第二百四十七話:竜人の里
竜人の里は意外にも普通の町と大差なかった。
主に石造りの建物が多く、ある程度区画分けされているのか道も整然としている。
もっとこう、サバイバル的な暮らしを想像していたのだけど、案外人の生活を模しているらしい。
家とかどうやって作ったんだろう。家の壁に継ぎ目がないことを考えるとやはり魔法で作り上げたのだろうか。竜は魔法が得意だというし。
「お帰りなさいませ、エル様。そちらの方々は?」
物珍し気に里の方を眺めていると、竜人の一人が私達の前にやってきた。
少し年老いた初老の男性のように見える。彼はエルに向かって恭しく礼を取り、それから私達の方に目線を向けてきた。
〈ハーフニル様の客人です。今から報告に行きますのでその間もてなしていてくれませんか〉
「なんと、ハーフニル様の。それは大変失礼しました。お任せください、私の家にて歓迎いたしましょう」
どうやら竜人は竜語を理解できるようだ。エルの言葉に二つ返事で頷くと、私達に向かって手を広げる。
「私はオーウェルと申します。一応、この里のまとめ役を仰せつかっております」
「村長さんってこと?」
「まあ、そのようなものです。ささ、どうぞこちらへ。大したものはありませんが、おもてなしさせていただきます」
オーウェルさんはにっこりと微笑み、先導するように里の方へ歩き出す。
エルの方をちらりと見ると頷いたので、しばらくの間ここで厄介になっていればよさそうだ。
〈オーウェル、わかっているとは思いますがくれぐれも失礼のないように。特にハクお嬢様は丁重に扱うように〉
「心得ております。命に代えましても、お客人を傷つけるようなことはございません」
〈それならよろしい。頼みましたよ〉
そう言い残し、エルは飛び去って行った。
できれば私だから特別というのではなく、みんな丁重に扱ってほしいところだけど、私の立場を考えるとエルの心配も納得ではあるかな。
結界でも張ってあるのか、この辺りは比較的魔力が強くないし、多少気を抜いても寛げそうな気がする。エルが戻るまで、しばらく見学でもしていよう。
「では改めまして、ご案内いたします。こちらです」
オーウェルさんが先導するように里の方へ歩いていく。それを見て、私達も後を追った。
案内されたのは里の奥の方にあった一軒の家だった。
他の家よりも若干小さく、村長という肩書にしてはあまり豪華さがない。
まあ、村長だから家が大きいってわけでもないけどね。ここではあまりお金のやり取りはされていないだろうし、家を建てているのは竜だろうからまとめ役だからと気を使ったりはしないだろう。
実際、里を歩いていても店の類はあまり見当たらなかった。多分、多くは配給なんじゃないだろうか。竜は竜人を保護しているって話だし、食べ物に困る人を出すとは思えない。食料や日用品などの調達は人に化けた竜が行い、それを里内で配っているという形だと推察する。
「少々お待ちを、今お茶を出しますので」
こぢんまりとした家では私達が入るだけでも少し狭く感じた。
来客に慣れていないのか、少し手間取りながらも人数分のカップを用意し、お茶を注いでいく。
「人間の客人などいつ以来でしょうか。ようこそおいでくださいました。ハーフニル様の客人とのことでしたが、どのようなご関係なのでしょう?」
「うーん、家族、ですかね」
「なんと、ご家族ですか。ということは、あなた達も竜に命を救われた口でしょうか」
「救われた、のかな?」
救われたかどうかと言えば、救われたと言えなくもない。
なにせ、私が竜の力に目覚めなければあの時命を落としていてもおかしくなかったのだ。あの場を切り抜けられたのは竜の力があったからこそで、それはつまり竜に助けられたと言ってもおかしくはない、か?
まあ、オーウェルさんが言ってるのはそういうことじゃないんだろうけどね。
「私達も竜に命を救われました。この里にいる者達は皆家族であり、竜は親だと言っても過言ではありません」
「なるほど」
元々竜は子供を産む機会が少なく、生まれた際には種全体で育てるらしい。だから、竜から生まれた竜人達は竜の子と言っても過言ではなく、種として見れば家族と見れないこともない。
竜人達はほとんどの人が竜に命を救われており、竜の事を親のように慕っている。だから、竜に助けられた者は家族である、という方程式があるようだ。たとえそれが竜人でなくても。
「よければ外の話をお聞かせください。ここにはあまり外の情報が入ってこないもので、話に飢えているのです」
「まあ、そういうことなら」
本当は私がハーフニルの実の娘ということを話してもいいけど、それを話すと畏まってしまいそうだし、家族として対等に見ている今の方が話しやすいから言わなくてもいいだろう。
それに実際に父に会えば私のことはいずれ広まるだろうし、わざわざ説明する必要もないと思う。
ひとまず、一番長く滞在していた王都の事を中心に話し始めることにした。
話してみて気づいたのだが、オーウェルさんの喋り方は結構独特だ。
というのも、オーウェルさんは色んな地方の喋り方が混ざっているように感じる。
私が住んでいるシャイセ大陸共通語もあるし、この大陸の言語もある。それらが混ざって全く別の言葉を生み出しているように感じる。
なぜそんな言葉なのかを聞いてみれば理由は単純で、ここに来る竜人達は一つの大陸から来たわけではなく、いろんな大陸、いろんな国から渡ってきたというのだ。
大陸や国が違えば言葉も変わる。その竜人が生まれた場所ももちろん違うわけで、それによって喋れる言語も変わっていく。
だからこそ、それらが集った時に様々な地域の言葉が混ざり合い、今の言語が生まれた、というわけだ。
もしかして、私がこの大陸の言語を理解できるのはこれのせいだったりするのだろうか?
私はこの大陸で生まれたからこの大陸の言葉を理解できると思っていたが、生まれた場所は竜の谷であり、ほとんど人と交流のない場所だ。周りの竜達は竜語を話しているし、私がこの大陸の言葉を聞く機会は少なかったように思える。
だけど、竜の大陸でもこうして色んな地域の言葉を話す機会があったのだとすれば納得がいく。
意外な裏があったものだと感心しながら話していると、ふと家の扉が叩かれた。オーウェルさんが対応すると、そこに待っていたのはエルだった。
「お待たせしました。ハーフニル様との面会の約束が取れたのでご案内致します」
あれから数十分程度。意外に早かったなと感心しながら話を切り上げる。
さて、ついに父との対面だ。別に怖くはないけど、緊張で少しお腹が痛い。
僅かに顔を顰めていると、お姉ちゃんがぽんと肩を叩いて大丈夫だよと慰めてくれた。
ここまで来たんだ、今更恥ずかしいから帰るなんてことはできない。覚悟を決めよう。
私はお姉ちゃんとサリアを連れてエルの手を取った。
感想、誤字報告ありがとうございます。