第二百二十九話:誰と一緒に寝る?
竜の飛ぶ速度に関しては色々と説がある。雲を破るほど素早いというものもあれば、早馬と同じくらいだというものもある。
実際にはそれらは一応正解で、種類によって異なるというのが正しい答えらしい。
風を操る竜は本気を出せば音速で飛ぶこともできるし、逆に土を司る竜は体が大きいこともあってあまり速度は出せない。
ただ、いずれにしても馬車よりは早く、よほどの怪我でもしてない限りはずっと早く移動できる。
エルの場合はかなり速い方で、伝令役が使う早馬よりもずっと速い。ただ、今は私達を乗せているということで若干スピードを落としているようだ。
「おお、早いなー!」
「あれは、マリーンの町だね。まだ数時間しか経ってないのにもうここまでこれるんだ」
序盤こそ慣れない竜の背に乗ったことから緊張で固まっていた二人だったが、しばらく経つと景色を楽しむ余裕も出てきて思い思いにはしゃいでいる。
エルの話だと十日もあれば竜の谷に着けるらしい。普通に馬車などで行った場合は二か月以上はかかる距離だから相当早いだろう。
〈なんなら夜でもずっと飛び続けられますよー〉
「いや、それは流石に休もう?」
竜の姿だと空腹感や疲労感というものをあまり感じないらしい。実際、エルは王都まで一睡もせずに来たそうだ。
まあ、その結果人型になった際に倒れてしまったわけだけど、それも一日程度のことだったから元々そういったものには強い種族なのかもしれない。
確かに飛び続けたら早く着けるだろうが、別に急ぎというわけでもないしそこまで時間を気にする必要はないだろう。それに、食事やら睡眠やらを竜の背で行うのは少々落ち着かない。ずっと起きてるわけにもいかないし、寝るなら宿か、せめて野宿したいところだ。
〈そうですか。ではもう少し早めに飛びますね〉
「だから急がなくていいってば。また倒れられても困るし」
エルはすでに前科がある。いくら疲れづらい身体とは言っても流石にそれは容認できない。
エルは不満そうだったが、私が何とか言い含めると渋々ながら了承してくれた。
色んな意味で強いのはわかってるけど、心配なのは心配だからね。
「なら今日はあの村に泊まったらいいんじゃない?」
飛ばされないように私の肩にしがみ付きながらアリアが小さな手で指さしている。いつものように隠密はしておらず、姿を見せた状態でだ。
サリアもお姉ちゃんも二人ともアリアのことについては見せているし、エルに至っては初めから気づいていたらしく、「ハクお嬢様は相変わらず妖精や精霊に好かれますね」とニコニコ笑っていた。
「それじゃあ、エル、降りてくれる?」
〈了解しました!〉
アリアが示した村まではまだ距離があるけど、そのだいぶ手前で降りていく。
流石に竜の姿のまま村の近くまで行ってしまったら大騒ぎになってしまうし、いらぬ警戒心を与えてしまわないようにという配慮だ。
まあ、こちらから見える距離だったのだから向こうからも見えているかもしれないけど、直接乗り込むよりはましだと思っておこう。
「さて、ここからは歩きだね」
着地するとエルは人型になり竜の翼をしまい込む。
歩くとなるとそこそこ遠いが、日暮れまでにはまだ時間がある。焦らずに歩き進めると、ほどなくして村が見えてきた。
「宿はあるかな?」
今まではなんやかんや大きな町ばかりに寄ってきたのでこういうこぢんまりとした村にやってくるのは初めてだ。
王都に比べると外壁もないし、建物の並びも乱雑な印象を受ける。それでも、村としては上等な部類だろう。探してみれば一軒だけだがちゃんと宿屋もあった。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞゆっくりしていってくだされ」
白髪のおばあさんに案内され、二人部屋を二つ借りることにする。
他には客は一人しか泊っていないらしく、村に人が訪れるのが嬉しいようで朗らかに笑っていた。
「では、私はハクお嬢様と同じ部屋に行きますのでお二人でもう一つの部屋をお使いください」
「む、ハクは僕と一緒に寝るんだぞ」
「いや、そこは姉である私が一緒の部屋じゃないかな」
当然のように言い出したエルに対してサリアとお姉ちゃんが噛みついた。
別に私は誰と一緒でも構わないのだけど、三人には何か譲れないものがあるらしい。すぐに終わると思われた論争は意外と長引き、果ては口喧嘩のようになってしまった。
「なら、ハクお嬢様に決めてもらいましょう」
「そうだな」
「それが一番だね」
流石にこんなくだらないことで喧嘩してほしくないので仲裁に入ろうとしたら、なぜかこちらに矛先が向いてきた。
それ、誰選んでも結局選ばれなかった人が文句言う奴じゃないですか……。
私としては本当に誰でもいい。サリアとはいつも一緒に寝てるし、エルとは生まれた時からの付き合いだし、お姉ちゃんはなんだかんだ安心するし。
公正を期すとしたらいつも寝ているサリアは除外で二人のどちらかかな? 離れていた期間で言えば多分エルの方が長いけど、お姉ちゃんとも何だかなんだ最近一緒に寝てないし。
というか、よく考えたらエルとは一緒の部屋なんだから一緒に寝てるも同然か。ならお姉ちゃんかなぁ……。
「……」
「……」
「……」
そう言えたらよかったのだが、三人からの無言の圧力が私の口を結ばせる。
いや、まあ、多分私が言えばその通りになるんだろうけど、納得はしなさそうだよなぁ……。
「別に誰でもいいじゃない」
「「「よくない!」」」
受付の時は姿を消していたアリアが禁断の言葉を口にする。
アリアは小さいこともあって誰が一緒の部屋になろうと私と一緒になることは決定している。だから、私と同じく誰が同じ部屋になろうが関係ない。
でも、それを言ってはダメだろう。なにせ三人にとっては結構重要なことらしいのだから。
「ハクお嬢様の契約妖精だからと少し調子に乗っていませんか?」
「アリアはずるいぞ。いつも一緒に寝てるのに」
「死んだと思ってた妹と少しでも一緒にいたいというのはおかしなことかな?」
私に向いていたヘイトが一気にアリアへと向いていく。
最初はきょとんとしていたアリアだけど、三人の異様な視線にさらされてようやく失言に気が付いたらしい。とっさに私の後ろに隠れるが、私は首を振ってアリアを前に押し出した。
「ハク!?」
私のまさかの裏切りにアリアが絶望したような表情を浮かべる。
うん、私も心苦しくはある。だけど、あえてヘイトを集めたのはアリアだし、発言の責任は取らなくてはならないだろう。
「ちょっとわからせてあげましょうか」
「そうだな、たまにはおきゅうをすえないとな」
「ハクと離れるのがいかに寂しいか教えてあげましょう」
「え、ちょ、は、ハク、助けて!」
がしりとエルに掴まれてじたばたともがくアリア。
いつものアリアだったらそもそも捕まらないだろうけど、三人の異様な圧力に動揺していたらしい。
エル相手では自慢の魔法も意味をなさない。アリアの逃げ場所はすでになかった。
「いやぁぁあああ!?」
アリアの断末魔が上がる。目を背けていたから何をされたのかは知らないけど、翌日になってぐったりした様子のアリアを見れば想像を絶することだったに違いない。
ちなみに、結局部屋割りはくじ引きで決めることになり、お姉ちゃんが私と一緒の部屋となった。そして、なぜかアリアは私と離され、別の部屋で寝ることになったという。
「もう二度とあんな軽率な真似はしないよ……」
満身創痍のアリアはげっそりとした顔でそんなことを呟いていた。
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