしてはちょっとチャラい高校生、かな? 私としては頼りになるお兄さんって感じだったからもうちょっと上かと思っていたんだけど、でもエルが見た目16歳くらいだからそんなもんなのか?
まあ、竜が人の姿になった時の見た目は割と自由にいじれるらしいから見た目の年齢は全く当てにならないけど。実際、人としての見た目はホムラの方が年上だけど、実際の年齢はエルより年下だろうしね。
「ここだ」
ホムラに案内されるがままについていくと、目の前にぽっかりと口を開けたダンジョンの入口が現れた。
なるほど、確かにわかりにくい。ここは溶岩の川をいくつか渡った先にあるし、何より固まった岩がうまい具合に入り口を隠している。これじゃパッと調べた程度じゃ見つからないだろう。そもそも溶岩の川を超えるだけでも大変そうだし。
「それじゃ、いくか」
「はーい」
本来なら未発見のダンジョンなら複数人の調査隊が何組か入って調べるものだが、ホムラは入り慣れているのか全く臆する様子はない。
まあ、エンシェントドラゴンを相手に危険を感じさせるような魔物はほとんどいないだろう。仮に何らかの特殊能力で攻撃が効かなかったとしても逃げることくらいなら余裕でできるだろうし。
ダンジョンの中は仄かに明るかった。というのも、外と同様至る所に溶岩が流れており、それが光源となっているようだ。
ものすごく暑い。これ、対策なしで挑んだらすぐに干からびちゃいそうだな。
「ん、これは……」
ふと、壁を見てみると一部の壁が盛り上がり、そこに鈍い銀色のが覗いていることに気が付く。
鉱山の近くに生成されたダンジョンは鉱物系が多く取れることがあるけれど、大抵は鉄鉱石や石炭と言ったものが多い。
しかし、この銀色は違う。とっさに【鑑定】をしてみたが間違いない。――これは、ミスリルだ!
「み、ミスリルがこんな浅瀬に……?」
ミスリルはかなり貴重な金属である。鉄よりも頑丈で、魔力伝導率が高く、ミスリルを使った装備を持つことは一流冒険者の証だとまで言われている。
しかし、その産地はかなり限られていて、私が知っているところだとゴーフェンの鉱山くらいしか思いつかない。それもこんな浅瀬ではなく、もっと奥地。それこそ何年も掘り進めてようやく見つかるかというくらい深い場所にあるのがミスリルだ。
その希少性からかなりの値で取引されていて、以前リリーさんのために剣を作った事があったが、その時は金貨500枚くらいだったか。
それがこんな浅瀬で取れるなんて明らかにおかしい。しかも、たまたま一つ生成されていたというわけではなく、あちこちにいくつもあるのだ。
ミスリル取り放題。これ全部持ち帰ったら軽く白金貨数十枚くらいになるんじゃ……。
「驚いたか? だが、これくらいで驚いてもらっちゃ困るぜ」
「え、え……?」
「まあ、もっと奥に行きゃわかる」
ホムラはミスリルなど目もくれずにどんどん奥へ突き進んでいく。
ミスリルだけでもかなり驚いたのにこれ以上何があるのか、私はミスリルをちょっと回収してから慌ててその後を追っていった。
「おっと、魔物か」
ダンジョンは魔物の巣窟と言われるほど多くの魔物が存在している。極力戦闘を避け、慎重に進んでいけばそこまで出会うことはないが、こんな適当に進んでいれば出会うのは当たり前だろう。
現れたのは赤、青、緑と様々な色をしたゴーレム達。それぞれルビー、サファイア、エメラルドといわゆる宝石ゴーレムと呼ばれる魔物だ。
ゴーレムが自然発生するのは濃い魔力がある場所ではあるが、ダンジョンは例外だ。ダンジョンに発生する魔物はその土地に出現する魔物であり、動物型だろうが無機物型だろうが関係なく自然発生する。
まあ、ここには高純度の魔石も存在しているようだから本来の発生条件も満たしてはいると思うけどね。
しかし、宝石ゴーレムとは。中々レアなのが来たものだ。
ゴーレムは基本的にそこらの石や泥から生成される。その体の成分はもちろんその素材に準じており、破壊した場合はそれらの素材が残ることになる。
つまり、宝石を素材としたゴーレムならばその宝石が丸々残るわけで、一体倒すだけでもかなりの値段になる。
対処法は他のゴーレムとあまり変わらず、遠距離からちまちまと魔法を撃っていれば普通に倒せる。遭遇したらかなりラッキーな魔物、それが宝石ゴーレムだ。
「邪魔だ、退け」
ホムラはそう言って無造作に手を振る。たったそれだけで、ゴーレム達は頭部を吹き飛ばされて機能を停止した。
ゴーレムは物理防御がかなり高い。だからこそ魔法が推奨されており、わざわざ物理で攻めようなんて者はいない。だが、それは人の間の話。
ホムラにとってゴーレム如き敵とすら思っていないのだろう。実に適当な戦いぶりだった。
「何ぼーっとしてるんだ? 行くぞ」
「あ、うん」
やっぱり、竜は規格外だ。
私は自分が同じことが出来ることをすっかり忘れてそんなことを思っていた。
感想ありがとうございます。