第二百四十三話:港町を後にする
翌日、子供達に惜しまれつつも私達は港町を後にした。
宿代はいらないとは言われていたが、流石にそういうわけにもいかないのでピエールさんから貰った報酬から出し、残りはヒック君に預けてきた。
ヒック君はこんなの受け取れないと言っていたけど、もしもの時にお金は役に立つこともあるだろう。子供達がどういう経緯で攫われたのかはわからないが、子供達がいなかったことで被った損害もあるはずだ。
そのための補填として使えばいいと言ったら、渋々ながら受け取ってくれた。
その代わり、お返しとして貝殻でできたブレスレットを貰った。
こんなものいつの間にと思ったけど、私が町を離れると知ってから大急ぎで作り上げたものらしい。
どうやらせめてものお礼ということらしい。作りは粗雑でちょっと雑に扱えばすぐにちぎれてしまいそうなものだったが、気持ちはとても嬉しかった。
その場で左腕に着けてみれば、私の腕が小さいこともあって意外とフィットした。似合うかどうかを聞いた時、やたらと顔を赤らめていたヒック君が印象的だったが、熱でもあったのだろうか?
多分ブレスレット作りであまり寝てなかったせいだろうけど、あまり無理はしてほしくないものだ。
「ここから竜の谷までどれくらいなの?」
〈大体六、七日ほどかと。夜も飛べばもっと早くなりますが〉
ある程度港町から離れたタイミングでエルに竜化してもらい、空路に切り替える。
予定ではすでに着いていてもおかしくない日にちだったのだが、私が難破船を助けようなどと手を回してしまったせいでだいぶ遅れてしまっている。
まあ、それは全然後悔していないんだけど、あまり遅くなりすぎるのも帰りが少し心配だ。
夏休みは残り一か月ちょっと。何事もなく飛んで帰れた場合は恐らく二週間ちょっとかかるだろうから、滞在できるのは一週間ちょっとくらいになるだろうか。
まあ、実際は戻ってから学園の準備やらなんやらを色々しなくてはならないしもう少し短くなってしまうかもしれないけど。
でも、ちょっと挨拶に来たというだけだったら十分だろうか? 私だけだったら転移魔法でいつでも来れるわけだし。
「まあ、ゆっくり行こう。まだそこそこ余裕があるし」
〈そうですか? では、のんびりと飛んでいきますね〉
のんびりとは言うが、エルの飛行速度はかなり早い。馬車と比べてみても、速度は倍では足りないだろう。
エルは常に周囲に氷の粒の膜を張っているからあまり風の影響を受けないけど、もしこれがなければジェットコースターに乗った時のような阿鼻叫喚の地獄になっていたに違いない。
まあ、私は多分竜化すればそこまで風の影響は受けない気もするけどね。実際、エルと同じ速度で飛んでもそこまで苦しいとかは感じなかったし。
竜化しているのは一部だけなのに何とも不思議な体だ。
「確か、この先はアルゴス王国ね。獣人達が作った国だと聞いているけれど」
流れゆく景色を見ながらお姉ちゃんがそう口にする。
元々この大陸は獣人が開拓した大陸であり、後に人間などの他種族が渡ってきていくつかの国を作り上げたらしい。
アルゴス王国はそんな開拓者を先祖に持つ少数部族が作り上げた小国で、多くの獣人達が侵入者を排除しようと戦争を仕掛ける中、常に中立を守り続けた国なのだとか。
ただ、特段武力があるというわけでもなく、近年では周辺諸国に徐々に取り込まれつつあるらしい。なんとも悲しい現実だ。
「タイミング的に今日はそこに泊まることになりそうね」
「獣人の国かぁ……」
獣人の住む国と聞いて、若干テンションが上がってる自分がいる。
獣人はこれまでミーシャさんとかヒック君とかに会っているけど、総じて可愛いというのが私の感想だ。
人間的な見た目に生える耳と尻尾。普段は人間とあまり変わらないのに、時折見せる獣のような仕草。それを見る度に、ああやっぱり獣人っていいなぁと思う。
私は特別獣人が好きだったというわけではない。ただ、白夜としての記憶では割と好きだったようで、もし許されるなら耳や尻尾を触ってみたいと思っていた。
実際、子供達には何かと理由を付けて触っていたしね。もふもふはいい。
そんな獣人達が住む国だ。それはどんな楽園だろうかと思いを馳せる。
また触らせてくれるといいんだけど。
「ハク、何か変なこと考えてる?」
「ふぇっ!? そ、そんなことないよ?」
「ホントにー?」
アリアがジトッとした目で見つめてくる。
な、なぜばれたし。自慢じゃないけど私の鉄面皮ともいえる表情からは推察することはできないと思うんだけど……。
正式に契約妖精となったことで何かしらの繋がりが生まれたのだろうか。だとしたら、あんまり変なことは考えられないな。
私は適当に誤魔化しつつ、平静を保とうと姿勢を正した。
しばらくして、私達はアルゴス王国へと入った。
入ったと言っても空から侵入したので国境の検問に引っ掛かることはない。ただ、入ったまではよかったが、その後で問題が発生した。
「竜が現れたぞ! 早く警備隊に連絡を!」
「戦える者は武器を取れ! 女子供は家の中に隠れているんだ!」
「畜生! なんだってこんな時に!」
強化された聴覚に獣人達の必死な声が聞こえてくる。
そう、私達は適当な町に降りようとした際に発見されてしまったのだ。
以前、村の手前で降下した時は特に騒がれることもなかったので油断していたが、流石にこれほどの町となると監視もしっかりしているのかあっという間に視認され、瞬く間に町中に広がってしまった。
今、眼下の町は完全に警戒状態であり、とてもじゃないが入れそうにない。というか、近づくだけで攻撃されてしまいそうだ。
かなり高い場所を飛んでいるし、矢を放たれたところで届きはしないだろうが、完全に降りる機会を失ってしまった。
万全を期すなら町を視認するより早く降りて徒歩で向かうべきだったのだろうが、すでに日が暮れかかっていたということもあり、そんなに離れた場所に降りてしまえば町に着くのは完全に夜となってしまうと思ったので距離を稼いだのだが、それが裏目に出てしまった。
〈あの、どうしますか?〉
町から少し離れた場所で旋回しながら私に聞いてくるエル。
この町がだめならば別の町に行くというのも手だが、視認できるような距離になれば再び同じようなことが起こって入れなくなる可能性が高い。
警戒の薄いであろう小さな村か何かを見つけるにしても、すでに日が暮れているし探すのは困難だろう。
実質私達に取れる行動は一つしかなかった。
「……このまま通り過ぎよう。エル、悪いけどもう少し飛んでくれる?」
〈お任せください。なんならこのまま竜の谷に着くまでずっと飛び続けても大丈夫ですよ〉
それはないだろう、とは思ったけど、再びこういうことがあることを考えるとそれもありなのかもしれない。
せっかく獣人の町に寄れるかと期待していたのだが、少し残念だ。
騒がせてしまったことを申し訳なく思いながらも町を通り過ぎ、夜の帳が訪れた空を駆けていく。
さらば獣人の国よ。また機会があれば、寄ってみたいな。
感想、誤字報告ありがとうございます。