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第二百四十八話:父との対面

 竜の谷はかなり広い。谷底には竜人の里があるけれど、それが霞むくらいには広大な面積を誇っている。

 崖には無数に穴が開いており、竜達はそこを住処にしているようだ。

 エルはそんな竜の住処を突っ切るように進んでいるけど、ほとんどの竜はエルの姿を見るなりその場に立ち止まって礼を取る。しかし、例外はいるようで、何匹かの竜はエルの下に集まってきた。


〈エル様ー、どこに行ってたのー?〉


〈その人間は何? 友達?〉


〈エル様遊んでー〉


 どうやら竜の子供達のようだ。

 すでに身体はかなり大きいが、確かにエルと比べたら結構小さく見える。

 竜の子供はきゃっきゃっとはしゃいでいて、仕草だけ見ていれば人間の子供と大差ない。しかし、内包している魔力は相当なもので、子供であるにも関わらず、すでに人間の何十倍もの魔力を有している。

 そこは流石竜だなと思いながら軽く手を振ってみると、興味を持ったのかこちらに手を伸ばしてきた。しかし、エルはその手を躱すように飛び上がり、言い聞かせるように優しく子供達を諭していく。


〈このお方はご主人様の客人です。今から会いに行くんですから、遊んでる暇はありませんよ〉


〈えー〉


〈遊び相手は他にもいるでしょう? ホムラはどうしたんです。適任でしょう?〉


〈どっかいっちゃった〉


〈またさぼりですか……。後できつく言っておかないとですね〉


 エルは子供の相手は苦手だと言っていたが、竜相手なら平気らしい。仕草は人も竜も変わらないように思えるけど、一体何が違うのだろうか。

 ホムラという竜? の事も気になるが、そこらへんも少し謎だな。


〈それじゃあ、少し待っていてください。今は無理ですが後で遊んであげますよ〉


〈ほんと?〉


〈はい。ですから大人しくしていてくださいね〉


〈はーい〉


 とても聞き訳がいい子供達はエルの言葉を聞いて去っていった。

 竜の遊びっていったい何するんだろうか。狩りとか? だとしたら獲物となった魔物は可哀そうだな。


〈お待たせしました。行きましょう〉


「うん」


 父がいるのは竜の谷のさらに奥、崖に開いた大きな洞窟の先にいるらしい。

 ここには主にエンシェントドラゴンしか入ることが出来ず、竜の王、つまり父が子育てをするために使用する場所なのだとか。

 つまり私が生まれた場所。恐らくここに入れば私の記憶は結構蘇るのではないだろうか。

 竜の谷に来た時点ではそこまでの変化はない。オーウェルさんを見ても何も感じなかったし、恐らく多くの時間をその洞窟の中で過ごしてきたのだろう。

 私の忘れられた記憶については不安もあるけど、私がちゃんと両親の事を両親として認めるためにはその記憶は必要だ。もちろん、戻らない可能性もあるけど、エルの事一部見ただけでもそこそこ思い出せたのだからそこの心配はいらないだろう。


