第二百四十五話:緊張する
雪というのは前世の記憶で何度かお目にかかったことがあったが、この町に降る雪というのは少々特殊なようだ。
というのも、本来なら夏場であれば雨が降ることはあっても雪が降ることはほとんどない。いくら北国とはいえ、季節の影響は受けるのだ。
しかし、ここは竜の谷に近いせいか不意に天候が変わることがある。それは雪が降っていたのに唐突に晴れるだったり、逆に晴れていたのに雲行きが怪しくなっていったり。通常の天候の変化では説明できないような変化が頻繁に起こるらしい。
現地の人々の間では、竜の魔法によって天候が乱されていると言われていて、時には雨乞いをしたりとその力に頼ることもあるのだとか。
確かに、竜は天候を操ることが出来るとも言われているけれど、それを聞くとその話も信憑性が出てくるような気がする。
流石に王都でそれを試すわけにはいかないからやったことはないけど、私もやろうと思えばできるのだろうか。何か機会があればやってみたいかも。
「竜がここまで受け入れられている地域もあるんだね」
宿の女将さんから聞いた内容を反芻しながらそんなことを思う。
一般的に語られる竜のイメージは魔王の配下、災厄の象徴などマイナス要素ばかりだ。人類にとっての敵であり、排除しなければならない存在としてあらゆる書物や口伝で伝えられている。
しかし、それは人の勝手なイメージであり、実際は竜は人を守る立場にあることを私は知っている。だからこそ竜が悪く言われるのは納得できない。わざわざ指摘するようなことはあまりしないけど、そういう話を聞くたびに悲しくなってくる。
「竜に近い場所で色々と見てきたからこそ、少しは竜の本質も知っているってことだろうね」
「竜が優しいっていうよりは、竜は人に興味がないっていう風に捉えられてるみたいだけどな」
「まあ、それは間違ってはいないけど……」
確かに、竜は人を守る立場にある。でも、だからと言って人が困っていたら積極的に手を貸すかと言われたら答えはノーだ。
竜がやるのは魔物の総量の操作。竜脈の魔力が溜まりやすい場所に赴き、その量を調節することによって魔物が増えすぎないようにしている。
場合によっては強力な魔物を倒したりして人に貢献することもあるだろうけど、個人として人に興味があるわけではない。
私とて知り合いでなければ人の生死は結構どうでもいいと思っている。……まあ、それと同時に助けなければならないっていう使命感も持っているからそこらへんは謎だけど。
元人間だから人の死を見るのが嫌なのだろうか。でも、それにしては魔物を殺すことには何の嫌悪感も抱いていないし……。魔物と人では違うとか? 確かに、人を殺したことは今までないから人だけが特別なのかもしれない。
「でも、たまに話を聞いてくれる神様的な存在とは思われてるみたいね」
「この町を作り上げたのは獣人達ですが、町の発展に大きく貢献してきたのは竜達です。だから、彼らが何か吹き込んでるのかもしれませんね」
「エルはこの町の竜と知り合いではないの?」
「さあ、知り合いもいるかもしれませんが、私はほとんど竜の谷から出たことはないので」
この町に獣人として暮らしている竜達は、竜として竜の谷との繋がりはあるが、情報共有や食料や酒の提供が主であり、お互いにあまり深入りはしていないのだとか。
エルは私の世話で付きっ切りであったし、私がいなくなった後も父のために奔走していたようで人の町に降りたことはほとんどないらしい。
「この町を抜ければ後は竜の谷まで一直線です。いよいよハーフニル様とのご対面ですね」
「そっか。もう着くんだね」
本当の両親に会うためにここまで来たわけだが、いざ会えるとなると少し緊張する。
記憶の封印のせいもあり、私は両親の顔を全く思い出せない。どんな姿なのか、どんな性格なのか、私の事をどう思っていたのかも。
でも、エルの話を聞く限り、両親は私の事をとても大事に思ってくれていたようだ。
自分が死ぬことより私が助かることを優先してくれたし、私が人間として馴染めるように色々と手を尽くしてくれた。だから、私が無事な姿を見せてあげれば両親は喜んでくれることだろう。
それでも、やはり全く知らない人を前にしてあなたの両親だよと言われても納得できるかどうか。なにせ相手は竜の王と精霊の女王というとんでもない肩書を持つのだ。そもそも人の姿ですらないだろうし。
会ったら何を話せばいいのだろう。聞きたいことはたくさんあるけど、それをうまく言葉にできる自信がない。
「大丈夫。ハーフニル様と会えば記憶の封印も緩みましょう。何も心配する必要はございません」
「そうだといいんだけど……」
エルの竜の姿を見て記憶が少し戻ったように、両親の姿を見れば両親の記憶も蘇るだろう。
だけど、不安なことに変わりはない。
努めて冷静でいたつもりだったけど、みんなには筒抜けだったようで、大丈夫だと励ましてくれた。
「緊張するって言うなら私だって緊張しているしね。なんたって竜の王様に会うわけだから」
「だよな。いきなり攻撃されないか心配だぞ」
ぶるりと肩を震わせる二人を見て、ああ確かにと思った。
私は一応竜であるし、会いに行くのは両親なのだからある程度の待遇は約束されているようなものだけど、お姉ちゃんやサリアはただの人間だ。竜を前にした時のプレッシャーは私の比ではないだろう。
そもそも、何の対策もなく竜の前に立ったら溢れる魔力に当てられてそのまま気絶してしまいかねない。エル相手ですら私の防御魔法なしではきついのだから、それ以上の相手と会ったらどうなるのか。
もちろん、対策はする。防御魔法は重ね掛けするし、もし何かされそうになったら私が身を挺して守るつもりだ。
エルにも二人のことはお願いしてあるし、二人が危険にさらされるようなことはない。……はず。
やばい、なんか心配になってきた。大丈夫だよね?
「大丈夫です。もし若い竜がちょっかいをかけてくるようなら私が黙らせますし、ハーフニル様もハクお嬢様のご友人に手を上げることはないと思いますよ?」
「そ、そっか」
エルがそう言うなら安心、かな?
さらっと若い竜を黙らせるって言ってるけど、エルって何歳なんだろう。人間姿の時なら大体16歳くらいに見えるけど、それは当てにならないし……。そもそも竜の中で若いって言うのがどれくらいなのか謎だ。
でも、イメージ的には人間よりもよっぽど長い時間が必要だろうし、それを黙らせられるほどの年齢となると……。
「なにか?」
「……いや、なんでも」
うん、考えないようにしよう。
エルはエルであってそれ以外の何者でもない。たとえエルがおばあちゃんでも私はエルのこと好きだよ。
「何か凄く失礼な想像をされているような……」
訝しげな表情を浮かべているエルからそっと視線を外しつつ、私は間近に迫った両親との対面のことを思った。
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