第二百三十四話:船に乗っていたのは
「おい、起きろ」
「う、うーん……」
何者かに声をかけられて意識が覚醒する。うっすらと目を開けると、目の前には砂地が広がっていた。
あれ、なんでこんなところにいるんだっけ……。
ぼーっとした頭で記憶を掘り起こすと、ようやく自分がどこにいるのかを把握する。
「そうだ、島まで船を運んで、そこで気を失ったんだっけ」
だんだんと覚醒する意識に伴って記憶も鮮明に思い出されてきた。
最後、どんな状態になっていたのかまでは曖昧だったが、こうして砂地に倒れている以上、そのまま突っ伏して気を失っていたらしい。
幸い雨はすでに上がっているようだったが、防御魔法も解けてしまっていて、ずぶ濡れになった服のせいで少し寒かった。
「大丈夫か?」
再度声がかかる。誰だろうか?
起き上がって目を開けてみると、そこには数人の獣人の子供が立っていた。
どうやら話しかけてきていたのはその中の一人らしい。
私は起き上がって体を確認すると、異常がないことを確認する。一度寝たおかげか魔力も回復しており、ちょっと寒気がする以外は問題はなかった。
「はい、大丈夫です」
「そうか。ならよかった」
服を着替えたいところだったが、流石に彼らの前で着替えるわけにもいかない。なので風魔法を用いて服を乾燥させ、乾かすことにした。
乾燥魔法に関しては魔力溜まりにいた頃に編み出した魔法の一つだ。生活魔法と言い換えてもいいかもしれない。
火魔法も組み込んで温度を上げてやれば乾燥も早くなる。瞬く間に服は乾いていき、やがて湿り気はなくなった。
「竜人、だよな? あんたが助けてくれたのか?」
「竜人? ……あっ」
竜人と言われ、そう言えば翼を出しっぱなしだったことに気が付く。
竜人は地域によっては迫害の対象にもなっているためあまり見せない方がいいのだが、流石に今から仕舞っては不自然すぎる。
彼らがそう言った思想を持っているかどうかはわからないが、もしそんな思想を持っていたら逃げるしかない。
状況的に考えて彼らは船の乗客だろう。とっさに探知魔法を使ってみたが、島に人の気配はない。小さな島だったから探知漏れもないだろうし、どうやら無人島で間違いないようだ。
まあ、命は無事だったのだし、仮にそうなったら素直に逃げよう。私は腹をくくり彼らを観察する。すると、奇妙なことに気が付いた。
目の前にいるのは十人ほど。全員種類の差こそあれど獣人であり、且つ少年少女ばかりだった。
さらにその服装は皆ボロボロで、足には重りのついた枷が嵌められている。
囚人、ということはないだろう。こんな子供ばかりが犯罪を犯しているとは思えないし、仮にそうだとしてもわざわざ船で移動していた理由がわからない。
となると考えられるのは、奴隷だ。
「えっと、あなた達は?」
「俺はヒック。この船に無理矢理乗せられていたんだ」
代表するように答えてくれたのは13歳くらいの男の子。どうやら狼の獣人のようで、ぼさぼさになってはいるものの、灰色の毛並みが気高く美しかった。
他の獣人達もヒック君に追随するように頷いている。
無理矢理乗せられていたと言うあたり、私の予想は間違っていなさそうだ。それに、無理矢理となるとただの奴隷ではなく違法奴隷の可能性が高い。
オルフェス王国では犯罪奴隷や借金奴隷以外の奴隷は認められていないが、向こうの大陸ではどうなのだろうか。どちらにせよ、違法ならば告発しなければならない。
「それより、あんたが助けてくれたのか?」
ヒック君は再度私にそう聞いてくる。
助けてくれた、というのが船を導いたことに関してならばその通りだが、捕まっていたのを助けてくれた、という意味ならばそれはどうなのだろうか。
もし違法奴隷なら檻か何かに閉じ込められていただろうし、こうして外に出られているということは何かしらの理由で壊れたんだろうけど、それは私が助けたことになるのかな?
よくわからないので曖昧に頷くと、パッとか表情を輝かせて私の手を握ってきた。
「やっぱり! あの鎖を見てそうじゃないかと思ったんだ。竜人は魔法が得意だからな」
ヒック君が指さす先には船を繋ぎ止めている水の鎖がある。
朦朧とした意識の中で固定化を行ったから心配だったけど、どうやら無事に役目を果たしてくれたらしい。
「えっと、捕まってたんですよね? あなた達を捕まえた人はどうしたんですか?」
「多分みんな死んだんじゃないかな」
ヒック君が説明する限り、どうやらあの船は雨であんなにボロボロになっていたわけではなく、その前に一戦闘あった後の状態だったらしい。
私達が行く予定の大陸から来た船で、ヒック君達は船内にある檻に閉じ込められていたらしいのだが、その途中に魔物と遭遇したらしい。戦闘になり、だいぶ苦戦していたそうだ。
その途中で雨になり、戦況は悪化。見張りの人達も駆り出されて行ったが、結局戻ってこず、それどころか船が壊れるんじゃないかというくらい揺れに揺れてもはや死を覚悟していたらしい。
だが、幸運にも衝撃で檻が歪み、その隙間から脱出することが出来た。でも、船は未だに揺れてぎしぎしと音を立てている。だから、ひとまず落ち着くまで潜んでいようと船の中に隠れ、こうして静かになったタイミングで外に出てみれば他の船員はおらず、なぜか鎖で船が固定され、砂浜には私が倒れていたというわけだ。
状況を聞く限り、その魔物とやらに全員やられてしまった可能性が高そう。最後まで船内に閉じこもっていたこの子達だけが助かり、そのまま船は流されて漂流していたところを私達が見つけた、ということらしい。
なんというか、運がいいのか悪いのか。いやまあ、違法奴隷を扱うような奴なのだから死んだところでどうとも思わないし、この子達にとっては売り飛ばされずに済んでラッキーだったと言えなくはないけど、状況はあまりよろしくない。
なにせ助かったとはいえここは無人島だ。船も壊れてしまっているし、脱出するのは難しいだろう。そもそも船が無事でも子供だけで操船できるとは思えない。
このままこの無人島で暮らしていくというのも一つの手かもしれないが、流石にいきなりそんなサバイバル生活をさせるのは胸が痛む。なんとか送っていけないものだろうか。
「そうですか。生き残っているのはここにいる人達で全員ですか?」
「まだ船に何人か残ってる。怪我してる奴もいるからまずは俺達で偵察しに来たんだ」
もし仮に船員に生き残りがいたらまた捕まってしまう。いくら魔物に襲われてから音沙汰がなかったとはいえ、かなり勇気のいる行動だったんじゃないだろうか。
獣人は環境への適応能力が高いと聞いたことがあるけど、これもそういうことなのかな?
とにかく、こうして知ってしまった以上、彼らを助けるのは私の役目だろう。まずは現状を把握しなくては。
「わかりました。ひとまず怪我人のところに案内してください」
「もしかして、治せるのか?」
「多少の傷ならば。それと、それっ」
私は水の刃を作り出し、子供達の足についている枷を破壊する。
いつまでもあんなものを付けていたら動きづらいだろうし、さっさと破壊しておくに限るだろう。
いきなりのことで驚いたようだったが、枷が外れたことに気が付くと諸手を上げて喜んでくれた。
まずは怪我人の治療をして、それから船の状態を確認して可能なら修復しよう。そんなことを考えながら、私はヒック君の後についていった。
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