第二百三十七話:無事に到着
翌日の朝。また雨が降ってくるという事態にもならず、天気はすこぶるよかった。
これなら十分に移動が可能だろう。みんなで朝食を食べ、これから移動することを伝える。
子供達もこんなにも早く移動できるとは思っていなかったらしく、これで帰れるとはしゃいでいた。
全員船に乗り込んだ後、水の鎖をエルに繋ぐ。胴体に直接巻き付けるような形になったけど、苦しくはないだろうか。
聞いてみれば問題ないとのことだったので、私達も船に乗り込む。これまで通りエルの背中でもいいけど、流石に船を引くエルの背に乗るのは可哀そうだと思ったので船の方に乗ることにした。
そう言った時若干悲しそうな目をしていたけど、乗って欲しかったんだろうか。まあ、負担を考えてもエルの背に乗るのはあまり得策ではないのでこれでいいと思う。
〈では、いきますよー〉
砂浜に若干乗り上げるようにして停泊している船を竜の力で強引に反転させていく。
修理部分が壊れないか心配だったが、確認してみても壊れている様子はなかったので多分大丈夫だろう。
やがて完全に海の上に浮かぶと、意気揚々と進み始め、帆がないとは思えないほどのスピードで航行することになった。
この調子なら後二日は無理でも三、四日かければ着くのではないだろうか。まあ、夜もずっと飛び続けたらの話だけど。
まあ、エルは元々海の上にいる間は食事も睡眠もとらないつもりだったみたいだし、船を引くことで疲れないのであれば問題はないのかもしれない。それはこれからの状況次第かな。
無理だけはしないようにと言い含めておいたから大丈夫だとは思うけど、私もちょくちょく確認はすることにしよう。
穴ぼこだらけの甲板で前方を飛ぶエルの後姿を確認しながらそんなことを思っていた。
それから三日。途中で海が荒れることもなく、魔物に遭遇することもない平和な航海を終え、私達はとうとう隣の大陸に辿り着くことが出来た。
例の魔物に襲われたらどうしようかと思ったけど、多分エルの威圧感によって出てこられなかったのだろう。抑えているとはいっても、そこは流石竜だ。
エルが引っ張っている状態で港町にでも辿り着けば騒ぎになるのは目に見えているので、町が見えてきた辺りでエルには人間状態になってもらい、後は潮の流れに乗って自然に辿り着くのを待った。
道中で魔物に襲われ、船員のほとんどは死亡。それでもなんとか脱出し、潮の流れに乗ってどうにか町に辿り着くことが出来た難破船、みたいな設定で行くことにしたのだ。
魔物に襲われたのは事実だし、船員がほとんど死んだのも事実なので何も間違ってはいない。実際、残ったのが子供ばかりだったことと、船体の傷がまさに魔物に襲われたと言った惨状だったので町の人々もすんなりと信じてくれた。
それどころか領主に連絡を取り、私達を保護してくれるように頼みこんでくれるという優しさ。おかげで泊る所には困らなかった。
同情してくれたのか、町の人達からも食料や水を提供され、なんだか少し申し訳なくなってくる。それでも、私も子供達全員を養えるだけの蓄えがあるわけでもないのでありがたく受け取ることにした。
事が落ち着いたのは夕方頃で、詳しい事情は明日聞くということになり、今日は休むことになった。
本当はさっさと子供達を連れて故郷に帰してやりたかったが、町に着いてしまった以上は段階を踏むしかない。ここで変に強硬策に出て子供達を村に返したところで後々問題になるかもしれないし、せっかく厚意で置いてくれているのだからちゃんと応えなくては失礼だ。
子供達も無事に地に足を付けることが出来て安心しているようだし、後は穏便に話を付けて村に返してあげよう。
そして翌日。ここの領主はフットワークが軽いのか、連絡を受けて数時間のうちにこの町に駆け付け、領主館で待っていてくれたようだ。
まずは代表者と話がしたいということだったので、ヒック君と私、そしてお姉ちゃんの三人で会いに行くことにした。
ちなみに、私の翼はすでに仕舞ってある。ヒック君を含め子供達には私が竜人であることは黙っているように伝え、私のことは船に居合わせた冒険者サフィの妹だと言うように頼んでおいた。
