第二百三十一話:竜人の噂
「ありがとうございます。いやはや、思いがけず良い話を聞かせていただきました」
流石に竜のことについては伏せたけど、話せる範囲で私の冒険譚を語って聞かせればとても満足してくれたようで、若干興奮気味にお礼を言ってきた。
自分でも振り返ってみて思ったけど、去年の一年はだいぶ波乱万丈な出来事が起こっていた気がする。
辺境の村で日々畑作業に精を出していた頃とは大違いだ。私が求めるのはお姉ちゃんやお兄ちゃん、そして友達と一緒に平和に暮らすことだけど、そんな刺激的な日々もまたいい思い出だと思えるのだから私も変わったのかもしれない。
流石に何度も王都の危機やら友達の危機やらが起こっては困るけど、それ以外のことだったらこれからも体験してみたいね。
「これはお礼です。お受け取りください」
そう言って手渡してきたのはそこそこの重みがある革袋。どうやら中身は銀貨のようだ。ざっと見た限り、20枚くらい?
ただ話を語って聞かせただけにしては多いような気もするけど、吟遊詩人のそういうネタの収集にかかる相場がわからないからツッコミを入れるのも憚られる。
少し迷ったが、お姉ちゃんが何事もなく「ありがとう」とお礼を返していたのでいいんだろうと思い、そっとポーチの中にしまった。
「それと、何か聞きたい話があれば語らせていただきますよ。もちろん、おひねりはいりません」
エミールさん的にはそれでも足りなかったのか、好きな話を語って聞かせると言ってくれた。
吟遊詩人は詩を作るために各地を回っている関係上、いろんな話を知っている。もちろん、噂話レベルのものもあれば誰もが認めるものもあるとその話の信用度はその時によって変わるけど、逆に言えばそういう噂話があるという情報を得ることが出来る。
だから、これから行く先にどんな噂話があるのかを知るにはちょうどいい機会だった。
とはいえ、流石に竜の谷についてはよく知らないだろう。噂で語られることはあるかもしれないが、実際に行ったことがある人はいないだろうからあくまでそれは推測に過ぎない。特に、竜なんて言う教科書にすら世界の脅威だと書かれるような存在をよく言う人などそうそういないだろうし、何より竜の谷について聞きたいのならばエルがいるのだから必要がない。
つまり、ここで聞くべきは竜の谷についてではなく、その道中についてということになるだろう。
「じゃあ、ヘクスフォード周辺で何か面白そうな話はないかな?」
お姉ちゃんも同じことを思ったのか、エミールさんにそう尋ねた。
ヘクスフォードは竜の谷から一番近いとされている辺境の町で、今のルートだと途中で通ることになる場所だ。
「ヘクスフォードとなると、竜の谷に最も近い町ですか。それでしたら、こんな話がありますよ」
ヘクスフォードは隣の大陸で、ここからだと途中で船旅を挟み二か月以上かかる道のりなのだが、それでも何か知っているらしい。
お姉ちゃんもダメ元で聞いたのか知っているとは思っておらず、驚きに目を見開いていた。
「僕も噂で聞いただけなのですが、流石は竜の谷に近いとされる町。竜に関する噂には事欠かないようですよ」
それは今から半年近く前の話。竜の谷より一匹の竜が飛来したのだそうだ。
ヘクスフォードでは竜の姿を見ることは何かの前触れとされていて、それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。今回も何か起こるのではないかと不安に身を震わせていたそうだ。
そして、竜の飛来から一か月ほど経った頃、その前触れの正体が現れたらしい。その正体とは、一人の竜人だった。
竜人は竜と人の子とされ、今でこそその風潮は収まってきているが昔は竜の眷族だとされて迫害されていた種族だ。それが関係するかどうかはわからないが、その竜人は酷く傷つき、自慢の翼も折れて飛べない状態だったらしい。
ヘクスフォードでは竜に対してそこまでの悪感情は抱いていない。というのも、竜の塒に一番近い場所でありながら、竜に襲撃されたことはほとんどないからだ。
そのせいもあって、傷ついた竜人に悪感情を抱く人はおらず、町で手厚く治療され、無事に回復したらしい。
竜人は大層町の人々に感謝し、何かお礼がしたいと言った。町の住人達はお礼なんていいと言ったが、竜人は頑なに譲らず、何もすることがないなら自分の鱗を剥いでよこすと言ってきた。
竜の鱗はかなりの貴重品で、たとえ鱗一枚でも防具の弱い点に組み込めばかなり性能が上がる。竜人の鱗となるとその性能は幾分か落ちるが、それでも優秀な素材であることに変わりはなかった。
回復したとは言っても折れた翼は未だ折れたままであり、飛べそうにない。そんな竜人からさらに鱗を剥ぎ取るなどできるはずもなく、町の人達は渋々ながら山より現れる魔物の討伐を依頼した。
討伐も危険なことではあるが、竜人の身体能力は獣人以上とされている。また、魔力も豊富で魔法の扱いにも長けており、戦闘能力はかなり高い種族だった。いくら手負いであるとはいえ、これくらいなら大丈夫だろう。そう思っての討伐依頼だった。
思った通り、竜人はものの数日で魔物を討伐し、その死体を町に持って帰ってきた。町の人々は竜人に感謝し、謝礼金を渡そうとしたが、竜人はそれを受け取らず、そのまま去っていったという。
「と、こんな話なのですが、いかがだったでしょうか?」
噂で聞いただけという割には意外としっかりした内容でびっくりしたが、まあ確かに面白い話ではあった。
竜人というのを見たことがないが、意外に義理堅い性格をしているのも好感が持てた。戦闘能力の高い竜人がボロボロになるほどの怪我を負わせられていたというのが少し気になるけど、完全ではないとはいえ回復したことは素直に嬉しく思う。
それにしても半年くらい前か。ちょうど、エルが来た頃じゃないかな?
ちらりとエルを見てみると、なんだかしみじみと頷いていた。
なんだかよくわからないけど、飛来した竜がエルである可能性は高そうだ。
「面白かったよ。ありがとう」
「いえいえ、このくらいでよければいつでも」
なんやかんや話しているうちに朝食も食べ終わり、エミールさんに別れを告げる。
わざわざヘクスフォードの話を聞いたことから旅の目的地なのかと疑っていたようだったけど、特に追及してくることはなかった。
宿をチェックアウトし、村を出る。特に準備するものもないので比較的スムーズに出ることが出来た。
「さっきの話、竜人はあの後どこにいったのかな?」
竜人はそのままヘクスフォードを去っていったという。竜人の強みである飛行能力が失われている状態で旅をするのは少し大変なのではないかと思うが、どうなんだろうか。
戦闘能力が高い竜人がボロボロになるってことは、よほど強い敵に会ったか、あるいは迫害にあったかということだと思うし、少し心配ではある。
「もしまだ旅をしているのなら、会ってみたいね」
単純な好奇心もあるし、それほど義理堅い優しい竜人ならば一目見てみたいという気持ちもある。
竜が謂われのない悪評を受けている関係でとばっちり気味に迫害を受けている竜人にとってこの世界は生きづらい世界だろうが、どうにか幸せになって欲しいと思った。
感想、誤字報告ありがとうございます。