第二百三十六話:船の修理
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「ハク、無事!?」
「わっ……」
私の姿を認めるなり、お姉ちゃんがエルの背から飛び降りて抱き着いてきた。それに続くようにサリアも飛び降り、心配そうな目で私を見てくる。
アリアは獣人達がいるからか姿を消しているけど、お姉ちゃんと同じくらいの速さで私の方に近づいてくるのを感じられた。エルは近づきこそしないけれど、目に涙を浮かべて無事でよかったと鳴いている。
皆に心配をかけてしまったようで、私はしばらくの間されるがままに抱擁を受け続けた。
「お姉ちゃん、大丈夫だから……」
「ほんとに? 怪我はない?」
「見ての通りだよ」
何度も何度もしつこいくらいに確認してようやく落ち着いたのか、お姉ちゃんは私を放してくれた。
そういえば、私はどれくらいの間気を失っていたのだろう。雨が降り始めたのは確かお昼頃だったはずだから、夜が明けていると考えると半日以上は眠っていたのだろうか。
そりゃ心配させてしまうわけだ。当初は島に送り届けたらすぐに戻るつもりだっただけに罪悪感が沸いてくる。小さな島ではあったけど、まさか無人島とは思わなかったんだもの。
「ハク、その人達は……?」
ヒック君が遠慮がちに聞いてくる。見れば、皆遠目から私達の事を見つめていた。
なにせ竜に乗ってきたのだ。竜人はまだ珍しいくらいで済むけど、竜はもっと稀で滅多に人前には姿を現さない。人に変身して潜り込むことはあるだろうけど、それに気づける人はほとんどいないだろう。
ヘクスフォードのような例外はあるとはいえ、竜は基本的には人類の敵だ。もし遭遇することがあったら命はないと言われている。
いくら好奇心旺盛な子供とは言え、流石に竜に積極的に近づこうとする者はいなかった。
「大丈夫、みんな私の仲間だよ。竜も含めてね」
「竜と知り合いなのか!?」
「知り合いというか、家族かな」
大丈夫だと示すためにエルに触れてやれば、甘えるように喉を鳴らしながらすり寄ってきた。その姿は、とても冷徹で残酷な竜には見えなかっただろう。
その姿を見て、ヒック君を始めとした何人かが恐る恐る近寄ってくる。
「さ、触ってもいいか?」
「うん。いいよね、エル」
〈ハクお嬢様がそうおっしゃるのであれば〉
「いいってさ」
私に了承を取ると、指先でチョンと触れては離れると言った動作を繰り返す。
何度かそれを繰り返し、何もしてこないことがわかったのか、撫でるように触れていく者もちらほらと現れた。
やはり珍しいのだろう。最初こそ恐怖に身をすくませていたが、今ではすっかり好奇心の方が勝ってしまっているようだった。
「この子達が船の乗員なの?」
「そうみたい。実は……」
子供達がエルに構っている間、私はお姉ちゃん達に事情を説明する。
もしこの島に人がいればその人達に任せて早々に立ち去るつもりだったけど、誰もいないなら私が何とかするしかない。手を出してしまった以上は、中途半端なところで投げ出してしまってはいけないだろう。
なんとか隣の大陸まで連れていきたい旨を伝えると、お姉ちゃんもそうだねと同意してくれた。
「問題はどうやって連れていくかだけど……」
〈それならば、私が船を引きましょうか?〉
ぽつりと呟いた言葉に反応してエルが答えた。
「え、でも、結構重いと思うよ? 大丈夫?」
〈この程度であれば問題はないかと。というか、ハクお嬢様でも余裕で引けるかと思われますが〉
「いや、流石に重すぎて無理だよ……」
確かに引けないことはない。だが、余裕ではないだろう。
体格の差だろうか。それとも私の身体が人間寄りだから竜本来の力が発揮できていないとか? 竜状態でも半分以上は人間の身体だし、ありえるかもしれない。
〈まあ、そういうことであれば私が引きますよ〉
「……お願いできる?」
〈はい! お任せください!〉
あの船を見て問題ないというなら多分大丈夫だろう。
牽引するためのロープかなにかは必要だが、それは魔法で用意すれば問題ないし、後はエルの体力次第だ。
これによってエルの疲労が積み重なって倒れなければいいんだけど……。
「それじゃあ、とりあえず船底の修理だね」
「ああ、だからこんなに木があるのね」
「うん。お姉ちゃん達も手伝ってくれる?」
「もちろん。任せておいて」
木を板に加工し、ひび割れた箇所に張り付けていく作業と船の中に溜まってしまった海水を掻きだす作業。どちらも重労働ではあるが、みんなが手伝ってくれるというなら案外早く終わるかもしれない。
子供達もやる気十分のようで、早速手分けしての作業が始まった。
時刻は夕方過ぎ。
途中でお昼休憩を挟んだ以外はぶっ続けで作業した結果、どうにか船体の修復は終えることが出来た。
釘がなかったので土魔法によって形成した岩の楔を代用品として使用したが、強度としては問題ないだろう。また豪雨に襲われるとかしたら流石に耐えられないだろうが、通常航海をする程度だったら数日程度は持つはず。
海水も粗方掻き出し、いつでも航行可能な状態にはなった。後は、鎖をエルに繋いで運んでもらうだけとなる。
「みんな、今日はお疲れ様」
くるくると走り回っていた子供達も流石に疲れたのか砂浜でぐったりと座り込んでいる。濡れた船内を歩いて転倒したり、板を張り付ける際に指を切ったり細かな傷を負ったりもしたし、いくら作業慣れしていると言っても一日の作業量は超えていただろう。
もちろん、傷に関しては私とお姉ちゃんで完璧に治療したが、疲労はそう簡単に抜けるものではない。今はゆっくり休ませてあげよう。
「なあハク、これで帰れるのか?」
「帰れるよ。私達が責任もって送り届けるから」
一度は奴隷として捕まった身。その時の心境たるや絶望に満ちていただろう。
しかし今、こうして帰れるかもしれないという希望が生まれている。だからこそ、子供達は熱心に修理に協力してくれたのだと思う。
その期待に応えるためにも私達はちゃんと彼らを送り届けなくてはならない。こんな子供が絶望する姿は見たくないからね。
「それじゃあ、夕食にしようか」
【ストレージ】に食料はたっぷりと用意してきたが、流石に17人もの子供を食べさせるとなると心許ない。なので、サリアとエルには狩りをしに行ってもらっていた。
エルはいるだけで魔物を怯えさせてしまうほどの威圧感を放っているが、人間状態になればそこまでの威圧は発せられない。
竜が人の姿になったことに驚いたのか、子供達に囲まれてしまったのがちょっとしたトラブルだろうか。エルはあまりこういうことには慣れていないのか、終始私に助けを求める視線を送っていたのが印象に残っている。
だからこそ狩りに行かせたわけだけどね。ダンジョンで鍛えているサリアもエルに遅れることなくついていき、夕食時には大きな猪を引きずって戻ってきた。
解体に関してはお姉ちゃんがやってくれた。私はいつも獲物はすぐにギルドに持って行ってしまっていたし、最近ではずっと【ストレージ】に死蔵してばかりだから解体に関してはあまり詳しくないので助かった。
軽く塩を振っただけのシンプルな焼肉になったが、子供達は喜んで食べてくれた。
明日になったら出発する旨を告げ、船の中で一泊する。
少し気になることと言えば船を襲った魔物の事だけど、恐らくエルがいれば大丈夫なのではないだろうか。威圧もあることだし。
まあ、いざとなれば私が先行して仕留めてこよう。そんなことを考えながら、私は眠りに着いた。
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