第二百五十五話:話してる間竜人の里では
途中で別の視点が入ります。
気が付いたら日が暮れていて、私は五体の竜と別れた後急いで竜人の里へと向かった。
というのも、顔合わせが終わったらお姉ちゃん達のところに顔を出す約束だったのだ。
本当ならそんなに時間がかかることじゃなかったんだけど、久しぶりの再会ということもあってすっかり話し込んでしまい、気が付けばこんな時間になってしまった。
お姉ちゃん、怒ってるかなぁ……。
竜の谷は私にとっては故郷だけど、お姉ちゃん達にとっては未知の場所だ。竜達が住む影響で魔力も濃いし、人間にとっては中々辛い空間と言える。
もちろん、竜人の里は谷底にある関係であまり魔力の乱れはなく、竜の住処からも少し離れているから普通に寝泊まりできるくらいにはなっているとは思うけど、流石に丸一日近く会わなければ不安にもなるというもの。
まあ、お姉ちゃんなら普通の竜くらいだったら相手できそうな気がしないでもないけど、普通は竜を前にしたら怯える。その竜と知り合いである私やエルがいなくては不安に思うのも仕方ないだろう。
とりあえず、会ったらまず謝ろう。そう思って里へと降り立った。
「おおー!」
「これは何とも興味深い……」
「つ、次は私とお手合わせ願います!」
きっと寂しい思いをしているであろうと思っていたのだが、私が目にしたのは広場で竜人達をバッタバッタと倒しているお姉ちゃんとサリアの姿だった。
もちろん、殺しているわけではない。いわゆる試合形式であり、模擬戦のようなものだ。倒されている竜人達もみな笑顔で、むしろもっと戦いたいと意欲的に立ち上がっている。
え、なにこれ? なにしてるの?
「おお、これはエル様、それにハク様も。お戻りになられましたか」
私達に気付いたオーウェルさんがこちらに声をかけてくる。
その手にはおちょこが握られており、どうやら酒を飲みながら観戦していたようだ。
こんな時間に酒かと思ったが、よく考えたら竜の谷では酒はありふれた飲み物であり、水の代わりのようなものなので別に飲んでいても不思議はないと思い直す。
まあ、それはいい。それよりもなんでお姉ちゃんとサリアが模擬戦なんてやってるのかって話だ。
「あれは何をしているんです?」
「見ての通り、腕試しです。最初はお客人に刃を向けるのはいかがなものかと叱ったのですが、どうにも冒険者の強さというものを実際に見て見たく思いまして。模擬戦という形ならいいだろうということになり、こうして手合わせすることになった次第です」
「なるほど……」
ここは外からの情報があまりにも少ない。せいぜい聞けるとしたら保護された竜人から聞くか、人里に降りた竜から聞くかというもの。実際、オーウェルさんも私達の話を聞きたがっていたしね。
きっと、お姉ちゃん達にも色々話を聞かせて欲しいと迫ったのだろう。で、お姉ちゃん達が実力者ということを知り、実際にその力を見て見たくなった、と。
「腕試しはよくやるの?」
「はい。この里にいる者は皆住処を追われた者達です。生きるためには強くなければならない、その一心で腕を磨き続けてきた者はたくさんおります。ですので、外から入ってきた者にはこうして腕試しを挑むことは多々あります」
今回私達はお父さんの客人という名目でここにやってきた。だから初日は何もしてこなかったのだろう。
しかし、やってきたのが実力者とわかり、しかもエルに一番目をかけられている私が帰ってこないとなれば暇にもなる。ならば、自分の技術がどこまで通用するか試したくなるのも当然か。
「いつからやってるの?」
「そうですな。確か昼過ぎ頃からだったかと」
「そんな前から!?」
今は日没を迎えて少し経ったくらいの時間。昼過ぎからやっていたのだとしたら少なくとも4、5時間くらいはやっている計算になるんだけど……。
休憩なしだとしたらぶっ倒れていてもおかしくない。でも、見た感じお姉ちゃんもサリアもめっちゃ顔色は悪いけどまだ立っている。なんでだ……。
「とりあえず、話したいから止めてくれる?」
「わかりました。お前達! エル様とハク様がお戻りだ、試合を中断せよ!」
