幕間:お詫びの贈り物
Bランク冒険者リリーの視点です。
いつもより少し長め。
Bランク冒険者は上級冒険者と呼ばれるエリートだ。
余りある大きな戦績を上げたとか多くの人を助けたとかそういう例外を除き、基本的にはギルドで特別な依頼を受けることでCランクから上がることが出来る。
私の場合は前者で、オーガという強力な魔物から町を守ったとして特例でBランクへと昇格した。
Bランクともなればギルドからの信頼も厚く、他の冒険者が太刀打ちできないような困難な依頼を任されることも多い。しかし、同時に報酬も上がるのでより安定した生活を約束される。
私もCランクとして数年過ごしてきた身。昇格は素直に嬉しかったが、これで今までの生活が変わったらどうしようと不安でもあった。特に、私はソロで活動しているわけではない。ソニアというパートナーがいる。
ソニアは私が昇格することになった依頼に参加していたものの、あまり戦闘に関わらなかったことから未だにCランクのままだ。
別にランクが変わってもパーティが組めないわけではないけれど、人の見る目は変わるだろう。これをきっかけに何かが変わってしまうのは少し怖かった。
そんな不安を抱えながら半年ほど。結果的には何も変わらなかった。
特に私やソニアを見る目が変わったわけでもないし、報酬もちょっと増えた程度で生活が一変するということもなかった。
まあ、一回だけソニアが大怪我するという危ない場面があったけど、それも治癒魔法のおかげで何とかなったし、確実に成長しているとは言える。
だからこそ、王都に来てもそれなりにやっていけると思った。しかし、無残に折られた自分の剣を見て、それは甘えた願望なのだと気づかされた。
「はぁ……」
年に一度開かれるという闘技大会。各地から強者が集い、自らの技術を用いてしのぎを削るこの国では割と有名な大会。
その予選で私は剣を折られた。それはもう呆気なく、何の前触れもなくだ。
闘技大会に参加したのは別に優勝賞金が欲しいからというわけではない。ただ単に今の自分の実力がどの程度なのか試してみたかっただけだし、予選落ちという結果に関しても別に思うところはない。
ただ、予選で当たったAランク冒険者。『流星』というパーティの一人、ルナさんに完膚なきまでにやられ、ちょっとへこんでいるだけだ。
剣は剣士にとって命の次に大切なものだ。私の場合はカラバの武器屋で買っただけのものだけど、それでも普通の剣と比べればそれなりの品だ。たとえ岩に剣を叩き付けたとしてもそうやすやすとは折れないだろう。
だから、剣が折れてしまったのは私の使い方が悪かったからだ。
剣が悪かったとは思わない。私とて、時間をかけて慎重に選んだものなのだから。
Bランクになり、それなりに強くなったんじゃないかと思っていたけどそんなことはなかった。
「リリー、そんなに落ち込まないでください。ちょっと、相手が悪かっただけですから」
「ソニア……そうは言うけど、あの剣結構高かったのよ? それが折れるなんて、私の実力不足としか……」
「そういう時だってありますよ。リリーは十分強いです」
「だといいけどね」
『流星』は私でも知っている。辺境の町ばかりを訪れ、ないも同然の報酬で依頼をこなす変わり者のパーティだ。しかし、その実力は高く、パーティ全員がAランクという破格っぷり。
実力的にも最初から勝てなかっただろうというとはわかっているけど、それでも最初は結構いい線いってたと思ったんだけどな。
「それより、新しい剣はどうするんですか?」
「うーん、今度はちゃんとしたオーダーメイドのものをと思っているけどね」
負けたのは剣の問題ではなかったとはいえ、やはりBランク冒険者を名乗るからには数打ち品の剣よりもちゃんとした自分だけの剣を持っていた方がいいだろう。
とはいえ、私達はまだ王都に来たばかり。知り合いの鍛冶屋もいないし、適当なところに行くのはちょっと憚られる。
「サフィさんあたりに紹介して貰えたら一番なんだろうけど……」
サフィさんは私達が王都に来ることになった理由でもあるハクちゃんのお姉さんだ。それと同時に『神速』の二つ名を持つAランク冒険者でもある。