「着きました」


 谷の奥底にあったのはぽっかりと開いた広大な洞窟。エルが竜の姿でも余裕で入れるほど広く、奥行きも相当あることがわかる。

 中は光を発する石のおかげで淡く照らされており、視界はそこまで悪くない。

 エルは低空飛行に切り替えて洞窟の中を進んでいく。

 途中、いくつかの分かれ道を通り過ぎ、奥に進むこと数分。私達はようやく目的地へと辿り着いた。


「わぁ……」


 そこに広がっていたのは小さな森。柔らかそうな緑の絨毯に心地よい川のせせらぎの音。森の一角には泉があり、キラキラと光る光の粒が周囲を明るく照らしていた。

 どこからか差し込んでいるのか日の光の匂いがする。一瞬ここが洞窟だと忘れそうになった。

 おおよそ洞窟とは思えない場所。だけど、この光景には見覚えがある。

 私が生まれ、育った場所。あの川も、あの泉も、森だってすべて私は見たことがある。

 記憶の封印が解かれていく。私がどのように暮らしてきたのか。そして、それを育ててくれた両親の顔、その雄々しい姿を。

 ずしん、ずしんと足音が聞こえる。それを聞いた瞬間、エルが畏まったように平伏した。

 暴力のような強大な魔力、それでいて包み込むような優しさがあるこの魔力は疑いようもない。

 森の奥から現れたのは一匹の巨大な竜。私と同じ銀色の鱗に赤みがかった黒い翼膜。見るだけで人を気絶させてしまいそうな金色の瞳は私の目を見て放さない。


「お父さん……」


〈ハク、よく無事に戻ってきてくれた〉


 気が付けばそう呟いていた。人とは違う強靭な体を持とうとも、それは私の父に変わりない。

 今ここに、私は父との再会を果たした。


〈人間も連れてきたのだな。できればハクと二人きりで話したかったが……〉


〈恐れながら、それがハクお嬢様たっての希望でしたので。どうかご容赦を〉


〈ふむ、ハクがそう望むのであれば我は許そう。ハクの元気な姿を見られただけで満足だ〉


 竜の顔だからわかりにくいが、笑ったように感じる。

 エルですら小さく見えるような巨体に射竦められ、お姉ちゃんとサリアはすっかり固まってしまっているが、私はその笑顔が微笑ましいと感じた。

 記憶が戻ってきた今だから言えることだが、父は基本的に笑顔を見せない。常に竜のまとめ役として君臨し、時には自ら力を見せることで王として認められているのだ。当然舐められるわけにはいかないし、だからこそ常に自分を律してふさわしい王であるように努める、そんな人だ。

 そんな父が笑ったということは、私と会えたことが相当嬉しいのだろう。かくいう私もこの再会に凄く感動している。

 人間の時の親はクズだったけど、この人は違う。私の事をとても大事に思ってくれている親ばかだ。だから、会えてとても嬉しいのだ。


〈ハク、我の事を覚えているか?〉


「はい、今思い出しました、お父さん」


〈そうか。それは重畳〉


 お父さんがもぞりと腕を動かしたので、私はそれに近づいていく。

 お姉ちゃんが止めてくるが、別に危険はない。だって、お父さんはただ私の事を愛でたいだけなのだから。

 私の身体ほどもある鋭利な爪は触れるだけで八つ裂きになってしまいそうだけど、お父さんはそんなことしない。私が近づくと、細心の注意を払ってそっと触れてくれた。

 とても硬く、そして暖かい。抱き着くように爪に触れるとお父さんは満足げに頷いた。


〈お前の記憶を奪い、人間の下へと送り出してしまったこと、本当に申し訳なかった。謝って許されることではないと思うが、あの時はあれが最善だったのだ〉


「そんな、私はとても幸せです。お姉ちゃんもできたし、親友だってできました。お父さんを恨むことなど何もありません」


 お父さんは私を送り出す時ずっと謝っていた。こんなことでしか私を守れないと嘆いていた。

 でもそれは違う。私は送り出されたことでとても大切なものを手に入れた。それはここにいただけでは絶対に手に入らないもの。あの時送り出してくれたことに感謝こそすれ、恨むなんてことがあろうはずもない。

 凝り固まった表情筋を動かして精一杯微笑んで見せる。微々たる変化だっただろうが、それでもお父さんは察してくれたようだ。そっと爪を放すと、視線を合わせるように頭を下げてくる。

 金の双眸が私を見つめてくる。私は精一杯愛情を示すようにその口に抱き着いた。


「遅くなってすいません。お父さん、ただいまです」


〈ああ、お帰り、ハク〉


 しばしの間、私は父の温もりを確かめるようにずっと抱きしめ続けていた。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近、ハクの兄の存在が完全に忘れられてる気がしてならない
[良い点] 竜の子供たちも可愛くて微笑ましいね [気になる点] 記憶が戻ったから魔法の技術も上がったりしてるのかな? [一言] 感動の再会…… 次回はママさん登場かな?
[良い点] かなりお堅いお方ですがハクパパ登場(´ω`)な〜んだぁ鉄面皮のハクさんにそっくりなんだ♪ [気になる点] エルがチビ竜たちに案外優しいなぁ(^ ^)ところで竜の子どもの言う遊びがブレスの撃…
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