第二百三十八話:港町に滞在
話はスムーズに進み、子供達はピエールさんの預かりとなり、責任をもって親の元に返すことが決まった。
本当は私達が直接村まで送ってあげるつもりだったけど、ピエールさんなら信頼できそうだし、任せられるのなら任せてしまっても問題はないだろう。
ヒック君は帰れるとわかるや否や、私に何度もお礼を言って頭を下げてきた。あまりに興奮していてうっかり私の翼の事を喋りそうになったので慌てて口を閉じさせたが、まあ二度と帰れないと思っていた村に帰れるのだから気持ちはわかる。
問題は私達の方で、特に私は子供達と同じように奴隷だったと勘違いされていてどこの出身かなどをしつこく聞かれる羽目になった。
当初の予定通り、私は冒険者でありたまたま船に居合わせただけだと説明したが中々信じてもらえず、ヒック君も加勢することでようやく信じてもらえた。
なんでも、私の格好はどう見ても冒険者には見えないらしい。
まあ確かに、今回は冒険に行くわけでもないから服装は女の子らしいワンピース姿だ。武器らしいものも持っていないし、これで冒険者だと言われても納得できないのはわからないでもない。
考えてみれば、ギルド証を見せればよかっただけの話だったな。初めから見せればよかった。
「一応聞いておくが、君達はパラム商会とは関係ないんだね?」
「はい。便乗させてほしいと言って乗せてもらっただけなので別に雇われていたわけではないです」
もし護衛として雇われていたのであれば、私達も明らかに違法奴隷売買をしているパラム商会の関係者として罪に問われかねない。だから、単に拠点に帰りたくて船に便乗させてもらったという設定にした。
竜に乗ってきたなんて言っても誰も信じないだろうし、無駄に容疑をかけられるのも嫌なのでこれは必要な嘘だと思う。
調べたところで私達と件の商会の繋がりは出てこないし、頼んだはずの商人はすでに死んでいる。ばれることはない。
「わかった。だが、一応パラム商会の調査が終わるまではこの町に滞在してくれるだろうか。後になってやっぱり雇われていたとわかっても困るからね」
「まあ、仕方ないですね」
調査にどれほどの時間がかかるかはわからないが、そういう設定にした以上はやむを得ない待機だろう。
すでに予定より三日ほど遅れているからできれば急ぎたいところだけど、後になって疑われるのも困る。
「調査が終わって無関係だとわかり次第船は用意するから安心してくれ」
「あ、いや、そこまでしてもらわなくても……」
「なあに、こうして子供達が助かったのも冒険者である君達がいたからこそだろう。これくらいは当然のことだ」
「いや、そうじゃなくて……」
ピエールさんがいい人なのはいいのだが、これは流石にお節介が過ぎる。
というか、せっかくここまで来たのに送り返されてしまっては意味がない。
疑うことを知らないのか、それほど私達の事を信頼してくれているのかは知らないが、すでに私達は白だと思っているようで、船を用意する気満々だ。
うーん、容疑が晴れた後にこっそり抜け出すか、うまいこと言いくるめて断るか……まあ、今は何言っても聞かなそうだし後で考えよう。
なんなら領主館でもてなそうとも言われたが、子供達も心配なので丁重に断っておいた。
一応、子供達を攫ったと思われるパラム商会が再び手を出してこないとも限らない。近くにいた方が安全だ。
話を終えて領主館を出ると、子供達が待つ宿へと向かう。
宿屋の厚意でお代はいいと言われているが、子供達はともかく私達は別にお金に困っているわけではないし、17人もの子供の食事代だけでも結構な額になると思うのでこっそりと返しておこうと思っている。
当初は海水に浸かって衰弱していた子供も私の治癒魔法と食事によってすっかり回復し、他の子供達とそこらを走り回っていた。
逞しいというかなんというか、とにかく無事でよかったと思う。
