第二百四十話:連れ去られた先に
とにかく、今は悔やんでいても仕方がない。私は即座に探知魔法で子供達の気配を探った。
この町はそこまで大きくない。まだ町の中にいるならば追えるはずだ。
しかし、探知魔法に反応はない。どうやらすでに町にはいないようだった。
「くっ!」
いてもたってもいられず外へと飛び出す。
この町の事にはあまり詳しくない。町を出たとして、それが海路なのか陸路なのかもわからない。
そこらの船に乗り込まれてしまえば追跡は困難だし、陸路にしたって出ていった出口がわからないのであれば行先の見当もつけられない。
くそ、どうする!?
「ハク、見つかりそう?」
「ダメ。もうこの町にはいないみたい」
「そっか。となると、北門と東門のどちらかから逃げたってことかな」
お姉ちゃんが宿で借りたという地図を広げてみせてくれる。
この町は内陸方面の町に繋がる北門と沿岸沿いにある町に繋がる東門の二つの出口がある。
可能性としてはどちらもありそうだ。仮に子供達を奴隷目的で連れ去ったのだとしたら、買い手がいそうな辺境の町か、あるいは他国に売り飛ばそうとするはず。
内陸の方だったら距離は遠いが隣国に出られるし、沿岸部の町なら港もあるから最初にそうされたように再び船に乗せられてという線もある。
ただ、この町にも船があるのだからもし海を渡ろうというならここから船に乗った方が楽だと思うんだけど……。
「今、領主様が船の出航を止めてるみたい。だから、海に出たわけではないと思うよ」
なんでも、件の商会を捜索するためにその商会が持つ船のみならず一部の大型船の出航も止めているようだ。
なんでそんな話を知っているのかと聞いたら、市場でそんな噂話が聞こえてきたのだという。
魚に夢中になっていた隙にそんな話がされていたとは。ちょっと気を抜きすぎたかな。
「なら、門番に出入りを聞けばわかるかな?」
「多分馬車で移動してると思うし、すぐにわかると思うよ」
連れていかれた子供は全部で七人。流石にそんな大所帯で門を抜ければ怪しまれるだろうし、何らかの方法で隠して運んだ可能性が高い。いや、もしかしたら堂々と子供達を町に送り届けるんだと言って通った可能性すらある。
いずれにしても、男と別れてからまだ数時間。すでに町を出ていると言ってもそこまで距離は離されていないはずだ。
「なら、お姉ちゃんとサリアは北門に行って聞いてきて。私はエルと一緒に東門に行く」
「わかった」
「それらしいのがいたら通信魔法で伝えて」
「おう、任せろ!」
連れ去ったのが一人とは限らない。他にも仲間はいるだろう。
奴らが他の町に着く前にけりを付けなければ。
「ハク……」
「大丈夫。必ず助け出すから」
不安そうにこちらを見てくるヒック君の頭を一撫でし、力強く宣言する。
私の前で誘拐なんてさせてたまるか。絶対に取り戻す。
「それじゃあみんな、行くよ」
「うん!」
「おう!」
「了解です!」
私はクラウチングスタートのように身を屈めると、一気に土を蹴って飛び出していく。
この中では断トツで体力のない私だが、竜の力を使えば一気にトップに躍り出るだけのポテンシャルを持っている。
竜の足は爪が鋭く、いくら頑丈なブーツとはいえ破れそうで心配なんだけど、今はそんなことを心配している場合ではない。
エルも数歩遅れて付いてきている。私と同じように一部を竜化させて身体能力を底上げしているようだ。
お姉ちゃんも早いけど、サリアがいる分恐らくこちらの方が早く着くだろう。もしこちらが当たりだったならば、連絡だけ飛ばして先に追いかけていくのもありかもしれない。
「見えた!」
そこまで大きくない町だ。本気で走ればものの数分で門まで辿り着ける。
急ブレーキをかけて土煙を上げながら止まる私達を門番がぎょっとした目で見ている。
でも、そんなことはどうでもいい。早く聞かなくてはならない。
