第二百五十三話:集うエンシェントドラゴン
三匹の竜が立て続けに舞い降りてくる。
やはり位置が決まっているのか、それぞれ用意された石畳のスペースに器用に着地し、こちらに視線を向けてくる。
ああ、彼らとの思い出が蘇る。触れ合った時間こそ少ないけれど、皆エルと同じ大切な家族の一員だ。嬉しくないはずがない。
〈ヘイ! ハクの大将! 無事に戻ってきてくれて俺っちは感激だぜ!〉
初めに口を開いたのはライ。
黒曜石のような光沢のある黒い鱗を持ち、身体の至る所が棘のように尖っている荒々しい姿。翼は柔軟性のある私の翼と違って堅そうで、つやつやと光沢があるのが特徴的。その周囲にはバチバチと白い電撃が迸っており、下手に近づけば感電してしまいそうだ。
しかし、この電撃は単なるエフェクトであり、親しい者が相手ならその効力はないことを知っている。言うなればかっこつけ用の演出だ。
「ライ、久しぶりだね」
〈おうおう! 700年ぶりくらいか? 人間になったって聞いててっきりもう死んじまってるかと思ったが、いや、マジで生きててよかったわ!〉
〈ちょっと! 縁起でもないこと言わないでくれる? ごめんねハクっち、こいつデリカシーとか全然ないから〉
興奮した様子のライを窘めるように口を開いたのは隣にいたシルフィ。
シルフィは風属性を司る竜だ。この中では一番小柄で、若干人懐っこい性格をしている。
ライトグリーンの鱗にくるりとねじれた羊のような角。腕の付け根にはブレードのような刃がついており、少し腕を振るうだけでブオンと風を切る音が聞こえるほど。
他の竜よりも腕が長いせいか手先が器用で、たまに簡単なゲームで暇つぶしに付き合ってくれたことを覚えている。
〈でも、お前だって思ってただろ? 人間なんかに任せるんだから〉
〈そりゃあ……少しは思ってたけど……。アース、君も何とか言ってやってよ〉
〈……ハク様が無事に戻られた。その事実と比べれば些細な事だ〉
最後に口を開いたのはアース。
まるで巌かとも見まがうような巨大な体。普段動くことは滅多になく、その背には苔などの植物がびっしりと張り付いている。土属性を司る竜だけあってその翼は小さく、その巨体と比べて何とも可愛らしい。
割と無口な方だけど、私のことを心配してくれているのはよくわかる。みんな変わっていないようで何よりだ。
「シルフィもアースも久しぶり。みんな元気そうでよかった」
〈元気も元気! むしろ平和すぎてちょっと暇だったよね〉
〈ハク様の御姿を見られたこと、とても嬉しく思う〉
竜の表情はわかりにくいけれど、なんとなく私にはわかる。シルフィは満面の笑みを浮かべていて、アースはちょっと頬を綻ばせてるって感じかな。
多少の違いこそあれど、みんな私のことを歓迎してくれているようでとても嬉しい。
こんな、竜の生活は嫌だと我儘を言って人間の世界に逃げた裏切り者をここまで心配してくれるなんて……あの時の私に言ってやりたい。ここまで愛されていたのに何で逃げたいなどと思ったのかと。
もちろん、人間としての生活はとても楽しい。送り出してくれたことにはとても感謝しているし、これでよかったとも思っている。でも、すべてを拒絶するのではなく、あくまで帰る場所はここなのだと、そう思っていて欲しかった。
私の故郷は私が育ったあの辺境の村ではない。こここそ、私の故郷。私が帰るべき場所だ。
〈それにしても我が姫、人間へと身を堕とした割には魔力が……〉
〈ああ、それは思った。なんか人間っぽくないよね?〉
〈ハク様の魔力は人間に身を堕とした程度では隠しきれぬということだろう。そんなこともわからぬのか貴様ら〉
〈まあ、ハクの大将は最強だったしな。格は落ちても早々強さは変わらないってわけだ〉
何やら私の魔力について話している。
私の魔力に関してだが、竜の翼が現れる以前と比べて飛躍的に伸びている。