サフィさんの持つ剣はミスリル製で、ゴーフェンというドワーフが住む国で作ってもらった特別製らしい。一度見せてもらったが、確かにもの凄く切れ味がよさそうで私の持つ剣とは違うなと思ったものだ。
サフィさんならば腕のいい鍛冶師の一人や二人知っていることだろう。しかし、サフィさんに頼むのは少し気が引ける。
なにせAランク冒険者だ。話せるだけでも光栄な相手なのに、あまつさえ鍛冶師を紹介してほしいと頼むのもなんだか図々しい気がしないでもない。
「あ、ここにいましたか。探しましたよ」
「え、ハクちゃん?」
当てもなく町をぶらついていると不意に声を掛けられた。
振り返ると、そこにいたのは銀髪の幼い少女。私達が王都に来るきっかけとなったハクちゃんだった。
「どうしたの? 探してたって言ったけど」
「はい。実はリリーさんの剣のことで相談がありまして……もう新しい剣は買われましたか?」
何を考えているかわからない無表情を張り付けて丁寧な言葉遣いで接してくる少女だが侮ってはいけない。
私が昇格するきっかけとなったオーガを倒した依頼では私よりも二匹多い三匹のオーガを屠って見せたし、それ以降にもまるで英雄かと言われるようなことをさんざんやってきたらしい。つい最近でも闘技大会で優勝して見せるなどその実力は私の遥か上を行く。
最初は私が守らなくちゃと思ってたのに、どうしてこうなったのか。まあ、実際にはハクちゃんは人間ではなく竜であり、だから強いんだっていう理由があるからあまり悔しいとは思わないけど。
「まだ手に入れてないけど、それがどうかした?」
「そうでしたか。いえ、よければ替えを作ってあげたいと思いまして」
相変わらず何を考えているかよくわからない表情ではあるけど、善意からの申し出ということはわかる。
とはいえ、剣の替えを作るか。鍛冶師を紹介するとかではなく、武器屋に案内するというわけでもなく、作る。
私の記憶ではハクちゃんは確かに類稀なる力を持っているけど、武器を作るなんて能力はなかったはずだが、新たにそういう能力を身に着けたのだろうか?
「それは嬉しいけど、作る?」
「腕利きの職人に話を付けたので。もちろん、もう購入が決まっているというのならそれでも全然構いませんけど」
ハクちゃんはどうやら私の試合を見てくれていたらしい。まあ、あの試合以降もルナさんは相手の武器を折りまくっていたようだからそれで察したのかもしれないけど、だからと言ってわざわざ職人に話を付けてくれるとは思わなかった。
ハクちゃんがこの王都でいろんな人と知り合いなのは知っている。冒険者達にも人気だし、噂では王様とも交流があると聞く。なら、職人の一人や二人知り合いがいても何ら不思議はない。
けど、私が剣を折ったのは自己責任だし、ハクちゃんが気に病む必要なんて何もないのに。
ソニアを身を挺して守ってくれた時のことと言い、この少女は本当に優しい。
「ううん、そういうことなら喜んで! ありがとうね、ハクちゃん」
「いえ、私のせいでもありますしね」
思わず頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。ハクちゃんが表情を緩める珍しい瞬間だ。
私のせい、という言葉に少し疑問を持ったが、その可愛さにその疑問はすぐにどこかに消え去ってしまっていた。
「それで、その職人というのは?」
「あ、はい。この方です」
そう言ってハクちゃんが少し横にずれる。すると、その後ろから一人の少女が現れた。
どうやら一緒に付いてきていたらしい。ハクちゃんに気を取られて気づかなかった。
「は、初めましてなのです! 私はシンシアというのです!」
美しい金髪の上に生える狐耳。少しごつめのジャケットを着こみ、腰元には見慣れない武器を付けている。
見覚えはなかったが、獣人という特徴とその名前には聞き覚えがあった。
「シンシアって……もしかして『流星』の!?」
「は、はいなのです! 『流星』のメンバーなのですよ」
「まさかこんなところで会えるなんて……」
確かに王都に来ていることは知っていたけど、まさかここで会えるとは思わなかった。
宿に行っても基本的には追い返されるらしいし、こうして街中で出会えるのはかなり稀だ。
