第二百三十話:通りすがりの吟遊詩人
翌日。お姉ちゃんと一緒に寝たこともあって久しぶりに抱き枕にされたけど、安心できる柔らかさに私も心安らぎ、目覚めは非常に快適だった。
なんだかんだ言って、この三人の中だったらお姉ちゃんがダントツで寝心地がいいだろう。サリアは寝相が悪くてしょっちゅう二段ベッドから落ちそうになっているし、エルは一応竜状態だった頃に寝たこともあるけど寝心地に関してはあまりよく覚えていないし、身内であり、私のことを包み込んでくれるお姉ちゃんはやはり格別だ。
別に胸の大きさで決めているわけではないよ? ただ、その包容力に甘えたいというだけだ。
まあ、前世の事を考えるなら女性と一緒に寝るのはダメな気がするけど……身内だしいいよね?
なんならベッドは二つあったのにわざわざ一つのベッドで一緒に寝たのはアウトな気がするということに気が付いたが、今さらかと現実逃避し、朝食を食べるために食堂へと移動する。
「おはよー、ハク」
「おはようございますハクお嬢様」
「うん、おはよう」
席に着くと同時に肩に軽い重みが伝わってくる。どうやらアリアも来たようだ。
以前は気配すら読めなかったアリアだけど、今はだいぶはっきりとそこにいると感じられる。
元々、妖精の成長した姿である精霊は竜と密接な関係にあり、たとえ姿を隠していたとしても竜はその存在を感じることが出来るらしい。
私も竜としての力が目覚めた関係でその能力も備わったのだろう。より身近にアリアを感じられると思うと少し嬉しかった。
「朝食を食べたらすぐに出発?」
「それでいいんじゃないかな。食料は持ってきてるんでしょ?」
「うん。【ストレージ】に入ってるよ」
私の【ストレージ】には不意の旅に備えて常にある程度の食料がストックされている。しかも、今回は道中で野宿する可能性は十分にあったため、いつもより多めに用意してある。
中にはすでに調理済みのものもいくつか入れてあるので、野宿になったとしても食には困らない。もちろん、寝床に関してもテントを用意しているし、旅の備えはばっちりだ。
「それじゃあ、食べたらそのまま村を出て、ある程度行ったら空路に切り替えだね」
村の特産品でもあればお土産に買っていくのもありだが、両親に対するお土産はすでに用意してあるし、わざわざ買い足す必要もないと思う。
ちなみに、両親へのお土産に選んだのは葡萄酒と調味料各種。
エルにお土産は何がいいか聞いたところ、私の父は大層お酒が好きだそうで、世界各地からいろんな酒を集めては飲み比べをしているらしい。ただ、いくら人に化けられるとは言ってもかなりの辺境の地であるためか流通は少なく、酒ならばまず外れはないだろうとのこと。
調味料は私の母が料理をする変わった精霊らしく、調味料は割と使うらしい。
精霊は魔力生命体であり、食事の必要はないらしいのだが、どうやら料理を始めたのは私が原因らしい。
というのも、私の身体は精霊のものであるが、竜の力を分け与えられた影響か食事もすることが出来るようだった。しかし、竜は基本的に獲物をそのまま食べるか、調理したとしても焼く程度なので見た目が悪く、私が食べたがらなかったらしい。
そのため、最初は母が魔力を供給することによって凌いでいたのだが、私のために料理を学び、作ってくれるようになった。その結果、無事に私は食事をとるようになり、今でも違和感なく食事を楽しめるようになった、ということだそうだ。
なんというか、無駄に元人間だったものだからその辺りの感覚が残っていたのはよかったのかそうでないのか。とにかく、私のために心を砕いてくれた母には感謝せねばなるまい。
今では何匹かのエンシェントドラゴンも母の作る料理を気に入っているらしく、今でも料理は続けているのだとか。だから、不足しやすい調味料は喜ばれるだろう。
他にも他の竜達に喜ばれそうな品をいくつか買い集めておいたので結構な買い物をした。
まあ、数年ぶりに訪れるのだし、お土産くらいは奮発しないとね。
