第二百三十五話:合流
船の損傷は思ったよりも酷かった。
主戦場になったと思われる甲板はそこら中に穴ぼこが開き、船内も側面を傷つけられたのかひび割れから浸水している箇所が見られる。
ヒック君達が閉じ込められていたという牢屋も浸水していて、留まるには割と危険な状態だった。
私はひとまず檻を破壊し、さっさと船外へと獣人達を連れ出す。
牢屋に残っていたのは七人。中には5、6歳くらいの子もいてこんな小さな子を奴隷にするなんてと憤りを感じた。
念のため、全員に治癒魔法を施し、ついでに【ストレージ】から作っておいた料理を取り出してみんなに振舞う。
碌に食事を与えられていなかったのかその喰いつきようはすさまじく、ものの数分で無くなってしまった。
「怪我の治療に食事まで……本当にありがとう!」
「あ、うん、どういたしまして」
満足げにお腹をさすりながらお礼を言ってくるヒック君を尻目に私は今後の事を考えていた。
まず、この子達は隣の大陸にあるトンガ村という場所から連れてこられたらしい。このままオルフェス王国に入って孤児院かなにかに入るよりはやはり故郷に送ってあげた方がいいだろう。そうなると、どうにかして彼らを連れていく必要がある。
私は竜ではあるが、エルのように竜形態になれるわけではない。だから、私が彼ら全員を乗せて飛んで運ぶのは不可能だ。
そうなるとこの船を使ってどうにかするしかないのだが、正直この船が動くかどうかもわからない。というか、多分動かない気がする。
なにせマストがだめになっている上に浸水までしているのだ。浸水に関しては補強すれば数日くらいは持つかもしれないが、マストに関してはどうしようもない。
風を受けられなければ船は進まないし、子供達だけで操船できるはずもないから無理がある。
となれば、後は私が引っ張っていくくらいしか選択肢がない。
他にも全員に浮遊魔法をかけて運ぶだとか海を凍らせて道を作るだとか方法がないことはないけど、流石に竜の足で後二日はかかるであろう道のりをそんな方法で運ぶのは少し怖い。
魔力に自信はあるものの、先程の豪雨のように不測の事態は起きるものだし、出来るだけ安全に運ぶとなれば船を引っ張るのが一番な気もする。
まあ、それでも結構無謀なんだけど。主に私の体力的な問題で。
いくら竜の力が凄いとは言っても、流石に大型船は重いよ。それにずっと飛んでなくちゃいけないし、途中で休むにしても何日かかることやら。
私にも予定はある。特に待たせてしまっているエル達には早く合流しないと心配をかけてしまう。
はてさて、どうしたものか……。
「なあ、あんたは名前はなんていうんだ?」
「ハクですよ」
「ハクか。ありがとうな、ハク!」
今の状況をわかっているのかいないのか、屈託のない笑みを浮かべるヒック君。
まあ、久しぶりの外だろうし気持ちはわからなくはないけどね。
「なあ、ハクはどうして俺達を助けてくれたんだ?」
「どうしてと言われても、ただ、転覆しそうな船が見えたものでつい……」
今考えればかなり無謀なことをしたと思う。
確かに、竜の力を得てからは色んなことが出来るようになった。だが、それでも限界はある。
間違っても、転覆しそうな船を引っ張って岸に運ぶなんてことは普通はしないだろう。
力を手にしてしまったからこそ、助けられる人も増えた。けれど、代わりに無茶もできるようになってしまった。
今や私は私だけのものではない。お姉ちゃんやアリアを始め、いろんな人の大切な人になっている。みんなのためにも、私は無事に帰らなくてはならない。
助けられるなら助けたいとは思うが、そのために無茶をして大怪我でも負ってしまったら心配をかけてしまう。
気を付けなければと反省はするが、またこういうことをしてしまいそうだとそんな予感がした。
「そうなのか。ユーリ姉ちゃんと一緒で優しいんだな」
「ユーリ姉ちゃん?」
「うん。あ、もしかして知り合いか? ハクと同じ竜人なんだけど」
なんでも、まだ村にいた頃、崖から落ちて怪我をしていたところを助けてもらったことがあるらしい。
私に竜人の知り合いはいないが、面白い偶然もあるものだ。
「知らないけど、その人はどうしたの?」
「怪我を治した後すぐにいなくなっちゃった」
竜人と聞くと、最近聞いたヘクスフォードの話を思い出す。
トンガ村がどこにあるのかは知らないけど、同じ大陸であるなら同一人物の可能性もあるだろうか?
相変わらず優しい性格のようで好感が持てるけど、なんだか私と同じで無茶しそうなタイプな気がしてきた。変に大事に首を突っ込んで立ち往生していなければいいけど。
「それより、これからどうするか考えないとだよ」
「ん、ああ、そうだな。ハク、俺達村に帰れるかな」
残酷なようだけど、夢を見てばかりもいられない。現状に目を向けるように促せば、流石にヒック君も帰るのが絶望的だということは理解しているようだった。
幸い、この無人島には森があり、食料の確保に関してはしばらくは問題ないだろう。水があるかはわからないが、私がいれば飲み水くらいだったら水魔法で出してあげられる。
問題は船をどう直すかだ。せめて、簡易的でもマストを立てられればいいんだけど……。
木を切って立てていくしかないだろうけど釘がないから固定ができない。帆に関してもそんな大きな布があるわけもなく、やはり修理は難しいのではないだろうか。
最悪は私が引っ張っていくだけど、出来ればその選択肢は取りたくないし……。
「とりあえず、出来る場所だけでも修理しちゃおう」
考えていても始まらない。木材に関しては豊富にあるし、まずは浸水だけでもなんとかしてしまうのがいいだろう。
「俺達も手伝うぞ!」
「え?」
ひとまず木を集めてこようと立ち上がると、ヒック君達も手伝うと集まってきた。
気持ちは嬉しいけど、流石に子供に丸太を運ばせるのはちょっと気が引ける。いやまあ、見た目だけなら私も子供なんだけどさ。
というか、仮に任せたとしても運べないと思うんだけど……。
「大丈夫、俺達結構力もちなんだぞ」
自信満々にそう言うヒック君。
確かに、獣人はドワーフと同じように魔法があまり使えない代わりに力が強いというのは聞いたことがある。
心配ではあったが、やる気もあるようだし出来る範囲で手伝ってもらおうという結論に至り、ひとまず連れていくことにした。
水の刃で木を切り倒し、枝葉を軽く切り落としていく。私の身長の何倍もあろうかという大木だったが、子供達は割とあっさりそれを運んで見せた。
元々村でも似たようなことを手伝っていたらしい。彼らの連携は素晴らしく、私が木を切る傍からどんどん運ばれて行った。
「獣人って凄いね……」
自分で切って自分で運ぶ気満々だっただけに驚かされたが、体力を温存できたのはいいことだ。
そうして木を切ること一時間ほど、そろそろ切り上げようかと思った時、子供の一人が慌てた様子でこちらに走り寄ってきた。
「竜が! 竜が来たよ!」
その言葉で私は誰が来たのかを悟った。
すぐさま浜辺の方へ駆けていく。
陽光が照り付ける浜辺。そこには紺碧の翼をたなびかせた気品溢れる竜が鎮座していた。
そして、その背には二人の人間が乗っている。それはまさしく、エル達だった。
感想、誤字報告ありがとうございます。