オーウェルさんの掛け声に皆が手を止める。その瞬間、お姉ちゃん達はその場にへたり込んだ。
やはり相当疲れていたらしい。私は二人の傍に近寄り顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「ああ、ハク、やっと戻ってきてくれた……」
「遅いぞハク。僕はもうだめだ……」
なんだかもの凄く疲れてるみたい。私は【ストレージ】からスタミナポーションを取り出して二人に飲ませる。すると、少しはましになったのかぐでーっとしながらも顔を上げてくれた。
「ずっとぶっ通しでやってたの?」
「うん。ハクが戻るまでの間ならいいよって言ったら、ハクが全然帰ってこないから……」
「魔力切れだって言ってもポーションで回復させられて、酷い目に遭ったぞ」
「うわぁ……」
どうやら戦い続けられたのはポーションで無理矢理回復させられていたかららしい。
とはいえ、スタミナポーションや魔力回復ポーションで回復したとしても精神的な疲労は蓄積されていく。そりゃこんな憔悴するわけだ。
私がすぐに戻っていればこんなことにはならなかっただろう。なんだか悪いことをしてしまったな……。
「ちょっとやりすぎでは?」
「申し訳ありません。皆色々な意味で飢えておりまして……」
まあ、竜人達の気持ちもわからないでもない。
竜の谷なんて人類には容易に到達しえないような秘境にあっては外の情報は何もかもが新鮮で刺激的なものだろう。しかも、武術や魔法の心得がある者からしたら今の実力者の腕前はどれほどか、また自分の技術がどれほど通用するのか試したくなる気持ちもわかる。
それが一人や二人だったらよかったんだろうが、何十人もいたから自分も自分もと歯止めがきかなくなり、ポーションに頼ってまで二人を戦わせ続けることになった。
本気で断れば竜人達も引いただろうが、お姉ちゃんもサリアも興味を持ってしまったのだろう。だからこそ止め時を見失い、私が戻ってくるまでの間だからと無理をしてしまった。
結局のところ悪いのは、約束したにもかかわらず戻ってこなかった私だろうな。
「はぁ……ごめんね、二人とも。今日は一緒に寝よう」
「ありがと。でも、お風呂も一緒にね」
「ご飯も一緒じゃなきゃ嫌だぞ」
「もちろん」
二人が我儘を言うのは珍しいけど、この状況では仕方ないだろう。むしろ、そんなことでいいなら喜んでやってあげよう。
もう一歩も動けないって感じの二人を支え、オーウェルさんの家へと運んであげる。腕試し大会はこうして幕を閉じた。
(竜人達の視点)
ハク達が去った後、残った竜人達は興奮冷めやらぬと言った様子で議論をぶつけ合っていた。
大半の竜人達はサフィの剣技に、サリアの魔法に敗北を喫し、自分の未熟さを噛みしめていたのだ。しかし、悔しさよりも好奇心の方が勝り、あの剣筋は素晴らしかった、あの魔力制御は素晴らしかったと皆二人の事を賞賛していた。
そもそも、竜人に勝てる人間というのはそう多くはない。そりゃ、農民として生活して何の武術も学んでこなかった竜人相手ならば勝てるだろうが、多少なりとも武術や魔法を学び、戦士として育った竜人を相手にすれば竜人の方に軍配が上がる。
それほど竜人の身体は頑丈で力強いし、魔力も豊富で魔法にも明るい。しかし、あの二人はそんな戦士としての技術を持った竜人達を模擬戦とはいえ倒してみせた。これは竜人達からしたら素晴らしい快挙だ。
もっと彼女らの実力を知りたい。誰もがそう思った。そうして力を身に着け、今後やってくるであろう保護された竜人達に見せてやりたいと思っていた。
だが、一部の竜人達はそれ以上にハクに期待していた。なぜなら、ハクだけが三人の中でずば抜けて異質な魔力を持っていたからだ。
「ハク殿ともいつか手合わせしてみたいものだな」
「違いない。きっとあの二人よりも面白いものを見せてくれる」
竜の谷の長、ハーフニル様の客人として現れた人間。その実力がいかほどのものか、竜人達は興味津々だった。
その後、ハクがエンシェントドラゴンの長達に慕われると聞いて度肝を抜かれることになるが、それはまた別のお話。
感想、誤字報告ありがとうございます。




