第二百五十二話:他の竜に会いに行く
寝るまで語らいたいという両親の願いを叶え、私は洞窟で一夜を明かすことになった。
正直、ここならば他の竜の魔力はあまり影響がないし、お父さんが人状態を維持してくれればお姉ちゃん達も休めると思うんだけど、人状態というのは結構窮屈らしく、あまり長時間人状態を維持したくはないのだとか。
まあ、わからないでもない。私も普段生活していてもたまに翼を出したくなるし、ずっと人のままでいると魔力が変に抑えられていてもやもやする時がある。恐らく、それと似たような症状なのだろう。
そういうわけで、お姉ちゃんとサリアには竜人の里で休んでもらうことになった。
あれ、となるとエルは相当窮屈な思いをしてたってこと? 私が思いつく限り、学園でエルが竜状態になっていた姿は見ていないし、もしかしたらずっと人のままでいたのかもしれない。
もしかしたらこっそり発散してたのかもしれないけど……今度から注意してあげよう。
〈今日は他の竜達に挨拶に行きましょう〉
一夜明けて、朝食を両親と共にした後、私を背に乗せて飛び立ったエルがそう言った。
私が竜の谷で暮らしていた頃、主に世話を焼いてくれたのはエルだったけど、それ以外にも何匹かの竜が世話をしてくれていたらしい。
それらは皆エンシェントドラゴンと呼ばれる存在で、竜の谷の中でも高い地位を持つ者なのだとか。
普段は各地で重要な竜脈を監視しているらしいのだが、今回私が帰ってきたということで招集をかけたらしい。
私のために仕事を中断してもいいのかと思ったが、皆私のことが心配で気にかけてくれていたらしいので姿を見せて安心させてあげて欲しいとのことだった。
「エル、どんな人がいるの?」
〈おや、まだ思い出せませんか?〉
「うん。だいぶ思い出してきた方ではあるんだけど……」
私の記憶についてはだいぶ封印が解けてきている。エルの事はもちろん、両親の事もかなり思い出した。
しかし、その世話をしてくれたという他の竜に関しては全然記憶にない。やはり、エルの時と同じように実際に会わなければ封印は解けないと見える。
まあ、私の世話をしてくれたという恩義ある竜に会うことは全然問題ではない。私は全然覚えていないけど、向こうは覚えているだろうし、私の姿を見るだけで安心してくれるなら喜んで会おう。
ただ、出来れば事前知識が欲しいところだ。私はエルに彼らの事を説明してくれるように頼んだ。
〈わかりました。では説明しますね〉
この世界には大きく分けて五つの大陸があるらしい。各大陸には人間を始めとした多くの種族が住んでおり、日々の生活を送っている。
それぞれの大陸は竜脈と呼ばれる魔力のラインで結ばれており、それらは大地に恩恵を与え、豊穣をもたらしているらしい。
しかし、それらが何らかの原因でバランスが崩れると魔力過多や魔力不足に陥り、それによって魔物が大量発生したり凶作になったりと様々な問題が起こるようだ。
それを調整するのが竜の仕事である。
これらは何百、何千という数が存在し、竜はそれをすべて手作業で見て回らなければならないとのこと。転移魔法があるとはいえ、各地の精霊の報告を聞いてから向かっていては遅いこともあり、何匹かの竜は監視のために各地に散っている。
エンシェントドラゴンはそんな監視の役目を持つ竜達の総括役で、他の竜達の報告を竜の谷に届けると同時に万が一強力な魔物などが現れた場合はそれを退治する役目も担っている。
〈そして、それぞれの大陸のまとめ役が今回会う人達ですよ〉
それぞれの名をライ、エリアス、シルフィ、アース、そしてホムラ。
名前を聞いてもピンとは来ないが、どうやらそれぞれ違う属性を司る竜らしい。
ちなみにエルは彼らの上司のようだ。元々は竜の谷があるこの大陸の統括をしていたらしいのだが、私の世話するにあたって後任が選ばれ、隠居することになったらしい。
