第二百四十二話:事件の解決
二日後、引き渡した男はすぐに音を上げたらしく、ぽろぽろとパラム商会との関わりを話してくれたらしい。
どうやら雇われだったようで、パラム商会に対する忠誠などは全くなかったようだ。
男から聞き出した証拠を元に再び家宅捜索を行い、隠し金庫に隠された裏帳簿を発見。事件への関与が明るみになり、パラム商会は捕縛されることとなった。
商会の会頭は寸でのところで事態に気付き、町を逃げ出そうとしていたが、持ち出そうとした大量の金品が門番の目に留まり、足止めを受けていたところをあえなく捕縛され、逃走は未然に防がれることになった。
「事件に関与していた上役はすべて捕らえ、パラム商会は解体。今は余罪を調べているが、それもすぐに明るみになることだろう。これも君達があの男を捕まえてくれたおかげだ。ありがとう」
すべてが終わり、再び屋敷に招待された私達は事件の報告を受けていた。
もし、あの時誘拐に気付かずに子供達をみすみす逃していたらパラム商会は再び違法な取引に手を染めていたことだろう。
後から知ったことだが、あの男は割と手練れだったらしく、よくパラム商会の依頼を受けていたらしい。その手腕は素晴らしく、今まで失敗したことがなかったのだとか。
たった一人で子供七人を誘拐した上で隣町に運ぼうとするという時点でだいぶ無理があると思っていたのだが、そういう信頼があったようだ。
まあ、男にとってはパラム商会はただの金づるで思い入れは全くなかったようだけど。
「後は子供達を親元に返すだけだ。まあ、それもすでに始めているし、すぐに迎えが来ると思うよ」
「それはよかった」
子供達が住んでいたというトンガ村はここから北西に行ったところにある森の中にある小さな村らしい。
隣国であり、中々に遠いのだが、主要な都市にある転移陣を使えばそこまで遠いというわけでもないため二週間もあれば迎えが来るだろうとのこと。また、優秀な護衛もつけるため道中の安全は保障するとのことらしい。
少し心配だったが、これなら大丈夫そうだと私もほっと胸を撫で下ろした。
「後は君達に関してだけど、明日にでもシャイセ大陸行の船が出るからそれで……」
「あ、それは大丈夫です」
私達は元々オルフェス王国の王都を拠点にする冒険者で、あの船には拠点に帰るために偶然便乗したということで通っている。だから、事が終われば当然帰るために船に乗る必要があるわけで、お節介なピエールさんはその船を用意してくれるというのだ。
しかし、私達の目的は竜の谷であり、わざわざ時間をかけて海を渡ってきたのにまた戻されてしまってはたまらないのだ。
「え、でも、オルフェス王国に行くつもりだったんだろう?」
「あー、えっと、ちょっとやることが出来たので」
特に理由は思い浮かばなかったが、とりあえずなんかやることがある、ということでごり押しした。
ピエールさんも最初は訝しげな表情を浮かべていたが、何度も繰り返すと次第に納得していったようで、船の手配は取りやめてくれることになった。
行動が迅速なのはいいことだけど、こういうところまでは気を回さなくてもいいのに。まあ、その迅速さがあったからこそパラム商会を潰せたわけだし、いいんだけどね?
