第二百三十九話:油断から生まれた誘拐
翌日。約束通り子供達を引き連れて街を見て回ることにした。
港町というだけあって市場には魚が多く並んでいた。
魚はあまり好きではなかったので種類に関しては前世と比べてどうかはわからないが、明らかにこんな奴はいなかっただろうというのがいくつかいる。
聞けば、魔物の一種でよく他の魚と一緒に取れるらしい。なるほど、魚の魔物というのもあるのか。
親切にも試食していいと言ってくれたので一切れ食べてみると、意外にも身が引き締まっていてなかなか美味しかった。
「これ、お土産になるかな」
「いや、魔物だし流石に合わないんじゃないかな」
基本的に、肉は魔物のものより家畜のものの方が上質とされている。
一部の例外はいるが、魔物の肉は主に平民が食べる物であり、貴族ともなれば魔物の肉はほとんど口にしないのだとか。
私の知り合いは主に学園の貴族の子だし、よほど珍しい魔物でない限りはお土産としては適さないとのこと。
まあ、アリシアとか冒険者の皆さんは喜んで食べてくれそうな気がするけど、お姉ちゃんがそう言うなら別のものにしようか。
ただ、私的に興味があるのでいくつかの魚を購入し、【ストレージ】にしまっておく。これで不意に魚が食べたくなっても大丈夫だ。
子供達も実に楽しそうで、解放された喜びにキャッキャッとはしゃいでいる。
後は子供達を奴隷にした大本が捕まれば言うことなしだけど、ピエールさんはもう動いているのだろうか。
昨日の今日とはいえ、あの人のフットワークの軽さなら既に件の商会に踏み入っていてもおかしくはなさそうだ。
ただ、町に着いた時に大々的に子供達が帰ってきたと言いふらしているわけだから商会側も何かしらの策は講じていそうな気がする。
すんなり証拠が見つかってお縄につかせることが出来れば一番いいんだけどね。流石にそんな簡単にはいかないと思う。
そう考えると、こうして子供達を外に連れ出すのはちょっと危険だろうか? いや、今更子供達に手を出すとは考えにくいけど、苦し紛れに何かしてくる可能性はなくはない。
うーん、どうせすぐに捜査の手が入るだろうし、それまでは大人しくしておいた方がいいか。今更な気はするけど。
「ああ、ここにいましたか」
宿に帰ろうかと踵を返そうとした時、不意に目の前に一人の男が現れた。
目元を隠してしまうほど長い前髪にひょろりとした胴長の身体。だらりと下げた腕がまるでゾンビのようでちょっと不気味だ。
男はお姉ちゃんに向かってにこりと笑うと、軽く会釈をする。
「ええと、あなたが保護者ですかね? 実は、領主様から何人かの子供の身元が判明したと連絡があって、その確認のために該当する子供に来てほしいと言われまして。私が迎えに来たのです」
「もう? 早いね」
子供の処遇に関してはピエールさんが責任を持って親元に送り返すと言っていたので、別段おかしなことはない。ただ、少し早すぎる気もするけど……。
まあ、あの人ならできそうな気がしないでもない。フットワークの軽さはすでに目の当たりにしているしね。
「宿に行ってもいなかったので、探していたんです。そういうわけですので、連れて行ってもいいですか?」
「まあ、そういうことなら」
「ありがとうございます。では、呼ばれた子は付いてきてください」
男は数人の子供の名前を呼ぶ。見た目は不気味だけど、話し方は普通だし、悪い人ではないだろう。
子供達は私やエルと離れるのを嫌がったが、また会いに行くからと宥めて送り出した。
まだ半数近く残っているけど、この調子ならすぐにでも親元が判明するだろう。そうすれば、何の憂いもなく旅を再開できる。
あ、いや、船の件をどうするか考えてなかったな。うーん、どうしようか。
そんなことを考えていたからか、私は気づかなかった。去っていく男の口元がにやりと笑っていたことを。
その後、まだ遊びたいという子供達の要望に少しだけ応え、宿へと戻ってきた。
時刻はお昼過ぎ。お昼はぶらぶらしたついでに食べてきたので問題ないが、若干微妙な時間に帰ってきてしまった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま、エル」
留守番をしていたエルが出迎えに出てきてくれる。
なぜか子供達に懐かれているエルは一緒に町を回ろうとずっと言い寄られていたが、体調が優れないという理由でお留守番をしていた。
もちろん、本当はそこまで体調が悪いというわけではない。確かに疲れてはいるだろうが、一緒に町を回る程度なら別段問題はなかっただろう。
嘘までついて留守番をしたのはただ単に子供達に引っ付かれるのをエルが嫌がったからだ。
子供の相手は私で慣れていると思っていたけど、エル曰く、一人ならまだしもこんな大勢を相手にしていられない、だそうだ。
エルからしたら学園の生徒達も似たようなものな気がするんだけど、あれはまだ節度を守って一定の距離を保ってくれるからいいらしい。子供達のように遠慮なくべたべたと触ってくるのが嫌なのだとか。
……私も似たようなことした記憶があるんだけど、それはいいんだろうか? まあ、私は親が親だから特別なのかもしれない。そもそも種族が違うし。
「子供の数が減っているようですが」
「ああ、実はね……」
私は町で出会った男のことについて説明する。
そういえば、名前を聞いていなかったな。話を聞く限りピエールさんの部下っぽいけど。
「ここにも来たと思うんだけど、見なかった?」
「いえ、そんな人は来ていませんが……」
「え?」
確か、あの男は一度宿屋に来たが子供達がいなかったので探していたと言っていたはず。口ぶりからするに宿屋にも来ているはずだが、エルは見ていないという。
まあ、対応は受付の人がやったと思うし、エルは部屋にいただろうから気づかなかったという可能性はあるけど。
「気づかなかったとかじゃなくて?」
「私はずっと食堂の方にいたので、来たら気付くかと思いますが」
宿屋の食堂は入り口のすぐ隣にある。ずっとそこにいたというなら、宿屋に誰か来たらすぐに見えるだろう。
それに、エルは結構気配には敏感だ。誰か来たならすぐに気づくだろう。それがなかったということは、誰も来なかったということだ。
「じゃああの男は一体……」
なんだか嫌な予感がする。あの男は本当にピエールさんの使いの者だったんだろうか? もし、あれが嘘で子供達を連れ出すための罠だったとしたら……。
そんな悪い予感を裏付けるように、先に部屋に言っていたヒック君が戻ってきて不安そうな顔で呟いた。
「なあ、メイルが部屋に残ってたんだけど……」
メイルというのは子供達のうちの一人だ。まだまだ幼く、兄のついでとして攫われてきた可哀そうな子。
そう、兄がいるのだ。そしてそれは、先程男に連れていかれた内の一人でもある。
男はこう言った。親の身元がわかったからそれの確認をするために来てほしいと。同じ親から生まれた兄弟なのに兄は呼ばれて弟は呼ばれない。そんなことはありえないだろう。
きちんと送り返す気があるならば、ちゃんと二人から証言を取るはずだ。それをしなかったということはやはり、あの男はピエールさんの部下なんかではないということだ。
「なあ、あの時の連れて行った男って……」
ヒック君もなんとなくわかっているらしい。今の状況が酷く都合が悪いということには。
悪い予感はよく当たる。とはよく聞くけど、そんなものが当たっても何にも嬉しくはない。
なぜあの時気づかなかったのだろう。もう少し注意深く観察していればわかっていたかもしれないのに。
私は取り返しのつかないことをしてしまったと悔しさに拳を握り締めた。
感想、誤字報告ありがとうございます。