幕間:病弱な王妃様
オルフェス王国王妃ソプラの視点です。
「ソプラ様、アルト様がお見えになりました」
侍女の呼ぶ声に薄っすらと目を開ける。今は何時だろうかとふと窓の外に目を向けてみれば、夕焼け色の空が目に入った。
ああ、そうか。もう学園が終わったのね。
私は我が子が訪ねてきた理由に当たりを付けてそっとベッドから身を起こす。
「大丈夫、入ってもらっていいわよ」
「かしこまりました」
下がっていく侍女を見送り、自分の胸に手を当ててみる。
……うん、今日は調子がいいみたい。熱もないようだと安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。
私の名はソプラ・フォン・オルフェス。王であるバスティオンの妻であり、いわゆる王妃だ。
ただ、生まれた時から身体が弱く、王宮に入った後もこうして後宮でベッドの上で過ごす日々。政務も何もかも夫に任せっきりで申し訳ないけど、こればっかりは体が言うことを聞かなくてどうしようもない。
王との婚約が決まった時は王妃にふさわしくない、もっと慎重になるべきだと散々バッシングを受けたが、夫はそれらをすべて跳ねのけ無理矢理私と結婚した。
体が弱い我が身。王としては跡継ぎを作らなければならないだろうし、病弱な王妃というのは国にとって弱点ともなり得る汚点。だから、王としては間違っていたのだろう。
でも、夫はそんな私を見捨てなかった。大事に大事に匿ってくれて、毎夜愛を囁いてくれた。
おかげでだいぶ難産ではあったものの息子を生むこともでき、最低限、私の役目は果たせたと思う。
ただ、出来ることならやはり外を見てみたい。子供の頃から家に押し込められて育ったこともあって、私は外の世界というものを知らなかった。
夫はそんな私を連れ出してくれた救世主ではあるけれど、私を守るという以上、やはり容易に外に出ることは叶わないし、そもそも体が動かなくては意味がない。
だから、いくら望んでも、私はこうしてベッドの上で一日を過ごすしかないのだ。
「母上、今日も来てしまいました」
「お帰りなさい、アルト。学園は楽しかった?」
そんな私の数少ない楽しみの一つが息子であるアルトとの会話。
アルトは病弱な私が唯一産むことが出来たかけがえのない息子だ。ベッドの上を動けない私のことを思ってか、定期的に私の下を訪れてはいろんな話を聞かせてくれる。
それは学園での事だったり町のことだったり、他の人にとってはたわいもない話ばかりだったが、私にはとても有意義な話に聞こえた。
そんなアルトだが、最近はとある女の子にご執心らしい。嬉しそうに話すアルトの顔を見ているとこちらまで笑顔になってくる。
話に聞く限り、どうやらその子とアルトは同い年らしい。アルト曰く、月の女神と見まがうほどに美しい銀髪にエメラルドグリーンの優しげな瞳が美しい少女。魔法の扱いに長けており、王都に迫った魔物の軍勢を魔法で薙ぎ払っただとかAランクの魔物であるギガントゴーレムを一瞬のうちに倒してしまっただとか、どうにも話を盛りすぎている感は否めないがそれだけその子のことが好きだということなのだろう。
実際、初対面の時に告白したらしいのだが、その時は静かに振られてしまったそうだ。だが、今でもまだ諦めていないらしく、時折プロポーズを繰り返しているらしい。
そのハクという少女がどんな人物なのかは私にはわからないけれど、アルトがここまで必死になっているなら叶えてあげたいと思う。
本当なら、しかるべき家からしかるべき令嬢が選ばれ、婚約するのが普通なのでしょうけど、やはり出来ることなら好きな人と結ばれた方がいい。私の時もそうだったしね。
「母上、私は悩んでいるのです。このままハクにアタックを続けるか、それとも諦めるべきなのか……」
ハクという少女の活躍は目覚ましく、つい最近では闘技大会で優勝したほどだという。もちろん、アルトだって12歳という年齢の割には魔法の才に秀でているし、剣の腕だって騎士団に引けを取らないほどだ。
しかし、アルトから見てその子は雲の上の存在らしく、とてもではないが守ってあげる、とは言えないようだ。実際、ギガントゴーレムの際には大怪我を負わせてしまった上に守るつもりが逆に助けてもらってしまったのだという。
そのことに引け目を感じているようで、最近ではあまりお茶に誘うこともなくなったのだそうだ。
「その子は、学園の生徒なのよね?」
「はい。今は二年生でBクラスに所属しています」
アルトの話ではその子は冒険者で、決まった家も持っておらず今は学園の寮で暮らしているのだという。
冒険者上がりでBクラスまで上り詰めたとなればかなりの逸材だ。そして、Aクラスに所属しているアルトが敵わないと思うということは、潜在的な力はそれ以上なのだろう。時たま類稀なる力を持って生まれる特異な人間がいると聞くが、彼女もその類なのだろうか?
