第二百五十話:700年ぶりの再会
私は元は別世界の人間であり、お父さんの力で精霊の身体に宿らされて転生を果たした。しかし、私はその恩を仇で返してしまったようだ。
お父さんの瞳がわずかに揺れる。今だからこそ言えるが、本当に申し訳ないことをした。
〈最初は人の町に送りだすなど気が気ではなかった。ここであれば安全は約束されている。わざわざ危険にさらす必要はないと思っていた。しかし、そこに奴らがやってきた〉
「奴ら?」
〈人間達が言うところの勇者と呼ばれる存在だ〉
勇者とは世界の危機に際して召喚の儀によって呼び出される異世界の強者である。
彼らは類稀なる力を有し、どんな脅威であろうと悉く排除できるだけのポテンシャルを持っている。
彼らは時折現れる強力な魔物を排除し、世界の安寧を守っている。だからこそ、勇者は人類の切り札であり、頼りにされる存在だ。
しかし、竜にとっては勇者はただの邪魔者でしかなく、相容れることはない存在のようだ。
〈奴らは我の事を魔王と称し襲い掛かってきた。わざわざ竜の谷に乗り込んでまでだ。正直正気の沙汰とは思えん〉
「それって……」
聞いたことがある。魔王を討つために勇者が竜の谷へと乗り込んだことがあると。
その際、勇者は魔王と対峙し、倒すことはできないまでも封印することに成功し、世界に平和をもたらしたと伝えられている。
しかし、それは700年も前の話だ。もちろん、そんな伝説の再来と呼べそうな出来事は他には起こっていない。竜の谷は700年の間未踏の地だったはず。
あれ、ということは……。
〈それ以来となると、ハクとは700年ぶりの再会だな。改めて会えて嬉しく思うぞ〉
「700年……」
確か、私を逃がしたというエルは森に私を封印したと言っていた。
私の記憶ではせいぜい6、7年ぶりと言ったところだったが、どうやら封印されている間にかなりの年月が経っていたようだ。
私の身体は成長しないからわからないけど、どうやら肉体的には700歳以上らしい。
全然実感沸かないんだけど……。
〈勇者は退けたが我は悟ってしまった。ここも完全に安全というわけではないと。ハクの言うようにおっかない場所に違いはないのだと〉
自分の下が一番安全という定義が崩され、お父さんは苦悩したそうだ。
そして、結果的に私を人の世界に送り出すことが正しいと信じ、私に色々と封印をかけて送り出した。
すべては私が人間として生活できるように。人間の身体に寄せ、記憶をなくし、あたかも完全に人間であるかのように偽装して。
〈エルを向かわせたのはハクの魔力に異変を感じたからだ。姿が見えなくともなんとなくハクに危険が迫っていることはわかった。ハクはすでに人間としての生活を楽しんでいるであろうことは承知だったが、どうしても確認しておきたかったのだ〉
エルが来たのは大体半年くらい前。魔力の異変は多分竜化したことだろうか?
だとしたらエルが来るまで結構時間がかかったように思えるけど、お父さんの事だ。私の邪魔をしたくないと苦悩していたに違いない。
実際、私がまだ人としての生活を楽しみたいと言ったらそれを尊重してくれたし、連れ戻すというのはあくまで建前だったんだろう。
でも700年経った今久しぶりに会いたくなったというのもあるのかもしれない。普段はそんなそぶり一切見せなかったのに、何とも可愛い人だ。
〈ハク、人間の生活は楽しいか?〉
「はい、とても。私は幸せ者です」
我儘から始まった私の人間としての生活。早々に捨てられてしまうという辛いこともあったけど、アリアと出会い、お姉ちゃんと出会い、サリアに出会い、たくさんのかけがえのないものを手に入れた。
時にはオーガに殺されかけ、ぬいぐるみにされ、岩に押しつぶされるなどのトラブルもあったけど、それも今ではいい思い出だ。
ハクとしての人格がある今ならば竜の谷での生活も決して悪くなかったと言える。けれども、やはり元が人間なだけあって人の世界はとても居心地がいいものだった。
〈……もう、ここに戻ってくる気はないか?〉
「……お父さんにはとても感謝しています。今の生活があるのもお父さんが送り出してくれたおかげです。だけど、私は今の生活を手放す気はありません」
〈……そうか〉
お父さんの瞳が寂しげに揺れる。子供の幸せを願うというのは親として間違っていないのだろうけど、それでも寂しいことに変わりはないのだ。
その気持ちはよくわかる。私だって、大切な人と離れ離れになるのは嫌だ。
だけど、私は今の生活に馴染みすぎてしまった。人として学園に通い、人として冒険をし、人として友達と語らう。そんな日常を当たり前と感じてしまっている今の私が竜の谷で暮らせるとは思えない。
もちろん、しばらく滞在すれば慣れもするだろう。お母さんとも会いたいし、エル以外にも世話になった竜達もいる。彼らと共に暮らすのも悪くないのかもしれない。
でも、それでも、私は人としての幸せに浸りたかった。
「また、会いに来ますよ。空間魔法も教えてもらったんです。これがあればひとっとびです」
〈……そうだな。我はハクが幸せならそれでよい。その幸せそうな姿を見られただけで満足だ〉
威圧感たっぷりの顔ではあるが、私にはそれが儚げに笑う男性の顔に見えた。
「しばらくは滞在しますから、たくさんお話ししましょうね」
〈ああ、もちろんそのつもりだ。リュミナリアにも会いたいだろう。今日は腕によりをかけて料理を作ってもらわねばな〉
「それは楽しみです」
お母さんの料理は絶品だ。学園での料理もなかなかに豪華だが、それ以上であることは確かだろう。思い出補正もあるかもしれないが、無性に食べたくなってきた。
どうやらお母さんは今出かけているらしく、夜までは戻ってこないだろうとのこと。今すぐ会えないのは残念だが、夕食はお姉ちゃん達も交えて食べようと約束をした。
竜と一緒に食事をとる。こんな経験絶対できないだろう。だいぶ打ち解けてきたとはいえ、やはり竜の威圧感は凄いのだ。
まあ、そこまで気にすることもないと思うけどね。お父さんだって何も考えていないわけじゃない。私の友達にはちゃんと敬意を払ってくれるだろう。
また夜に話そうということになり、いったん竜人の里に戻ることになった。
一応、あの洞窟には私のために人間でも休むことが出来る部屋やベッドなども置かれている部屋はあるが、お父さんが近くにいては中々休めないだろうということで少し離れて竜人の里に滞在することになったのだ。
まあ、当然のように私はあの洞窟に泊まるようにと言われているのだけど、どっちに泊まるかは正直悩む。
700年もの間会えなかったお父さんと一緒にいてあげるべきか、私がいなければ周りが竜や竜人ばかりで不安だろうお姉ちゃん達の傍にいるべきか。
うーん、約束してしまったし前者かな。お姉ちゃん達には申し訳ないけど、竜人達にもてなしてもらおう。お父さんの客人ということになっているから間違っても変なことはされないだろうしね。
「それでは、私は子供達を待たせていますので失礼しますが、夜には迎えに来ますのでしばらくここでお休みくださいませ」
私達を竜人の里に送り届けると、エルは飛び去って行ってしまった。
ちゃんと子供達との約束を守るあたり、エルも結構優しい。まあ、昔から私に対してはいつも優しかったけどね。
再びオーウェルさんの家を訪れて歓待してもらい、しばし体を休める。
最初はあんなに緊張していたのに今ではすっかり元通りだ。
お母さんと会えることを楽しみにしつつ、夜が来るのを待った。
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