第二百五十四話:ホムラ到着
〈いやぁ、わりぃわりぃ、ガキどもの相手してたら遅くなっちまって〉
そう言いながら降りてきたのは全身を赤い鱗に覆われた飛竜。先端に棘が付いた太い尻尾にどす黒い色の翼膜に浮かぶ白い斑点。色こそ違うが、お父さんの見た目と少し似ている。
軽い口調で降り立ったホムラに対し、他の竜達は冷たい目線を送っていた。
〈な、何だよ。そんな豚を見るような目で見て〉
〈……どう思います?〉
〈反省が足りない〉
〈謝罪に気持ちがこもってねぇよなぁ〉
〈子供の相手は大事だが、ハク様との拝謁はそれ以上に大事。それに遅れてくるなど許されん〉
〈つまり?〉
〈〈〈死刑〉〉〉
まるで打ち合わせでもしていたかのように声を揃えると竜達はいっせいにブレスを吐きだした。
ひとたびブレスが放たれれば山は抉れ、町は崩落し、人は消し飛ぶと言われているブレスを、エルも含めた五匹が一斉に放つ。
その一糸乱れぬ斉射は思わずおお、と感嘆するようなものだったが、実際にそれを食らうホムラからすればたまったものではないだろう。
完全な不意打ちということもあり、ホムラはそれを避けれるはずもなく直撃を受ける。
エンシェントドラゴンのブレスを五つも同時に食らったらどうなるかなど考えるまでもないだろう。しかし、私は不思議と心配はしていなかった。
なぜなら、ホムラを見た瞬間に、ああ、いつもの事だと思ってしまったから。
〈いってぇなお前ら! いきなりなにしやがる!?〉
〈チッ、相変わらず硬い〉
〈ほんと、生命力だけは化け物じみてるよね〉
〈体力だけなら我をも上回るかもしれんな〉
〈憎たらしいよなぁ、その耐久力〉
〈まあまあ、そのおかげでいくらでも叩き込めるのですからいいではないですか〉
〈お前らふっざけんなよ!?〉
土煙が晴れ、悪態をつくホムラの身体はボロボロになっていたが、本人は至って元気そうだった。
そう、それがホムラの特徴。化け物じみた生命力。
竜は、それもエンシェントドラゴンならそれだけで並外れた生命力を持っている。でも、ホムラはそのさらに上を行く。
たとえお父さんでも数回攻撃しなければホムラを倒すことはできないだろう。特段防御力が高いというわけでもないのに、防御力が自慢のアースよりも耐久に優れているよくわからない存在だ。
この光景も思い出された記憶の中にある。久しぶりに見たけど、やはり面白い。
〈遅れてくるのが悪い〉
〈ちゃんと謝っただろ?〉
〈反省が足りない。我が姫を待たせるなど地に頭を擦り付けて平伏し、腹を見せて服従の意を示すべきだ〉
〈そこまでやるか!? 忠誠ならもう誓ってるしそこまでしなくてもよくね!?〉
〈それが反省が足らんと言っているのだ。死んで詫びろ〉
〈なんでいつも俺様にはそんなに厳しんだよお前ら! ライが遅刻してもそこまで言わねぇだろいつも!〉
〈日頃の行いの差だ。諦めろ〉
〈ちくしょう!〉
ギャーギャーと喚くホムラは本当に子供のようだけど、エルが後継に選ぶだけあってその実力はかなり高い。恐らく、この中だったらエルの次に強いのではないだろうか?