「それじゃあ、君達はもうこの町を発つのかい?」
「はい。もうこの町でやるべきことは果たしたので」
子供達の脅威は取り除かれ、親もしばらくすればやってくる。警備も万全を期すと言っていたし、道中の護衛もばっちり。わざわざ私達が同行して守ってあげなくてもちゃんと村まで辿り着けることだろう。
ならば、もうここに長居する必要もない。だいぶ時間をくってしまったし、ちょっと急ぎ目で行った方がいいだろう。
「わかった。なら、行く前にこれを受け取ってくれるかな?」
そう言って執事に目配せをすると、執事は懐から大きく膨らんだ革袋を取り出しテーブルの上に置いた。
「今回の事件は君達の助けなしでは解決できなかった。これはその功績に対するお礼だ。受け取ってくれ」
ピエールさんが革袋を開くと、中には金貨が入っていた。
袋の膨らみを見るに、優に50枚は超えているだろう。
依頼したわけでもない冒険者に渡す報酬としては少し多すぎる気がするが、ピエールさんは当然だと言わんばかりに袋を押し付けてきた。
「こんなにいいんですか?」
「もちろんだとも。君達はそれだけの働きをしてくれたのさ」
ピエールさん的に子供が奴隷として売られていくことは我慢ならないことだったらしい。子供達を救い出せたこと、そして、子供達を食い物にする組織を潰せたことはそれほど大きな出来事だったのだ。
断ったところで受け取るまで動かなそうだったので、結局受け取ることにした。
ちょうど宿代を払うつもりだったし、それに使えば問題ないだろう。余りは子供達に持たせれば有効に使ってくれるはずだ。
「私は普段はレイルという町にいる。もし近くまで来たら遠慮なく寄ってくれ」
「わかりました。近くへ行くことがあったらお邪魔しますね」
最後に固い握手を交わし、屋敷を後にする。
宿に戻ると、子供達と共にサリアとエルが出迎えてくれた。
さて、ここから子供達に説明しなくてはならない。なんだかんだ懐かれてしまったので離れるのは少し寂しいが、いつまでも一緒にいるわけにもいない。部屋に戻ると、ヒック君に子供達を集めてもらい、そろそろこの町を発つことを告げた。
「ハク、いっちゃうのか……?」
不安げな表情で一歩前に出てくるヒック君。他の子供達も同様で、ざわざわと周囲がざわめいた。
「うん。大丈夫、あなた達のことはピエールさんがしっかり面倒見てくれると思うから。お父さんやお母さんともすぐに会えますよ」
すでに迎えが来るということは子供達にも通達されている。だから、不安に思うことはないはずだけど、やはり私達と離れるのは嫌なようだ。
特に懐かれていたエルは私の話を聞くなり子供達に囲まれ、裾を掴まれて迫られている。
なんだか悪いことをしているようで少し心が痛んだ。
「俺、ハクともっと一緒にいたい……」
うるうると目に涙を溜めているヒック君。
そう言われると少し心が揺らぐが、流石に竜の谷に連れていくわけにはいかない。そもそも、今の私はこの大陸の住人ではないし、いずれは帰らなくてはならない身だ。いつまでも一緒にというわけにはいかないのだ。
「そんな顔しないでください。縁があれば、また会うこともありますよ」
「ほんとか?」
「ええ、きっと」
私がこれからどういう人生を歩むかはわからない。もしかしたらもう二度とこの大陸には来ないかもしれないし、逆にこの大陸に住まうことになるかもしれない。
だから必ず会えるとは言えないけど、会える可能性は零ではないと思う。
そう言うとヒック君は少し安心したのか、腕で涙を拭ってぎこちない笑顔を見せてくれた。
「わかった。俺、待ってるから。いつまでも、ずっと」
「はい。私も楽しみにしています」
「それでその、もし、俺が大人になったら、その時は……!」
そう言いかけて、周囲の子供達の視線に気づいたのか急にしどろもどろになると、顔を真っ赤にして口ごもってしまった。
大人になったら、なんだろう?
「……な、何でもない。ま、待ってるからな!」
「? はい、わかりました」
ヒック君が何を言おうとしていたのかはわからないけど、もしまた会えることがあったらそれはとっても幸運なことだろう。
あ、でも、数年後とかに会って私が全く成長していなかったら驚かれてしまうだろうか。成長しない身体というのは何とも恨めしいものだ。
その後、一人一人にお別れを言ってその日は休むことになった。
行こうと思えばすぐにでも出発できるが、すでに時刻はお昼を過ぎている。どうせすぐに野営することになるだろうし、急いで出発することもないだろう。
出発は明日。最後の一時ということで、子供達は私達からずっと離れなかった。
明日、ちゃんと離れてくれたらいいけど……。
そんなことを思いつつ、慕われていることにちょっと嬉しさを感じていた。
感想ありがとうございます。