第二十八話:病み上がりの依頼
ロランドさんが去っていったのを見届けると、リリーさんはようやく私を解放してくれた。
「ったくあの男は。もう大丈夫だからね、ハクちゃん」
ロランドさんに肩を抱かれていたところを抱きしめるようにして奪い返したリリーさんはまるで悪者から我が子を守るかのような献身ぶりが見えた気がする。
実際はそこまで悪者ってわけでもなかったんだけどね。ちょっと酒臭かったけど、それは酒場だから当然だし、撫でられたのはちょっと嬉しかったし。
うーん、撫でられたり抱きしめられたりすると嬉しいって感じるのはこの体がそれを欲しているからなのかな。両親とは決別したけど、愛情を欲しているというか、誰かに必要とされたい欲求があるというか。
前世の記憶を取り戻したおかげで理性を保っていられているけど、ハクとしての記憶しか持っていなかったとしたら多分相当寂しいと感じると思う。
記憶を取り戻したことと、アリアとの出会いのおかげで今の自分を保っていられているって感じなのかな。
「ハクさん、お元気そうで何よりです」
「ソニアさん達も元気そうですね」
「当然よ。あれくらいで倒れていたら冒険者は務まらないからね」
あれくらいで、とは言うけど、オーガって格上の相手じゃなかったっけ?
本来はオーガ一体に対してCランクの冒険者が複数人で倒すのが普通らしい。それを一人で討伐できるということは、Bランク以上の実力を持っていると言っても差し支えない。
リリーさんはCランク冒険者だって言ってたけど、実力的にはもうランクアップしていてもおかしくないのではないだろうか。というか、私がランクアップしたんだからもしかしたらリリーさんもしてるかも? ギルド証を見ればわかるけど、今見せてっていうのもなんだかおかしいな。今度機会があったら聞いてみよう。
「ハクちゃんはこれから依頼?」
「はい。ランクが上がったので、常時依頼は受けちゃだめらしくて、シャーリーさんに簡単な依頼を見繕ってもらおうかと」
「ああ、ハクちゃんもランク上がったのね。Dランク?」
「Cランクです」
「わぁ、飛び級。凄いじゃない」
飛び級でランクが上がることはあまりないらしいんだけど、現在のランク以上の特筆した活躍をするとなることもあるらしい。今回はまさにそのいい例で、パーティを組んでいたとはいえ、Eランクではまず討伐不可能なオーガをほぼ一人で倒したということで飛び級となった。
私としては別にランクアップしなくてもいいし、ランクアップしたとしてもDでもよかった気がするけどね。Dランクならまだぎりぎり常時依頼を受けても文句言われないラインらしいから。
「ねぇ、依頼を探しているんだったら私達と一緒に受けない? ちょうど今から依頼を受けるところだし」
「それいいですね。ハクさん、どうですか?」
一緒に依頼を受けるかぁ。まあ、病み上がりだし、リリーさん達と一緒なら万が一にも危険はないでしょう。一人でのんびり依頼をこなして早めに帰るつもりだったけど、せっかくのお誘いだし。
私が頷くと、リリーさんは諸手を挙げて喜んでいた。そんなに喜ぶことかなぁ。
まあ、前にパーティに入らないかと誘っていたし、討伐依頼の時もだいぶ気にかけてくれているようだからなんとなくわからないでもないけど。
受付で手早く依頼を受注するとさっそく町の外へと向かう。
今回向かうのは討伐依頼の時に通った門とは逆の方向。いつも私が薬草採取に訪れる森に近い門だ。
私は行ったことがないが、門を出て右手にしばらく行くと川があるらしく、そこに現れるオークを狩るというのが今回の依頼内容。
私に気を使ってくれたのか、二人の実力からしたらかなり優しめの依頼な気がする。Cランクの適正依頼ではあるけど、受付の時にちらりと見えたリリーさんのギルド証は深い緑色をしていた。
確か、緑色はBランクの証だったはず。やっぱりランクアップしてたんだね。