王妃としてアルトにふさわしい相手を、と思うなら家も持たない流浪の冒険者を宛がうよりはちゃんとした貴族の令嬢から選ぶべきなのだろう。だが、私の気持ちとしてはアルトの恋を応援してあげたい気持ちでいっぱいだ。
それに何より、その年でそんな活躍を見せている少女には凄く興味がある。
「なら、一度会わせてもらえないかしら」
「ハクに、ですか?」
「ええ。興味があるもの。あなたがそこまで夢中になる子がどんな子なのか」
聞けば、夫とはよく話をしているらしい。例の王都を襲った魔物の軍勢を薙ぎ払った際には宮廷魔術師の地位を与えようとしたが、断ったのだという。
現在は学園に所属してはいるが、卒業してしまえばそれは個人の自由。王としてはそんな優秀な人材を他国に逃がしてしまうのはとても惜しいだろう。だからこその宮廷魔術師だったのだろうが、それを蹴ったということはその子はこの国に所属する気はないのかしら?
まあ、そう言った政治的な話は今はいい。私はただ、アルトのアタックを断り続けているという奇抜な女の子に会いたいだけだ。
「私の目から見て、その子があなたにふさわしいかどうか見極めてあげる」
「は、はぁ……わかりました。ハクに伝えてみます」
アルトは不安そうだったが、最終的には私の言葉に頷いてくれた。
ふふ、大丈夫、悪いようにはしないわ。
私はいつ会えるのかと楽しみにその日を待った。
後日、アルトに連れられてやってきたのは想像以上に可愛らしい女の子だった。
いきなり連れてこられて不安なのか、その表情は固まってしまっているけれど、なるほど確かにアルトが好きになる理由がわかる。
「こんにちは。こんな格好でごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ制服姿で申し訳ありません」
学園からそのまま連れてきたのか、その子は制服姿だった。
アルトと同い年というのが信じられないくらい幼い容姿で、とてもじゃないが一騎当千の活躍をしている冒険者だとは思えなかった。
「私はソプラ。アルトや夫のバスティオンからもよく聞いているわ、いつもアルトがお世話になっています」
「ハクと申します。陛下に目をかけていただき恐縮です。王妃様におきましても、私のような者に興味を持っていただき大変嬉しく思います」
貴族も顔負けの丁寧な挨拶。冒険者と思っていたけれど、その所作から感じられる気品はとても粗暴な冒険者とは思えなかった。
私はたわいない世間話をしながら目の前の少女を見定める。しかし、見れば見るほど落ち度はなく、強いて言うならば表情が全く変わらないのが気になったくらい。
見定める必要なんてなかったかもしれないわね。
私はアルトの目に狂いはなかったと安心すると同時に、この子が嫁いでくれたらいいなと思いを巡らせた。
「ハクさん」
「はい、なんでしょうか」
「これからもアルトをよろしくね」
「? はい、承知しました」
その言葉の意味を捉えられた様子はない。私はくすりと笑い、そっと彼女の頭を撫でた。
「アルト、逃がしちゃだめよ?」
「は、はい!」
この子はこれからのオルフェス王国に必要な人材だ。そのことをアルトに言い含めつつ、私は彼女の顔を見る。
変わらぬ表情の中にわずかな疑問を浮かべ、首を傾げる姿は自分にどれだけの価値があるかなど全く理解していないようだった。
「後でバスにも話しておきましょう」
私の言葉にやる気を見せるアルトと何やらわかっていない様子のハクさん。私は二人を見ながら静かに笑みを浮かべ続けていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。