第二百四十九話:私の生い立ち
私とお父さんとは元々そこまでの交流はなかった。基本的に傍にいてくれたのはエルだし、食事に関してもお母さんと共にすることが多かった。お父さんとの交流と言えば、せいぜい時たまエルと顔を合わせて指示していくついでに私の顔を見ていく程度の事。
最初こそ食事の面倒を見てくれようとしていたけど、私が人間としての記憶を持った状態で生まれてきてしまったこともあり、竜の食事はあまり受け付けなかった。
そもそも、最初はエルにすら怯えていたし、それよりも明らかに強大な力を持っているであろうお父さんに懐こうはずもない。今思えば申し訳ないことをしたものだ。
今だからわかるが、あれは相当私に気を使ってくれていたのだろう。
いくら自分の子供とは言え、竜の王である自分の魔力は子供に悪影響を与えてしまうかもしれない。そう考えたからこそあまり近寄らなかったのかもしれない。
現に今だって相当抑えているだろう。恐らく、数値化すれば私なんて足元にも及ばないほどの魔力を有しているだろうに、竜状態のエルより少し多いくらいの魔力しか感じない。
もし手加減をしていなければ今頃お姉ちゃん達は泡を吹いて気絶しているところだろう。防御魔法越しでぎりぎり保っている状態なのだからすさまじい魔力の量だ。
〈それにしてもハク。その人間達は友達かな?〉
「あ、はい、紹介しますね。こっちがお姉ちゃんのサフィ。そしてこっちが親友のサリア。最後のこっちが私の親友で契約妖精のアリアです」
しばし温もりを堪能してから手を放すと、お父さんがそう聞いてきた。
お父さんの視線が三人に移る。防御魔法のおかげで何とか耐えているようだけど、竜の圧倒的なプレッシャーに完全に委縮してしまっているようだ。
〈お初にお目にかかる。我はハーフニル・アルジェイラ。ハクの父親だ。ハクが世話になっているようで感謝している〉
「は、ハク、なんて言ってるの?」
「あ、えっとね……」
竜語がわからない二人に通訳をしてあげる。
二人ともがちがちに緊張してるけど、お父さんは割と寛大だ。私の大事な人に攻撃するなんてことはありえない。
とはいえ、ただ目の前にいるだけで威圧してしまうのは事実。どうにか私が場を和ませてあげないとね。
「お父さん、みんなはね……」
私はこれまでの思い出をお父さんに語って聞かせる。みんながどれだけ頼りになる存在か、どれだけ私の事を大切に思ってくれているか、身振り手振りを交えて語っていく。
途中、皆にも質問が振られてそれに答えたりしながら話していると、二人もだんだん慣れてきたのか口数が多くなっていった。
アリアだけはまだ緊張しているのかほとんど喋っていなかったけど、私が話を振ればしどろもどろになりながらも答えていたので少しは耐性ができてくれたらと思う。
〈竜の力の封印が緩んだか。なるほど、ハクから竜の気配を感じるのはそのせいか〉
話の過程で私が竜の力に目覚めたことも話した。
お父さんが私にかけた封印は完全に竜の力を封じるものであり、たとえ腕利きの呪術師であっても解くことはできないらしい。しかし、瀕死の重傷を負ったことで生存本能が刺激されたのか封印を破って一部の力が顕現したのが今の状態のようだ。
本来の私は今のような竜人形態ではなく、完全な竜になれるらしい。身体能力も今の比ではなく、お父さんに次ぐ力を持っていたようだ。
竜の力が目覚めてしまったのは想定外だったけど、私はまだ運がよかった方だろう。
これがもし封印が完全に解かれて完全な竜の姿になってしまっていたら討伐対象にされていたのは必至だろう。いくらお姉ちゃんや王子が説明したところで、竜が私だと信じる者は少ないだろうし、わかった上で殺しに来そうだ。最悪、アグニスさんあたりにその場で切り殺されていてもおかしくはない。
お父さんの話が本当なら本気で戦えば勝てるかもしれないけど、その時私は完全に孤立することになる。その後人の姿に戻れたかどうかもわからないし、どこかの山奥でひっそりと暮らす生活を余儀なくされそうだ。
中途半端に封印が解けて竜人形態に収まったことで余裕が生まれ、且つまだ何とか人に受け入れられる姿だったからこそ今までの生活が続けられていたのだ。
お姉ちゃんやサリア達と別れ、一人で暮らしていくなんて今の私では心が折れてしまいそうだ。アリアは付いてきてくれるかもしれないけど、それでも寂しいことに変わりはない。
完全に封印が解けなくてよかったとぶるりと体を震わせた。
〈恐らく、我の心象が影響したのだろう。人の領域に馴染ませるためとはいえ、完全に人にしてしまえば非力な幼子だ。我はハクに死んでほしくはなかったからな〉
本来であれば自分でも解けないほどの強力な封印を施すはずだったらしい。しかし、竜の力を封印して人として生きるというのは著しく生存能力を下げる結果になる。
だから、保険として危機に陥った時に力が解放されるように無意識に設定してしまったようだ。
元々魔力の上がり具合だったり回復の速さだったりと割と人間離れしていた場面もあったけど、恐らくその辺もこれが影響しているのだろう。
「なんで、そこまでして私を逃がしたのですか?」
もしお父さんやお母さんが窮地に陥ったのだとしたら私は助けに入るだろう。お父さんですら手を焼くような相手で、たとえ自分が役に立たなかったとしても立ち向かうはずだ。
私とて死にたくはないが、大切な人が死に、自分だけ生き残るというのはとても辛い。そんな状況に陥ったら、私は迷わず共闘を選ぶはずだった。
しかし、お父さんは私を逃がすのみならず、永遠の離別をも覚悟して私を人の世へと送り出した。
それはいったいなぜなのだろうか?