代わりにそれぞれの報告をお父さんに伝える役目を負ったらしく、いつの間にか彼らの上司という立場になっていたのだとか。
それぞれの大陸の統括のさらに上って、そりゃみんなエルに頭を下げるわけだ。偉いのもそうだし、私という王の子供を育てる栄誉を預かったと考えれば敬われるのも納得できる。
前は聖教勇者連盟から来た転生者達に殺されてしまうかもと考えたこともあったが、手段を選ばなければ負けることはなさそうだ。むしろ、私がお節介をしてしまったかもしれない。
いや、でも事を荒立てないのは大事だしあれが正解なのか? 色々手遅れな気もするけど……。
〈あ、見えてきましたよ〉
説明しているうちに目的地に着いたようだ。
辿り着いたのは少し斜面になっている亀裂の隙間。どうやらここは彼らの報告の場らしく、会社でいうところの会議室のような場所らしい。
亀裂と言っても内部はかなり広く、竜が数匹入り込んでも十分に飛び回れるだけの広さがある。
これは、どちらかというと人工的に広げたようだ。あそこの斜面とか爪かなにかで引っ掻いたような跡に見える。
床も整えられていて、舗装こそされていないが、平らにならされている。よく見ると、各所に石畳のスペースが用意されているのがわかる。
これは、それぞれの場所に竜が着地するのかな? 竜の巨体なら石畳でも割れてしまいそうな気がするけど……まあ、そこまで荒れている様子はないし大丈夫なんだろう。
エルはそんな石畳の一つの上に着地すると、周囲を見回してはぁと溜息をついた。
〈まだ誰も来ていませんか。他の大陸の竜達はともかく、ホムラは後でお仕置きですね〉
「ホムラって、昨日言ってた?」
〈はい。この大陸を任されている私の後輩なのですが、さぼり癖が酷くて〉
昨日は子供達の相手をさせようとしていたみたいだけど、この大陸の総括だったのか。
総括にそんなことやらせていいのかとも思ったけど、基本的な監視は下位の竜が行い、総括は彼らの報告を聞くか、竜達がどうしようもできない事態を解決するのが仕事らしい。それにこの大陸には竜の王であるお父さんがいる。ホムラが仮に異変を見逃してもお父さんが気付くし、その時にちゃんと仕事出来ればいいので割と暇なのだとか。
なるほど、なんとなくホムラの立ち位置がわかった気がする。
〈おっと、来たみたいですね〉
そうこうしているうちにエルが何かを感じ取ったらしい。空に向かって視線を送ると、そこには一匹の竜の姿が見て取れた。
空の色とはまた違う深い青色の鱗。蛇のように細長い体で、その背には水の膜のような透明な翼が生えている。
その竜は空中で一回転すると自然落下するように亀裂に向かって落ちてくる。そして、きっちりと石畳の上に着地すると、長い尻尾を丸めて恭しく礼を取った。
〈我が姫よ。再びこの地に帰還されたことを心より嬉しく思います〉
「えっと……エリアス?」
〈はい。わたくしのような下賤な存在を覚えていていただき恐悦至極にございます〉
水の竜、エリアスを見た瞬間、彼女との思い出が蘇った。
とは言っても、そこまで多くはない。基本的な世話はエルがしていたし、彼女らが私と関わったのはほんの少し。報告のついでに私の顔を見に来る程度だ。
私の知るエリアスはとても礼儀を重んじる竜だった。私の事を姫と呼び、私に危機が迫ろうものなら誰よりも早く駆けつけてみせると言ってくれた。
イメージとしては騎士だろうか。あの時より何も変わっていない、私の知るエリアスだった。
〈他の者も来たようですよ〉
エルの言葉に上を見ると、三匹の竜がやってくるのが見えた。
忘れられた思い出がどんどん蘇っていく。会った時間こそ少ないけれど、私の家族ともいえる存在達。
私の凝り固まった表情もこのときばかりはわずかに緩んでいたかもしれない。
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