第二十七話:ランクアップ
オーガ討伐から数日が経った。
アリアの治癒魔法はかなり効果が高いらしく、粉々に折れていたはずの腕も数日のうちに綺麗に治ってしまった。もう動かしても痛みは感じない。少し痣が残っているが、これもそのうち消えるだろう。
数日だけとはいえ、ただベッドに寝転がっているだけの日々はとても退屈だった。
ただ暇なだけならよかったんだけど、お見舞いと称してパーティ勧誘に来る人が結構来た。みんな口々に一人より大勢の方が安全だとかピンチの時に助けてくれる人がいるのはいいことだとか言ってくるの。まあ、実際一人で戦ってピンチに陥ったしね。それで考えが変わると思ったんでしょう。全部断ったけど。
中には純粋にお礼を言いに来た人もいた。特に、私が助けたあの冒険者。オーガに潰されそうになったところを助けた人ね。その人はだいぶ感謝してくれた。でも、土下座までするのはやりすぎだと思うの。
その他には常時発動魔法について少し考えていたけど、あんまり実用性があるものは思いつかなかったんだよね。
探知魔法は便利だし使い勝手がいいからいいとして、身体強化魔法は長時間の発動だとやはり魔力消費が重い。一日中発動していてもあまり障害にならないような魔法となると選択肢はかなり限られる。
魔力を壁のように展開して結界のようなものを作ったり、幻影魔法を応用して自分の姿を変えたりとかも思いついたけど、やはりどれも消費が多かった。
この辺は追々改良していくしかないだろうね。
それはさておき、私は今ギルドマスターに呼ばれてギルドの一室を訪れている。
ギルドの二階に当たるんだけど、一階の酒場と違って人は少なく、たまに職員らしき人とすれ違うくらいでほとんど誰とも会わなかった。
受付で案内された通りに廊下を進み、突き当りの部屋をノックする。
「どうぞ」
許しを得たので扉を開けて中に入る。
そこそこ広い部屋だった。壁際には棚が並べられ、書類の束がいくつか詰み上がっている。奥には机が置かれ、その先に私を呼び出した本人がいた。
汗が吹き出しそうな暑苦しい外見なのに、机に山になっている書類に目を通している姿が似合わなくて少し可笑しい。
レオンさんは入ってきたのが私だと気づくと書類を置いて私の方へ眼を向けてきた。
「いらっしゃい、ハク君。呼び出してしまって済まないね」
「いえ、大丈夫です」
ギルドマスターからの呼び出し、って考えるとちょっと身構えちゃうけど、話す内容は何となく想像がつく。報酬まだ貰ってないし。
そういえば、オーガの死体ってどうなったんだろう。結構大物らしいから売れば高く売れそうなのに、ちょっと惜しいことをした気がする。
「まずは快復おめでとう。もう痛みはないかい?」
「はい、お陰様で」
私が寝かされていたのはギルドの医務室だったらしい。
依頼で怪我をした人が担ぎ込まれる場所で、定期的に常駐の医師が容態を見てくれる。
私の怪我は結構酷いものだったらしいけど、治癒魔法による応急処置が早かったこともあってかそこまで世話になることはなかった。
本来は退院の際にお金を払うらしいんだけど、今回はギルドの調査不足による事故ということで免除になった。地味にありがたい。
「さっそくだが、例の件の報酬の話に入ろう。これが今回の君の報酬だ」
そう言って大きな革袋を渡してくる。受け取ってみたら、結構ずっしりとしていて重い。
あれ、そんなに報酬は高くなかったはずなんだけど……。
確か、討伐依頼の報酬が小金貨2枚と銀貨6枚だったはず。なんだけど、中身を見てみると結構な量の金貨が入っているように見える。どういうこと?
「あの、多すぎるように見えるんですが……」
「通常の報酬の他に君が狩ったオーガの素材を換金したお金も入っている。噂通り、綺麗に首を狩るんだね君は」
オーガはランクで言うとCランク相当の魔物で、いつも狩ってる魔物よりも希少価値が高く、高く売れるのだそうだ。
一体につき金貨10枚。金貨とか初めて見たわ……。
それにしても噂って何? 確かにいつも首切り落としてたけどさ。その方が素材が痛まないし、高く売れるからね。
「あ、ありがとうございます」
「ああ。そしてもう一つ、ギルド証を貸してくれるか?」
ギルド証? なにするんだろう。
言われるがままに差し出すと、机の引き出しから水晶のようなものを取り出してギルド証に翳し始めた。
あの水晶、どこかで見たような? 確か、シャーリーさんも似たようなものを使っていた気がする。
謎の作業は数分で終わり、ギルド証が返却された。その色は銅色から金色に変わっており、記されているランクも変わっていた。
「今回オーガを単騎で二体討伐したという功績を認め、Cランクにランクアップすることが決まった。これで君も一人前の冒険者を名乗ることが出来るだろう」
「い、いきなりCランクですか」
私さっきまでEランクだったんですけど? しかも、討伐依頼を受ける直前で上がったばっかりの。それなのにいきなりCランクとは……。
それだけオーガが脅威だったということなのだろうけど、なんか納得いかないような。まあ、ランクが上がれば換金額が上がるからいいんだけどさ。