竜は強さによって序列が決まることが多い。しかし、この5匹はそういうの関係なく仲がよさそうで何だか微笑ましい。
人間からしたら苛烈な攻撃の応酬でも、竜からしたらほんのお遊び感覚だろうからね。私にもその感覚が少しは残っているのかもしれない。
〈さて、処分は後でいいでしょう。まずはハクお嬢様にご挨拶なさい〉
〈処分って……まあいいや。久しぶりだなハク。相変わらずちっこいなぁ〉
「ホムラこそ、全然変わってないね」
〈変わる奴の方が少ないだろうよ。特に竜はな〉
なんだかんだ、この中ではエルを除けば一番会っていたのがホムラだ。
何かと理由を付けて洞窟を訪れては適当におしゃべりしたり遊んだり、いろんなことをしていた。
最初は不慣れな敬語で話していたけど、だんだん面倒になったのか私の事を呼び捨てで呼ぶようになり、口調も素の物に変わっていった。
当然、エルは怒っていたけど、私は全然気にしなかった。
というのも、私は以前から人と話すのがそこまでうまくなかったから、こうしてガンガン話しかけてくるのはあまり好きではなかったのだが、ホムラは話し方がうまいのかあまり不快にならなかったのだ。
口下手な私でもなんとなく喋れてる気にさせてくれる。しかも、それを感じさせないのがホムラのうまいところだ。
だからホムラのことは家族というより親友と言った方がしっくりとくる。気の置けない話仲間、何一つ娯楽のない竜の谷では誰かと話すことは至高の娯楽だった。
「会えて嬉しいよ」
〈おう、俺様も嬉しいぜ。そうだ、後でいいところに連れて行ってやるよ。きっと驚くぜ〉
「へぇ、それは楽しみ」
〈期待して待っとけな〉
いいところかぁ、どんなところなんだろう。ホムラのおすすめならちょっと気になる。
ホムラは割と私に共感してくれていた。私が人間だということも馬鹿にせず受け入れてくれたし、私が人間の世界に憧れていると話したら実際に人化していろんな場所を訪れ、土産話を聞かせてくれた。
他の竜達が理解を示してくれなかったというわけではないけど、一番わかってくれていたのはホムラだろう。
そんな私の好みを知っているホムラが驚くというのならきっと凄い場所なんだろうな。
〈コホン、言葉遣いが気になりますがまあいいでしょう。では、各々報告をお願いします。それが終わったら、ハクお嬢様とお話ししても構いません〉
〈よっしゃ! じゃあ俺様からな〉
〈ホムラはどうせ穴だらけの報告になるので最後に聞きます〉
〈なんでだよ!〉
ぎゃーぎゃーとホムラが喚く中、それぞれの竜がエルに報告を始める。
定期的に報告はしているとのことだったが、せっかくこうして集まったのだから済ませてしまった方が有意義だろう。
みんな私と話したいのか、若干早口気味になっているが、それでも報告はきちんとしている。
それぞれの地域の竜脈の状態、周辺の魔物の数、人々の様子など、その報告は多岐に渡る。
そんなことをしているのか、と感心しながらも、私には難しそうだなと少ししり込みする。
もし、私が人間の世界に出ずに竜としてここにいた場合、いずれはそういう仕事を任されていた可能性もある。そうなった時、私は彼らのようにちゃんと仕事を果たせていただろうか。
そもそも、竜脈の管理なんて簡単に言うけれど、具体的に何をしているのかはまるで知らない。せいぜい、魔力が多すぎたり少なすぎたりとならないように調整する、ということくらいだ。
何をもって調整しているのかは知らないし、それがどれほど大変なことかも知らない。私は良くも悪くもお嬢様だったから。
うーん、これは問題ではないだろうか? 一応竜の端くれなのに竜のやるべきことを知らない。それではいざという時に困ってしまうのではないだろうか。
これは、ちょっと何とかしなくてはならないかもしれない。後で相談してみようかな。
〈我が姫よ、今日という日は長らく語り合いたく存じます〉
〈あ、ずるい! ボクもボクも!〉
〈ヘイヘイ! 俺っちを忘れてもらっちゃあ困るぜ!〉
〈我もハク様のお話を聞きたい。お付き合い願えるだろうか〉
「あ、うん、わかったよ」
報告が終わった傍から私の傍にすり寄ってくる竜達。
見た目はみんな強そうなのに、こうして甘えてくるのを見るとまるで家猫のようだ。
私はそれぞれの竜達の頭を撫でながら何の話をしようかと思いを馳せる。なにせ、私の人生は波乱万丈だったからね。
〈ちくしょう! 俺様も話したいぞ!〉
〈ホムラ、お前はまだ報告が残っているでしょう〉
〈だーもう! 早く済ませるぞ!〉
背後で喚くホムラの奇声を聞きながら話し始める。
今日は家族に会えた素晴らしい日。お姉ちゃん達の事も一時忘れ、私は日が暮れるまで語り明かすことになった。
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