ちなみにソニアさんは私と同じく金色。ランクアップしたのはリリーさんだけらしい。
話しながら門を出て川を目指す。
こちら側はかなり見晴らしがよく、遠くには目的地である川も薄っすらと見える。いつも森側ばかり行っていたけど、反対側はこうなってたんだね。
「そういえば、ハクちゃんってどこまで魔法が使えるの?」
道中は特に魔物の姿もなく、平和な道のりが続いた。雑談がてら話をしていると、魔法の話題が上がってくる。
どこまで使えるか、と聞かれると少し答えに困る。魔法には初級魔法であるボール系をはじめ、中級魔法のウェポン系、身体強化系、上級魔法の範囲系と様々な種類がある。基本的に等級が上がるほど難しく、使うのが難しくなる。それは使用する魔力の量が多かったり、制御が難しかったりと色々と理由はあるが、一番の理由はイメージのしにくさだろう。
魔法の発動はイメージによるところが多い。イメージを具現化し、使い方を記したのが魔法陣であり、そこにキーとなる魔力を流すことによって魔法が発動するのだ。
私の場合は魔法陣をあらかじめ暗記しておくことによってイメージする過程を省き、魔法の高速発動と威力の強化を行っているから通常の等級に当てはめるとどうにもちぐはぐだ。
結論から言えば、上級魔法でも使おうと思えば使える。ただ、魔法陣を知らない魔法に関しては全く使えない。作ることはできるけど。アリアから伝授された水や風、光の魔法はだいぶ使えるが、火や氷などはまだまだ甘いところが多い。
でも、通常魔法の適性は一人につき二つか三つが普通らしいから、水、風、光の三つだけでも十分に使いこなせているなら十分と言えば十分かな。
「水と風、光の魔法なら大体は」
全属性に適性があるっていうのはかなりレアだと思うんだよね。魔力がなかったのは運がなかったけど、それも今では解消されたし。
今では魔法に関してはちょっと自信がある。低級の魔物なら初級魔法でも十分に対応できるし、なんだかんだでオーガも対処できたと考えると魔術師を名乗っても十分やっていけそうな気がしてきた。
「ハクちゃんは水と風と光の三つなんだね。ソニアは光だよね」
「はい。氷も少しだけ」
「あれ? でも、オーガ戦の時、土魔法使ってなかった?」
「はい。他の属性も使えます」
ソニアさんは典型的な後衛だと思う。使っていたのは主に治癒魔法だったし。攻撃はそんなに得意ではないのかもしれない。
逆にリリーさんは前衛で、素早さを生かした剣戟を得意としているようだ。
パーティ単位で考えるならもう少し前衛が欲しいところかな? 盾役っぽいの。後遠距離の攻撃役とか欲しいかもね。
「え、三つだけじゃないの?」
「はい」
「……もしかして、全部使えたりする?」
「そうですね」
「わぉ……」
二人が絶句したようにこちらを見てくる。ソニアさんに至っては口元に手を当てて信じられないといった面持ちだ。
まあ、珍しいもんね。【ストレージ】もそうだけど、レア枠を持ちすぎじゃないだろうか?
魔法適性はともかく、【ストレージ】と【鑑定】は本当に謎だ。崖から落ちた拍子にいつの間にか手に入れていたスキル。
実は子供の時から持っていて、あの時初めて気づいたとかなのかなぁ。【ストレージ】はともかく、【鑑定】は普通に生活していても気づきそうなものだけど。
「前から思ってたけど、ハクちゃんってやっぱり凄いわ」
「はい。ちょっと自信なくしちゃいそうです」
ソニアさんが落ち込んでいる。けど、ソニアさんだって別に弱いわけではないと思うんだけどなぁ。
私が助かったのはソニアさんの治癒魔法のおかげでもあるし、支援に関していえば私よりも経験がある分慣れている。
私はたまたま全属性に適性があったけど、すべてを完璧にマスターしているわけではない。それを考えれば、落ち込む必要なんて全くないと思うけどなぁ。
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