「Cランクへのランクアップに伴い、今後常時依頼はなるべく受けないようにしてほしい。新人の仕事を奪うことになってしまうのでね」
えっ、それは地味に困るような……。
いや、まあ、ランクアップしたんだから当然と言えば当然だけど、どうしたものか。
別に他の依頼を受けるのは構わない。だけど問題なのは私が文字を読めないということだ。
シャーリーさんに頼めば適当な依頼を出してくれそうではあるけど、流石にそれでずっとやるわけにはいかないしなぁ。
そろそろ本格的に文字を勉強した方がいいのかもしれない。
「君には期待している。ランクに恥じない活動をしてくれると確信しているよ」
言いたいことは言い終えたのか、レオンさんは再び書類作業に戻っていった。
なんだかだいぶ期待されてるなぁ。私は生活のために必要なお金さえ稼げれば別に昇格とかは望んでいないんだけど、期待されると応えたくなる。誰かに必要とされるのって凄くありがたいことだからさ。
送り出してくれたレオンさんに一礼して部屋を出る。
とりあえず、適当な依頼でも受けようかな。
いつもなら薬草採取の依頼のついでにポーション作りしてたけど、それができなくなるんだよね。
まあ、結局討伐依頼ではポーション一回も使わなかったからまだストックはある。どちらかというとやりたいのは研究の方だなぁ。
研究と言えば、常時発動魔法が有効な魔法の検証とかもしたい。意外とやりたいこと多いな。
でも、今回は一応病み上がりだし、軽く依頼をやって後は宿屋で魔法の研究って形でいいかな。外は割と危ないし。
「お、チビっ子! 復帰したのか!」
ひとまずシャーリーさんに相談しようと一階まで降りてくると、酒場の方から声がかかった。
視線を向けると、数人の男達と酒を飲み交わしているロランドさんの姿があった。
「元気そうだな。怪我はもういいのか?」
「はい、お陰様で」
酒が入って気分が高揚しているのかだいぶ上機嫌な様子だ。
ちらりと他の男達に目を向けてみると、私とロランドさんを交互に見て驚いたような表情を浮かべていた。
「ロランドさん、もしかしてこの子が例の?」
「おうよ。オーガ相手に泣きも逃げもせずに立ち向かったチビだ」
「こんな小さな子がオーガを……」
「俄かには信じられませんね」
私の話でもしてたのだろうか? 内容的に討伐依頼の時の話っぽいけど。
まあ、私みたいなお子様がオーガを倒しましたと言っても普通は信じないよね。そう考えると、ギルドマスターのレオンさんはよく信じたものだと思う。
疑惑の声を上げる男達を尻目にロランドさんは私の肩をバシバシと叩く。
ちょ、地味に痛いんですけど……。
「俺は見所がある奴は好きだぜ。なんなら俺とパーティでも組むか? ガハハ!」
「いや、それは……」
「ちょっと、ハクちゃんに何してるのよ酔っ払い!」
こちらのことなどお構いなしに肩を抱いて引き寄せてくるロランドさんをどうしようかと悩んでいると、入り口の方から鋭い声が響いた。
吊り気味の目に炎のように赤い髪。すらりとした体躯に細い剣を携え、凛とした声を張っているのはオーガを倒した実力者。リリーさんだ。背後にはソニアさんの姿も見える。
視線が集まる中、すたすたとこちらに近寄ってくると、ロランドさんの手から私を救い出した。
「ハクちゃんはまだ病み上がりなんだから、乱暴なことしないで!」
「んだよ、つれねぇな。ちょっと話してただけじゃねぇか」
ふてくされたように酒を呷り、ジト目で睨む。その姿はまるで子供のようで、あの時の豪快な姿とはかけ離れていた。
こんな表情もするんだと少し感心していると、リリーさんが私の身体をポンポンと触って無事を確認してくる。
まあ、別に襲われていたわけでもないし特に怪我をしているわけではないんだけど。
痛いところはない? と執拗に確認してくるから大丈夫という意味を込めて笑顔を浮かべておいた。
なんだか表情筋がうまく動かなくて引きつったような笑みになってしまった気がするけど、まあ、言いたいことは伝わっただろう。
そういえば、この体になってからあまり笑ったことがないような気がする。思い返してみると、初めての魔物討伐の時もそこまで動揺した記憶はないし、オーガ討伐の時でさえそんなに表情は変わらなかった気がする。
元々そういう質なのかな? 特に困ることはないから別にいいけど。あまり動揺が顔に出ないっていいかもしれない。
「あんたはいつも加減が足りないのよ。その馬鹿力でもし怪我したらどうするの?」
「うっせぇな。それくらいで怪我する奴は冒険者なんぞやってねぇよ」
「人にはいろいろ事情ってものがあるのよ。こんなに小さいのに、少しは気を使いなさい!」
「へぇへぇわかったわかった。もうしねぇよ」
酒を片手に席を立つと、もう片方の手で私の頭をわしわしと撫でてくる。
冒険者らしいごつごつとした硬い手だったけど、撫でられるのが少し嬉しくて思わず目を細めてしまった。
「んじゃあな。またパーティ組むことがあったらよろしくな」
「はい、ぜひ」
リリーさんが即座に手を払ってしまったせいであまり堪能できなかったのが残念。
後ろ手に手を振りながら去っていく後姿を見て、お礼を込めて頭を下げた。
そろそろ第一章が終わりそう。
2020/10/25 一部内容を修正しました。