〈それはな、ハクが毎夜のように泣いていたからだ〉
「えっ……?」
お父さんは慈しむような目で私の事を見つめてくる。
私が泣いていたから? どういうこと?
〈それを説明するにはお前の生い立ちについて話さなければならないだろう〉
「私の、生い立ち……」
〈我はリュミナリアと番いとなり、子を成そうとした。しかし、リュミナリアは精霊、精霊は子を成すことはできない。それは知っているな?〉
「は、はい」
〈そこで我はリュミナリアの力を使い、精霊の肉体に我の力を混ぜ込むことによって疑似的な子を成そうと考えた。ハクの身体にはリュミナリアの魔力と我の血が流れている。正確には子とは言えないかもしれないが、我とリュミナリアの作り出した愛の結晶であることには変わりない。我はそれで満足だった〉
私の身体は精霊であり竜である。本来子を成すことが出来ない二人が子を成す方法がお互いの力を込めた個体を作り上げることだとしたら、私は間違いなく二人の子供だろう。
私が精霊に好かれているのはお母さんの魔力のおかげなのかもしれない。
〈しかし、肉体は作り出せども魂だけはどうにもならなかった。精霊は無機物や概念が意思を持つことで生まれる存在。作り上げた肉体に偶然に意思が宿る確率はとても低かった〉
精霊とは自然現象の具現化である。日の光から光の妖精が生まれ、川の流れから水の妖精が生まれる。それらが長い時を経て魔力を蓄えることによって精霊へと成長し、一つの存在になるのだ。
妖精が生まれる条件ははっきりとはしていない。魔力が一定であったり、固有の魔力が流れていたり、ある程度の条件下で生まれるとされているが、それも必ずではない。いくら条件が揃っていても全く生まれない時もある。
意思が宿る器は用意できてもそこに意思が宿るとは限らない。だから、私という子供を生み出すのはかなり難しかったのだ。
〈そこで我は一計を案じた。空間魔法によって異界の門を開き、魂を呼び寄せることにしたのだ〉
「……え?」
〈その策はうまくいき、肉体に魂を宿らせることに成功した。魂が男のものだったというのは想定外だったが、それも些細なことだった。そうして宿ったのがハク、お前だ〉
異界の門を開き魂を呼び寄せた。それってつまり、異世界、つまり私の前世の記憶の世界から私を呼び寄せたってことだよね?
私は偶然にも前世の記憶を持ったまま精霊として生まれたのだと思っていたけど、もっと故意的なものだった。私はなるべくしてお父さんの子供になったというわけだ。
なるほど、思い出してみればわかる。生まれた直後の記憶はないが、私の言動を思い返せば実に私らしくない。
一人称は俺だし、お父さんどころかエルにすら怯えるとても臆病な性格。竜だ精霊だと教えられても自分は人間だと繰り返し、女性の身体になってしまったことに絶望する毎日。
これが前世の、春野白夜としての側面なのだろう。今でこそ客観的に見れるが、今思い返すとだいぶ我儘を言っていたように思える。
確かに、本来ならば私の魂は輪廻転生の輪に入り、地球で別の誰かに転生していたのかもしれない。それを邪魔され、記憶を持ったまま無理矢理転生させられたと考えれば頭に来るのもわかる。だけど、よく考えてみればそれはとてもお門違いだ。
そもそも、本当に転生できていたのかもわからない。死後の世界なんて誰にもわらないし、輪廻転生なんてものが本当にあるのかもわからない。それを女性の身体とはいえ肉体を用意し、さらに強い力をもって生まれ変わらせてくれたのだから感謝こそすれ恨む理由などこれっぽっちもないだろう。
それに、前世の記憶を思い返しても未練なんてものは何もない。家族とは長らく会っていなかったし、研究室でもほとんど一人だった。強いて言うなら俺がいなくなった後研究はどうなったのかだとか、やり込んでいたゲームの続編楽しみにしてたのにとかそういうのはあるけど、それも些細な事。むしろ、異世界という何もかもが新鮮な世界に生まれたのだからそれらを鑑みても喜ぶべきである。
それをこの男は……自分でやったこととはいえ、恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、泣いていたというのは……」
〈お前はいつも人の世界に憧れていた。こんなおっかない場所ではなく、普通の人間として町で暮らしたいと嘆いていた。だからこそ、お前を人間にしてやろうと考えたのだ〉
元をただせば自分の我儘だった。
お父さんだってせっかく生まれた自分の子供を手放すなんてことしたくなかっただろう。
私はこんなにも優しい両親に迷惑をかけてしまったことを酷く恥じた。
感想ありがとうございます。