ヒック君は驚いていたようだけど、竜人ならそういうこともできるのかと一人で納得し、特に突っ込んでくることはなかった。
まあ、本物の竜人はそんなことできないだろうけど、彼らが今後竜人に出会う可能性は低いだろうし訂正はしないでおく。私だけが特別だって言うと色々聞かれそうだし。
そんなこんなで領主館。石畳の道の先にでんと構えた大きな屋敷は王都で見た貴族の屋敷を少し豪華にしたような感じだった。
羽振りは良さそうだと思いながら中に入ると、対応に出てきた執事が応接室へと案内してくれる。
お茶とお菓子を振舞われてしばらく待っていると、一人の男性が入ってきた。
「お待たせした。君達が難破船の生存者で間違いないかな?」
口髭を蓄えた壮年の男性は向かいのソファに座るなりそう切り出してきた。
隣の大陸では使っている言語が異なると聞いたことがある。今思えば、子供達の喋っている言葉も王都で聞いていた言葉とは違うものだと気づいた。しかし、私にはすんなりと聞き取ることが出来る。
よくよく考えれば、私は元々この大陸の出身だし、この大陸の言語を覚えていても何ら不思議ではないのかもしれない。
お姉ちゃんは一応知っているようだが、曖昧なのかところどころ首を傾げていたので通訳してあげることにした。
「はい、そうです」
「そうか。私はピエール・フォン・マグナイザー。この領地を取りまとめる領主をしている。まずは無事でよかったと言っておこうか」
ピエールさんは心底安心したというような表情でそう言ってくる。
無事でよかったと思っているのは本当のようだ。
案外いい人そうで少し安心する。
「さて、まずは確認させてほしい。私の記憶が正しければ、あの船はシャイセ大陸に向けて出港した商船だったはずだ。だが、君は商人ではないだろう? 他の商人の子供かなにかだろうか」
どうやらあの船はこの港町から出航したらしい。
積み荷はシャイセ大陸、つまり私達がいたオルフェス王国がある大陸へと向けて集められたこの大陸の特産品で、パラム商会という商会が所有している船らしい。
通常、子供を連れている商人は自分の子供や弟子に商人としての知識を身につけさせたりするために同行させるのが普通である。だから、船に子供が乗っていること自体はそう珍しくはない。
しかし、今回保護された子供の中には5、6歳の子もいる。親として面倒を見ながら商売をする者もたまに入るが、まだ冒険者ギルドにも登録できないような子供を連れていくのはあまり聞かない話だった。
ピエールさんの認識ではあれはただの商船で、奴隷を運んでいたという認識はないらしい。
まあ、この大陸で奴隷がどう扱われているのかは知らないけど、わざわざ別の大陸に運ぶということはこの大陸では売れなかったのだろう。うまく隠れたものだと感心するが、そこまでして稼ぎたいのかと憤りを感じる。
「違う。俺達はみんな無理やり乗せられたんだ。足枷を付けられて」
「なに? ということは、奴隷だというか」
足枷を付けるのは犯罪者か奴隷くらいのものだ。ピエールさんも相手が子供だということですぐに奴隷という考えが浮かんだらしい。
ピエールさんの話では、この大陸でも奴隷は犯罪奴隷や借金奴隷以外は違法とされているらしい。年端もいかぬ子供達が違法に奴隷として売られようとしていた事実を突きつけられ、苦い顔をしていた。
「パラム商会は以前から黒い噂が絶えなかったが、まさか奴隷商売に手を出しているとは……」
「あの、この子達が奴隷に落とされるなんてことはないですよね?」
「当たり前だ! 親の確認が取れ次第、すぐに送り届ける」
借金の形に売られて……という場合もなくはないので一応確認をとったが、少なくともピエールさんは子供達を無事に返してくれる気はあるらしい。
何かと理由を付けられて奴隷に落とされるとかがなくてよかった。これなら、子供達を任せて私達は出発できるかもしれない。
話の雲行きがよさそうだと安心し、私はほっと息を吐いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。