ハクちゃんと一緒にいるってことは知り合いなんだよね? サフィさんといいアグニスさんといい、ハクちゃんはどれだけのAランク冒険者と知り合いなのか。
「剣を作るって……まさか」
「はい、シンシアさんが作ってくれるそうです」
「ほ、ほんと!?」
シンシアさんは冒険者の中では珍しく、魔道具職人という肩書を持っている。剣を作れるとは聞いたことがないけど、そう言うってことは作れるのだろう。
有名人に武器を作ってもらえる。それだけでも名誉なことだが、果たして本職が冒険者の方がどれほどの武器を作り出せるのか非常に興味が沸いた。
「ルナさんが折ってしまったのが原因ですし、私でよければお作りするのです」
「ぜ、ぜひ! ぜひお願いします!」
本職とは違う人が武器を作るからにはその性能も職人が作ったものに比べたら落ちるのではないか。そんな不安は一切なかった。
ハクちゃんがお詫びとして提案してきたことであるし、シンシアさんも同じく申し訳なさから申し出ているのだから損はしないだろう。
「何か要望はありますか? 長さとか切れ味とか、出来るだけ再現するのです」
「えっと、それじゃあ……」
せっかくなのだからと私は色々と注文を付けていく。
もちろん、これはただの願望だ。全部できるとは思っていない。ただ、こうしてどんなものが欲しいか明確にしておけばなるべく寄せてくれるだろうという期待からだ。
とはいえ、私もそこまで多くの剣を触ってきたわけではないので、細剣であることや折れにくさ重視であること、後はできれば切れ味もそこそこ欲しいということくらいだ。
シンシアさんはそれをメモすると、問題ないと頷いて見せた。
「それでは、出来上がったらお届けするのです。楽しみにしておいてくださいなのです」
「は、はい! ありがとうございます」
「ではまた」
そう言って去っていく。
我ながらちょっと我儘を言い過ぎたかなとは思ったけど、それで大丈夫というからには出来上がりにも少し期待が持てる。
ハクちゃんとシンシアさんに出会えた。これだけでも今日ここにいた甲斐はあっただろう。
「なんだか、解決したみたいですね」
「うん。まさか向こうからやってきてくれるなんて思わなかった」
普通、知り合いの剣が折れたからと言って職人に話を付けてくれる人なんていないだろう。
よほど仲が良く、且つこちらからお願いしたのであればお願いを聞いてくれるかもしれないが、私とハクちゃんの接点はカラバの町で一緒に依頼をした程度。それほど仲が深いわけではない。
それでも、こうして心配して話を持ち掛けてくれた。それが嬉しくて、私は表情が緩むくらい浮かれていた。
「いい剣が出来上がるといいですね」
「シンシアさんが作るんだもの、きっと大丈夫よ」
有名人だから、というのもあるけど、何よりハクちゃんが紹介してくれたのだ。そこらの鍛冶師よりもいいものが出来上がるに決まっている。
私はそう確信しつつ、出来上がりの日を待った。
そうして待つこと数日。持ってこられた剣はそれはそれはもの凄い一品だった。
私が要望したことはすべてクリアされ、それに加えて握りやすさや剣の重さ、振った時の感覚などすべてが私のために調整されたかのようにもの凄く手に馴染んだ。
しかも、聞けばこれはミスリル製なのだという。細剣とは言え、これだけの剣を売るとなれば金貨数百枚はくだらないだろう。しかし、ハクちゃんもシンシアさんもお代はいらないと言った。
これはあくまでお詫びであり、お代を受け取ってしまったら意味がないと。
あまりに凄いものを見せられて、しかもそれをタダでくれるという言葉には流石に恐縮したが、結局押し切られて押し付けられてしまった。
ハクちゃん達が去った後、手にした剣の重みを再び感じ取る。これは紛れもなく現実だと知り、なんだか乾いた笑いが零れた。
「一生大切にしよう……」
これだけの業物だ、恐らくこれ以上の物を作ろうとしても無理だろう。仮にできたとしても、一体いくらかかることやら。
私はこの剣を作ってくれたシンシアさんに、そして紹介してくれたハクちゃんに心からの賛辞を述べ、もし力になれることがあれば真っ先に馳せ参じようと決めたのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。