ヒック君がピエールさんとの話の内容を聞かせると、みんなようやく村に帰れると喜んでいた。
「さて、何日かかるかな」
「あの領主さんの事だから明日にでも捜査は入りそうだけどね」
ピエールさんがいつもいるのはここから馬車で一日ほど行った場所にある別の町らしい。それなのに、私達が難破船と共にこの町に辿り着いたと知るや否や早馬に乗って即座に駆けつけてきたのだ。
普通、領主ほどの地位の人間ならばそんなに早くは動かない。動いてもせいぜい代官を立てるとかして自分自身は動かないだろう。
それほど事態を重く見たのか、それともこれがピエールさんにとっての普通なのか。とにかく、対応が早いのは間違いない。
「ハクお嬢様ぁ……助けてくださいよぉ……」
子供達に纏わりつかれたエルが涙目になりながら近づいてきた。
エルは妙に子供達に懐かれたらしく、引っ張りだこ状態だった。
私が子供達には手を出さず、できれば構ってあげて欲しいと頼んだからしぶしぶ構っていたのが悪かったのかもしれない。
まあ、竜というだけでも珍しいし、エルは人間状態でも魔法の扱いはぴか一だ。力も普通の人間よりは強いし、子供達にはそれがかっこよく映るのかもしれない。
「ほら、エルが困ってるから放してあげてね」
「えー」
かくいう私も竜人として珍しがられているらしく、近寄ってくる子供は多い。ただ、どの子よりも身長が低いのが災いしてか、頼るべき対象というよりは守るべき対象として見られているようだった。
成長しない体が恨めしい。せめて、もう少し大人だったらよかったのに……。
私の言葉に渋々ながらも子供達が放れていく。解放されるや否や、エルは私に抱き着いて後ろに隠れてしまった。
子供がトラウマになったりしないよね? 以前にもトラウマを植え付けてしまった人がいるのでちょっと心配になった。
「それで、これからどうするんだ?」
「とりあえず、調査が終わるまでは街をぶらついていようかなって」
港町というだけあってこの町は魚が食卓に並ぶ。
王都では氷の魔石を使った冷蔵庫擬きがないととてもじゃないけど運べないので近くで取れる野菜や肉が多かった。だから、魚を食べるのは結構久しぶりだったりする。
久しぶりというか、今世では初めてかも? ここらで魚の味に舌鼓を打つのもいいかもしれない。
他にもこの大陸特有の珍しい品もあるかもしれないので、ちょっと早いけどお土産を探すのもいいかもしれないね。
「エルも疲れてるだろうし、ちょうどいいかもしれないね」
三日間飲まず食わずで寝ずに飛び続けたエルは口にこそ出さないが結構疲れていると思う。
いくら竜が疲労感を感じにくいとは言っても休息は必要だろう。
そういう意味ではある意味ちょうどいい休息なのかもしれない。着いた時にヘロヘロになっていたらなんだか可哀そうだし。
「なら、しばらくは羽を伸ばそうか」
「そうしよう」
「なら、早速何か食べに行く?」
現在時刻はお昼近く。宿屋でも頼めば料理は出してくれるだろうが、せっかく港町まで来たのだから色々と見て回りたい。
お姉ちゃんもサリアも私の意見に賛成してくれたので、早速出かけることにした。
ヒック君他、数人の子供達も一緒に行きたいと言ったので10人ほどの大所帯で町に繰り出す。
みんな私達が難破船の生き残りだということは知っているようで、とても優しく接してくれる。中には色々と恵んでくれる人もいていい人達ばかりだなと感心した。
結局、私達が宿に戻ったのは夕方を過ぎた頃。残っていた子供達に町での出来事を語って聞かせれば、自分達も行きたいと騒ぎ始めたので明日にでも一緒に行こうという話になり、大いに盛り上がっていた。
これは調査が済んでもしばらくは滞在することになりそうだなと思いつつ、笑顔を見せる子供達を見て静かに微笑んでいた。
感想、誤字報告ありがとうございます。