「すいません、少しよろしいでしょうか?」
予定を話しながら朝食を食べていると、不意に声を掛けられた。
振り返ると、そこに立っていたのは柔らかな雰囲気を纏った青年だった。
「なんでしょう?」
「あ、僕は怪しい者ではありません。通りすがりの吟遊詩人のエミールと申します」
優雅な仕草でお辞儀をしたその青年はにこりと優しく微笑んだ。
吟遊詩人。話には聞いたことがあるけど実際に見るのは初めてだ。
「そこの方はAランク冒険者のサフィ様ですよね? もしよければ、お話を聞かせていただけないでしょうか」
吟遊詩人は各地で英雄譚や冒険譚を聞き、それらを詩にして語り歩くことを生業にしている職業だ。
今回は有名冒険者であるお姉ちゃんを見かけて声をかけてきたのだろう。物腰は丁寧だが、その目は話に飢えているようにギラリとした輝きを秘めていた。
「えっと……」
お姉ちゃんがちらりとこちらを見てくる。
この後はすぐに村を出て竜の谷を目指すことになっているけど、別に急ぎというわけではない。
流石に夏休みが終わるまでには帰らなくてはならないけど、行き帰りで二十日かかってもまだ一か月弱は残る計算だ。今回は顔見せが目的だし、そこまで長居する予定もない。ここで少し話をするくらいはどうってことないはずだ。
私が皆を見ると全員頷いて返す。問題ないという合図だ。
確認をとってから私も頷き、お姉ちゃんに合図する。それを見て、お姉ちゃんもニコリと笑顔を作った。
「うん、大丈夫。何が聞きたいの?」
「おお、ありがとうございます。そうですね、今までの活躍を聞かせていただければ。もちろん、お礼はしますよ」
「活躍かぁ。なら、こんなのはどうかな?」
お姉ちゃんが語り始めると、エミールさんはノートを取り出し話を書き留めていく。
お姉ちゃんの冒険譚に関しては私も興味があった。凄い冒険者だということは知っているけど、なんだかんだ一緒に依頼を受けることはあまりなかったし、戦ったところも少し見た程度。だから、私はお姉ちゃんの本当の実力を実は把握できていない。
だから、お姉ちゃんの話は凄く新鮮だった。話を聞く度に、ああやっぱり凄い人なんだなと思えてくる。
お姉ちゃんの師匠との旅の話、アグニスさんと一騎打ちした話、Aランク冒険者になるための昇格依頼を受けた時の話。気づけばみんなお姉ちゃんの話に聞き入っていた。
「……なるほど。ありがとうございます。いい詩が作れそうです」
「役に立ったのなら何よりだよ」
途中、朝食の皿を片付けに来た宿屋のおばあちゃんも含めて小一時間ほどが過ぎた。
自分のことを語るのは少し恥ずかしかったのか、お姉ちゃんの顔は少し赤い。でも、満足げな顔でもあったから自慢したかったこともあったのかもしれない。
私もお姉ちゃんの知られざる過去を聞くことが出来て満足だ。これならお姉ちゃんのことを聞かれた時に自慢できるね。
「あ、そうだ。よかったらこの子の話も聞いて行かない?」
「えっ? えっと、そちらは?」
「この子はハク。私の妹だよ」
気分を良くしたのか、お姉ちゃんが席を立って私の肩に手を置いてくる。
いや、私の話はいいんじゃないかな……。特に何もして……いや結構してるか。
「ハクさん……というと、王都の英雄と呼ばれていた方ですか。なるほど、まさかこんな少女だとは思いませんでした」
「知ってるんですか?」
「ええ。各地の情報はいつも集めておりますから。ええ、もちろん、むしろぜひ聞かせて欲しいです」
私が今年の闘技大会で優勝したってことは知らないみたいだけど、それでも私の事を知っているのは凄い。
まあ、王都では結構有名だったし、王都を訪れたことがあるなら知っていても不思議ではないけど。
完全に聞きモードに入ったエミールさんを見て断るわけにもいかず、私は自分の冒険譚を話すことになった。
みんな私の話だというのに自慢げに頷いているのを見て少し恥ずかしくなりながらも、私は少し控えめに語るのだった。
感想ありがとうございます。