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幕間:魔法の講義

 宮廷魔術師ルシエルの視点です。

 宮廷魔術師とは、魔法の才を認められ、魔術師として城の登用された魔法騎士団の中でも選りすぐりのエリートが、数十年という長い歳月をかけて到達することのできる、いわば魔術師にとっての頂点とも呼べる肩書だ。

 世に名を残している高名な魔術師達は一部の例外を除いてほとんどが宮廷魔術師を経験しており、宮廷魔術師になれるということは歴史に名を刻む可能性があるということを示している。

 若い頃は偉大な魔術師になるためにとがむしゃらに研究をしていた。もちろん、老齢となり、ライバルとなる宮廷魔術師がこの世を去った今でも研究は続けている。ただ、この年になっても未だに新たな発見があることが楽しくてしょうがなかった。


「よく来たなハク殿。さあ、今日も存分に語り合いましょうぞ」


「は、はぁ、お手柔らかにお願いしますね」


 そんな発見をもたらしてくれたのは今目の前にいる一人の少女。

 本人の言葉を信じるなら今年で12歳。まだ成人も済ませていない子供だ。

 本来であれば、魔法は成人するまでなかなかうまく使えないものだ。魔力の量は生まれた時におおよその総量が決まるが、その魔力を自分のものとし、自在に操れるようになるには時間がかかる。

 子供のうちは魔力が体になじまず、魔力が多くてもそのほとんどを十全に生かし切れないことが多い。簡単な初級魔法程度であれば練習すれば使いこなせるだろうが、中級以上になると途端に難しくなってしまう。

 しかし、彼女は違う。

 子供でありながら上級魔法を使いこなし、有り余る魔力で並み居る強豪達や魔物達を叩き伏せてきた強者だ。

 最初こそ、子供の身でそれだけの魔法を使えるのはおかしい、魔族返りなんじゃないかと疑ったものだが、最近になってその理由ははっきりとした。

 これは王宮でも一部の者にしか知らされていないのだが、彼女は竜の子供であるらしい。

 竜は最強種と名高い凶悪な種族で、その圧倒的な力もさることながら、魔法の扱いにも長けているという。

 それを聞いた時は何をバカなと思ったが、確かに言われてみれば辻褄が合う。

 あの年で上級魔法を使いこなせるのも、多大な魔力を持っているのも竜だからと考えれば納得だ。

 本来、竜は国に仇名すものとして討伐対象に指定されているが、彼女はこれまでの功績もあり、また彼女自身の口から謀反の意思はないと明言したことから国の滞在が許された。

 私としても、こんな才能の塊みたいな人材をみすみす手放してしまうのは惜しい。出来ることなら彼女の技術を再現し、魔術師としてより高みへと至りたいと思っていた。


「それでは、今日はウェポン系の魔法についてですが……」


「あ、はい。それはですね……」


 最初こそ反骨精神で自らの手で追いついてやると意気込んでいたが、観察していればいるほどその高みが遠いことを思い知らされた。

 正体が竜だということを聞き、人間の身では無理なのではないかと諦めかけたこともあった。しかし、どうしても諦められない。少なくとも、このまま何の糸口もないまま終わりたくはない。

 だからこそ、私はハク殿を招待し、魔法の教えを説いてもらうことにした。

 名目上は魔法に関する考察と研究の相談、ということになっているが、ほとんどは私が質問することに彼女が答えて、という形になっている。

 最初こそ私も自分の研究の集大成とも呼べるものを持ってきて対抗していたが、悉くあっけなく再現されたこともあってもう彼女に自分の常識は通じないんだと諦めている。

 私がすべきことは、少しでも多くの魔法を彼女から教わり、それを再現することで術者を増やし、魔術師の質を高めることだ。

 ただ、魔法を教わるにあたって一つ問題があるとすれば、彼女の魔法は独特で非常に習得が困難だということだ。


「確か、ここがこうでしたかな?」


「あ、いえ、それだと斧になってしまいます。剣の場合はこうですね」


 例えば今教わっているウェポン系の魔法。私が今までやってきた魔法であれば、指定した武器を思い浮かべ、それに合わせた詠唱をすることによって精霊に呼びかけ、炎によってそれを具現化する、と言った感じになる。