というのも、私は本来精霊であり、そこにさらに竜の力が合わさっているのだから魔力量だけ見れば相当なものがあった。それを、無理矢理封印を施して人間に近づけることにより相殺した。まあ、結果は封印が強すぎてカスみたいな魔力しか残らなくなり、まともに魔法を使えないという事態に陥ったわけだが。
しかし、封印の一部が緩み、竜の力が解放されたことによって封印されていた魔力もまた放出され、その結果私の魔力は爆発的に伸びることになった。
私の元の魔力量がどうだったかは覚えていないが、少なくとも今の倍以上はあっただろう。竜としての力が目覚め、人としての魔力量を大きく超越した今の状態よりもさらに上があるのだ。
当然、それは今目の前にいる竜達よりも多いことになる。今は少し下くらいだけど、封印がまだ残っている状態でこれならいかに私が凄い魔力を持っていたかがわかる。ライが私の事を最強と称すのも無理はない。
強力すぎる封印は今やお父さんですら解けるか怪しいようだけど、果たして完全に封印が解けたらどうなることやら。ちょっと見てみたい気もするし、怖くて見れないような気もする。
「まあ、色々あってね」
私はひとまず竜の力を取り戻すに至った経緯を軽く説明する。
私が死にかけたことを知るや否や、顔を青ざめさせたりあわあわと動揺したりと反応が面白い。アースは全然動じていない様子だったけど、あれは多分内心焦っているんだろうな。
〈そんなことが……よくぞご無事で〉
〈それ、その王子って奴がついて来たせいじゃん。殺した方がいいんじゃないかな〉
〈違いない。どれ、我が直接乗り込んで……〉
〈やめとけって。ハクの大将の話をちゃんと聞いてなかったのか? 俺の予想じゃハクの大将とその王子とやらは、ふふ〉
〈そうですか、ならなおのこと殺さないといけませんね〉
〈エリアスに同意。ちょっと殺しに行こっか〉
〈落ち着きなさい。私はあの男の事を少し買っています。いたずらに始末することは許しませんよ〉
〈〈〈はっ、申し訳ありません!〉〉〉
……なんか王子が命の危機に陥っていたような気がするけど、エルの一声によってみんな黙った。
いやまあ、確かにあれは王子が無理矢理ついてきたからと言えなくもないけど、元はと言えば私が無理に討伐に行こうとお願いしたからだ。死にかけたのだって私が油断したせいだし、王子は悪くない。
それにしてもライ、私と王子が何だって? 私と王子はそんなロマンス溢れた関係じゃないぞ。
〈それにしても、ホムラはどうしたのです?〉
〈そういえば来てねぇな。またさぼりか?〉
〈ハクお嬢様がせっかく帰ってきたというのに何をやってるんですかねあの駄竜は〉
そういえば、まだ四匹しか揃っていない。まあ、さぼり癖が酷いと言っていたから多分そういうことなんだろうなとは思うけど、私と会うのも面倒ってことか。ちょっと悲しいな。
〈呼んではいるのか?〉
〈ええ、昨日声を掛けました。まさか寝坊ってことはないでしょうが……〉
竜達があからさまに不満げな顔をしている。
この場にいる竜達にとって、私へ会いに来るということは何よりも優先される事柄なのだ。それこそ、重要な大陸の監視をほっぽり出してまでくるようなこと。
それなのに一番近くにいながら遅刻しているというのが許せないのだろう。これはもし来たとしても袋叩きに合いそうだな……。
「私は気にしないから、もう少し待ってみよう?」
〈ハクお嬢様がそうおっしゃるのであれば……〉
私は恐らくホムラとも会っているけど、まだ記憶は思い出せていない。やはり、直接見ないと封印は緩まないのだろう。
私はホムラに嫌われていたのだろうか? それとも面倒くさい奴だと思われていたとか?
うーん、気になる……。
〈ようやく来たみたいですね〉
ちょっと不安になりながら待つことしばし、ようやく空に一匹の竜が現れた。
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