「すいません。ここ数時間の間にこの門を通った人でひょろ長のゾンビみたいな人来ませんでしたか?」
「え、あ、ああ……確かに来たよ。ちょうど一時間くらい前だったかな」
人物像の説明が若干雑だった気がしないでもないが、それでも門番には伝わったようだ。
どうやらこちらが当たりらしい。一時間ほどなら、馬車ならまだ追いつけるはず。
『サリア、こっちが当たりみたい。お姉ちゃんに伝えて』
『……ん、お、おう! 任せろ!』
『私達は先に追ってるから。じゃあ』
走っているせいか、それとも慣れない風魔法のせいか、若干反応が遅れていたがすぐに返事が来た。
これで連絡は大丈夫。後は追いかけるだけだ。
「君達、難破船の生存者だよね? 領主様から町にいるように言われてたはずだけど……」
「申し訳ないですけど今はそんなこと言ってる場合じゃないです。必ず戻ってくるのでもし何か言われたらそう言ってください」
私はそれだけ言うと即座に飛び出した。
すでに靴はボロボロ。これはまた買い換えないといけないかもしれない。
靴の破片が挟まって少し走りにくいけど、今は靴を脱ぐ時間すら惜しい。
うっすらと残っている轍を踏み荒らし、新たに足跡を付けながら疾走していく。
「ハクお嬢様、飛んだ方が早いのでは?」
「そっか!」
エルに指摘され、即座に翼を出す。勢いのまま飛び上がり、低空で地面を撫でるように飛翔していく。
そうして飛び続けること数分。前方に馬車が見えてきた。恐らくあれだろう。
「エル、馬車の動きを止めて」
「了解です!」
私と同じく翼を出して並走していたエルは一瞬高く飛びあがると、冷気を纏った風を馬車に向かって吹き付けた。
それにより馬車の車輪が瞬く間に凍り付き、完全に動かなくなる。その隙に私は翼をしまうと馬車の前へと躍り出た。
「な、なんだ? 急に動かなく……って、あなたは!?」
「これはどういうことですか?」
私は御者をしている男に詰め寄る。その男は紛れもなくあの時子供達を連れて行ったひょろ長の男だった。
「親の身元がわかったから話を聞く、そのはずではなかったですか?」
「え、あ、ああ、ちゃんと確認をとって親子だとわかったから、今から送り届けるところなんですよ」
私の殺気に少し息を飲みながらも答える。
なるほど、実に迅速な行動だ。これが本当にそういう目的で行われていたなら惚れ惚れするくらいの行動力だと賞賛する。
だけど、馬車の中にちらりと見える縛られた子供達を見れば、それが嘘だと一瞬でわかった。
「なるほど、言い逃れする気ですか」
「言い逃れも何も事実ですから。それより、馬車が急に動かなくなって、手伝っていただけませんか?」
「……」
この男は本気でまだばれてないと思っているのだろうか。確かに、馬車の中は暗いし男が邪魔になってよくは見えないけど、【暗視】を持っている私にはあまり関係ない。
怯えて声も出せない子供達の姿が私の目にはばっちり映っている。
それを事もあろうに馬車を動かす手伝いをしてほしいとは、豪胆にもほどがあるだろう。
「わかりました」
「おお、でしたら……」
「もうあなたには期待しません」
私は即座に水の刃を生成すると、男の身体に向かって乱射した。
「ぎゃぁぁああ!!」
水の刃が突き刺さり、男の断末魔が上がる。
もちろん、殺しはしない。殺してもいい気はするけどやはりそこは人の法によって裁かれなければならないだろう。
竜化の影響で興奮気味の身体を押さえつつ、水の短剣を生成して首元に押し付ければチェックメイトだ。
「あ、あぁ……」
「私の前で誘拐なんてできると思わないでくださいね」
度重なる痛みと私の威圧によって限界を迎えたのか、男は気を失ってしまった。
実にあっけない。私はふぅと息を吐くと、子供達を助ける作業に入った。
感想、誤字報告ありがとうございます。