 しかし、彼女の魔法はまず詠唱を用いない。それでどうやって魔法を使うんだと思ったら、魔法陣を思い浮かべるのだと言った。

 魔法陣とは魔法を使う際に現れる魔法の残滓、道標のようなもので特に意識するようなものではない。しかし、彼女はその魔法陣こそが大事だと説いてきた。

 実際、試しにと言われ同じようにやってみたら魔法が発動したから魔法の原理としては間違っていないのだろう。ただ、これの何が問題かと言われたらあまりにも覚えることが多すぎるということだ。

 例えば火魔法のボール系魔法を使うとする。これを彼女の言う方法で実現しようとすると、その効果が描かれた魔法陣を思い浮かべる必要がある。

 ただ、一口にボール系魔法と言っても色々ある。ボールの大きさや速度、飛ぶ軌道や威力など様々な要素があるのだ。そして、それらを変化させる度に魔法陣の文言は変わっていく。つまり、その場の状況に合わせて自在に魔法を放ちたいならそれらすべてのパターンを覚えていなければならない。

 もちろん、単純に毎回同じ魔法を放つというだけならそこまで覚えることは多くない。だが、それはボール系魔法一つに関してだけだ。

 別の魔法、中級魔法や上級魔法を使おうと思えばまた別の魔法陣を呼び出す必要がある。そして、魔法陣に描かれる文言は上級になればなるほど複雑怪奇になっていき、とてもではないが覚えきるなど不可能だ。

 しかし、彼女はそれを実践している。表情一つ変えず、まるでそれが当たり前であるかのように。

 今まで見せてもらった魔法は多岐にわたる。私は火属性を極めているからそれを中心に見せてもらっていたが、それでも私の知らない使い方をした魔法はいくつかあった。

 彼女は言う。魔法陣の構成次第で魔法は自由自在に操れるのだと。


「となるとこちらはこうなって……」


「それでも意味は通りますけど、だいぶ無駄が出てしまいますよ。こうした方が、威力も保証出来ていいと思います」


 魔法陣に描かれている謎の言語、そして模様。それらにはすべて意味があり、魔法を構成する要素の一つなのだという。

 確かに、魔法陣に描かれている文言についての研究を行っている魔術師もいたし、実際いくつかの書籍にもなっている。ただ、それでも理解できているのはほんの一部で、過去の文献から得られたわずかな情報を元に辛うじて実用化されているものもあるが、多くは知られていない。

 それなのに、彼女はまるで母国語を話すかのように完全に理解している。これだけでも、偉大過ぎる発見だろう。

 魔法陣を利用したものには転移魔法陣や刻印魔法なんて言うものがあるが、もしそれらがどんな魔法にでも適用できるのであれば生活の幅が広がるだろう。もしかしたら、魔石を用いずに魔道具が使える日だって来るかもしれない。

 一度それらを発表してみてはどうかと持ち掛けたこともあったが、彼女は断った。もし発表するのであれば、それは私の手柄として発表してくれとも言った。

 もし、私が彼女の技術を発表すれば間違いなく歴史に名を刻むことになるだろう。それは私の幼い頃からの夢でもあるし、それによってもたらされるものは計り知れない。

 だが、私とてプライドはある。すでに大半が砕かれてはいるが、越えてはいけない一線というものは理解している。

 しばらくの間は私が教わり、それを魔法騎士団達に伝え、という風に細々と広げていくことになるだろう。だが、いつかは彼女の手柄として世に発表したい。彼女は竜ではあるが、それ以前に我が国の忠実なる市民であるのだから。


「いやはや、なかなかに難しいですな」


「まあ、覚えることはたくさんありますからね」


「これからもどうかご教授のほどよろしく頼みますぞ」


「え、ええ。時間があれば……」


 今日も楽しい魔法談義は続く。

 私もいつかは竜に及ばないまでもそれに匹敵するほどの立派な魔術師になりたいものだ。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] この人はこれからまだ伸びていくんだろうなぁ
[良い点] 登場時、あれほど対抗心に溢れていたルシエル老がなんたる良い方向への豹変(^ ^)ハクさんの事で慢性胃炎になっているだろうバスティオン王と比べ、この爺さん良い空気を満喫しておりますなあ。 […
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