第二百四十四話:ヘクスフォードへ
それから四日。国の中心部に入っていくに従って発見までにかかる時間がかなり短くなっていき、とうとうアルゴス王国で町に入ることは叶わなかった。
どうやら竜の谷に近づくにつれて空への監視が強化されて行っているらしい。
この大陸は竜の谷という竜が住まう場所があり、竜は災厄の象徴ともいえる存在だ。過去にも竜に滅ぼされた国というのはいくつかあり、そのせいか竜に対する警戒は異常なほどに高い。
結局、次に町で宿を取れたのは、アルゴス王国を抜けた後。竜の谷に最も近いとされる町、ヘクスフォードであった。
「ここがヘクスフォード……」
この大陸最大の国であるエルクード帝国にある辺境の町。それがヘクスフォードという町らしい。
周囲を山に囲まれており、北方に位置しているせいか気温が低く、時折雪がちらついている。
住んでいるのは主に獣人のようで、アルゴス王国で体験できなかった獣人の町に泊まるという目標を達成できたのは僥倖だった。
「ここには同胞も何人か居ついているようですよ。以前持って行った竜酒はここで作っているものもありますね」
「う、あれは……」
以前、エルが酒を持参したことがあった。私は酒なんて飲んだことなかったはずだが、エルが言うには竜の谷にいた頃は割とよく飲んでいたらしい。それも平気で何本も空けるような勢いで。
竜の間では酒は一般的な飲み物であり、水よりもありふれたものらしい。だから、総じて竜は酒に強く、普通の酒ならばどれほど飲んでも酔わないほど。
竜酒はそんな竜のために作られた酒であり、かなりのアルコール度数を誇る。人が飲めば一瞬で酔ってしまう代物にも拘らず、どんどん飲みたくなるような魔性の酒として人の間では高値で取引されているらしい。
私も竜のはしくれとして酒には強かったらしい。ただ、記憶がないせいか、それとも人間寄りの身体になったせいか知らないか、私は酔っぱらってしまった。
その時はお姉ちゃんとサリア、そしてアリシアがいたけれど、そんな皆に私は……ああ、思い出すのも恥ずかしい。
酒は飲んでも呑まれるな。酔っぱらって犯した失態は容易には取り戻せないのだと知った。黒歴史である。
「竜はみんなエルみたいに人の姿になれるのか?」
「ある程度歳を経た竜なら大体は可能です。竜が人になるのは主に人の生活を観察するためですが、中には人としての暮らしを求めて人に降る竜もいますよ」
サリアの問いにエルが答える。
人化した竜はある程度自分の姿をいじくれるようで、人間姿の事もあれば獣人姿の事もあるらしい。外見は人換算した場合の竜の年齢が元になるらしいが、それもある程度調整可能。
まあ、エルだって少女の見た目だけど実際は私の何百倍も長生きしてるだろうし、人化した竜を見て何歳かを当てるのは不可能だろう。
「へぇ、じゃあ、この近くにもいるのか?」
「そうですねぇ……あ、あの子は竜ですね。後、あっちの犬の獣人の方も」
エルはちょいちょいと指を差しながら説明していく。
確認してみても、見た目は完全に獣人のものだ。でも、確かに他の人に比べて魔力の流れが全然違う。
竜は人化した状態だと魔力はだいぶ抑えられているけど、それでも人よりは強い。多分、見る人が見れば少なくともただ者ではないってことくらいは気づけるのではないだろうか?
他の普通の獣人達と仲睦まじそうに笑い合っているのを見ると、恐ろしいイメージのある竜とは全然結びつかない。
竜としての生活がどういうものかはわからないけど、こうして人として生活している姿を見ると竜と人とが共存できているように見えて少し嬉しかった。
「でも、竜と人とが子を成すと竜人が生まれてしまうって聞いたことがあるけど、その辺りで何か言われたりしないの?」
「子を成す時はあらかじめ相手に竜であることを打ち明けて理解を示してもらうか、子を作らないことを条件に人生を共にするというのが普通ですね。ほとんどの場合は後者ですが」
これだけ竜が混ざっているなら中には結婚して子を産む人もいるだろう。だけど、この町には竜人の姿はない。
エミールさんに聞いた話だと、この町の人はあまり竜人に対して嫌悪感のようなものは抱いていないようだけど、それでもやはり馴染みづらいのだろう。
竜人を生んだ人は別の場所に移り住んだのか、それともひっそりと隠れながら過ごしているのか。なんにせよ、あまり竜人の存在は根付いていないように見える。
この辺りの問題を解消できれば人と竜が共存する道もありそうだけど。例えば竜と人とで子を産んでも人として生まれてくるとかね。
まあ、実際は竜の魔力が強すぎて不可能だろうけど。竜にそこまで嫌悪感を抱いていないというこの町でもこれなのだから、竜人はどこに行っても苦労しそうだ。
私も一歩間違えばそんな人生を歩むことになっていたんだと思うと他人ごとではいられないんだけどね。
「どうしても子を産みたい、だけど竜人を育てるのは嫌だ。そんな場合には竜としての力を封印することで人に近づけることはできます。ハクお嬢様の封印もそれを応用したものですね」
一応、対応策はあるらしい。ただ、それをやった場合は強力な魔力を無理矢理押さえつけることになるので、魔法は使えなくなるし、病弱になったりなどのデメリットが生まれる。
迫害されてでも強い体で生きるか、すべてを捨てて人として生きるか。どちらが幸せなのだろうか。
生活を考えるなら後者なんだろうけど、私のように何かの拍子に封印が解けてしまう場合もあり得るし、絶対とは言えない。人として育てられたのに、ある日突然お前は竜人だからと言われて迫害されたらたまったものではないだろう。迫害まで行かなくても、これまでの暮らしとは大きく変わってしまいそうだ。
「なんか、悲しいね」
「そうやって社会からはじき出された竜人達は竜の谷で保護しています。竜人に生まれたからと言って不幸だとは思ってほしくないですしね」
竜の谷という救いがあるだけましなのだろうか。
ふと、エミールさんが言っていた翼の折れた竜人の事を思い出す。
彼女は竜の谷に向かっていたのだろうか。だとしたら、無事に辿り着いてくれていると嬉しいな。
「……さて、そろそろ宿に向かいましょうか。こっちですよ」
落ち込んだ空気を払拭するように明るい声で先導するエル。
確かに竜人の現状は悲惨ではあるけど、魔王が君臨していた頃の竜の配下としてのポジションよりは向上している。
以前のゴーフェンのように竜人に理解を示してくれる場所もあるし、一緒に暮らすのはともかく、ただ旅人として通り過ぎるだけだったらあまりとやかく言われることはない。
でも、もしできるなら竜人でも気兼ねなく住める場所を作ってあげたい。これは竜の本来の目的を理解しない人族への怒りも混じっている。
竜がいなければ今頃人は絶滅しているだろう。それを昔のイメージ一つで悪だと思っている人に納得ができない。
一度ついたイメージは中々変えることはできない。もしできるとしたら、それを覆せるほどの大きな活躍の場が必要だ。
私にはそれを用意するだけの力はない。だけど、いつの日か人が竜に理解を示し、共に歩んでいけるようなビジョンを夢見ている。
私は竜でもあり人でもある。だからこそ、どちらも手を取り合って生きて欲しいものだ。
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