幕間:秘密の本の販売計画
主人公の友人シルヴィアの視点です。
「ふ、ふふ、ふふふ……ついに、ついに完成しましたわ!」
今、私の手の中には一冊の本がある。
本と言ってもその造りはとても簡素で、幾枚かの紙を紐でまとめただけのものだ。
しかし、私にとってはどんな高価な本よりも価値のある代物である。なぜならそれは、私が今まで追い求めていたものの完成形とも言えるものだからだ。
「ハクさんとサリアさんの絡みを存分に認めた、ハクサリ本が!」
ここまで長かった。ハクさんとサリアさんの絡みであればいくらでも妄想できる私ではあるが、いかんせんそれを文章に起こす能力がなかった。
そこで、同じくハクサリを推す仲間を集い、その中でも文章力に自信がある者を選別。私達がアイデアを出し、それを文章に起こしてもらうことによってようやく妄想が具現化したのだ。
しかも驚くことに、絵が得意な同志達の手によって挿絵まで入っている豪華仕様。これを喜ばずにいられようか!
ちなみに、こうして集った同志はハクサリ愛好会として組織化し、密かに運営されている。会長は私だ。
今回完成したハクサリ本は試作品であり、これがうまくいくようなら写本を作って会員に売り出す算段を付けている。同志のためならタダでもいいけど、流石にそれだと紙代が馬鹿にならないので仕送りだけでやりくりするのは少し厳しいのだ。
「姉様、早く見せてくださいませ!」
「そうです! ずっと待っていたんですから!」
「私も私も!」
現在いるのは寮の一室。アーシェと同室の友人のマーテルさんとローズマリーさんが早く見せろと急かしてくる。
アーシェはもちろん、他の二人ももちろんハクサリ愛好会のメンバーだ。同室ということもあって、愛好会内では幹部扱いされている。
会長権限をもってして真っ先に取り寄せたこの一冊を皆も見たいのは当然の事。本当は一人で見てにやけたいところではあるが、流石にそこまで心が狭い私ではない。ちゃんと見せるつもりだ。
「ええ。ではさっそく見てみましょうか!」
ちゃんと製本された本ではないので乱暴に扱うとすぐに破れてしまう。慎重にページを開くと、そこには流麗な文字で文章が並べられていた。
「ふんふん……」
「まあ、こんな……」
「えへへ……」
四人で本を囲みながらにやにやと頬を染める。
書かれている内容は情報屋であるキーリエさんから聞いた内容も加味して正確に伝わっている。今やハクさんやサリアさんは身長体重スリーサイズまですべて丸裸だ。
そんな細かな設定も相まって妄想はとてもはかどる。
もちろん、本物がここに書かれているような行為を行った事実はない。ただの妄想であり、それを文字に起こしただけであるが、私達にかかれば脳内で本物を思い浮かべることなどあまりにも簡単なことだ。
にやけすぎて涎が垂れてくるのを何度も拭いながら読み進めていく。
時折挟まる挿絵は白黒なのが勿体ないほど美しく、とても尊い。
これは今度絵だけで本を作るのもいいかもしれませんわね……。
「これは、とんでもないものを生み出してしまいましたわ……」
しばらくして読み終えると、みんなほうと息を吐いて満足げに表情を綻ばせていた。
かくいう私もにやにやが止まらない。文句なしの一冊だった。
「これはちゃんと本にして世に送り出すべきですわ!」
「私も同感です! これは学園だけで燻らせておくには惜しすぎる逸品ですよ!」
「私もそう思う!」
皆口々に感想を述べる。確かに、これはこんな趣味の文章という形で収まっていい代物ではない。もっと多くの人に見てもらうべき代物だ。
しかし、きちんと製本するにはそれなりの設備が必要になる。少なくともノートに使われるような薄いものではなく、もっと強度のある紙でないと売る前にバラバラになってしまいそうだ。
「紙についてはアマーリエさんならなんとかできるんじゃないでしょうか!」
「それか羊皮紙を使うのもいいんじゃない? 枚数揃えるのが大変そうだけど、ステラならその辺り詳しそうだよ?」
マーテルさんとローズマリーさんが口々に進言する。
確かに、アマーリエさんの実家であるリングラング領は今では主流になっている植物紙という植物から作り出した紙を作り出した商人が拠点としている領地であるし、ステラは絵を描くのが趣味で、絵を描くのに最適な紙を探したいという理由で羊皮紙を始めとして様々な紙を集めている。本に適した紙も知っていることだろう。
いずれもハクサリ愛好会のメンバーである。おや、これは割と現実的なのでは?
「写本に関してはみんな手伝ってくれると思いますわ。後は販路ですけれど……」
「それに関してはキーリエさんが確保してくれています!」
「あら、いつの間に」
キーリエさんは私と同じクラスにいる情報通だ。今回の本の完成はキーリエさんの情報もおおいに関わっているため、愛好会にとって重要な位置づけの一人でもある。
「どのような販路ですの?」
「ミーシャさんという冒険者の方が受け持ってくれるそうです。なんでも、ハクさんの大ファンなんだとか」
ミーシャさんと言えば、前回の闘技大会の優勝者だったはず。それならばネームバリューも申し分ないし、冒険者を中心に売ってくれそうである。
「ただ、サフィハクを作って欲しいと強請られたようですが」
「サフィって、お姉さんの?」
「はい。元はサフィさんの大ファンらしくて、二人の絡みをぜひ見たいと」
確かにハクサリばかり推していたが、お姉さんとのオネロリ物もいいかもしれない。最近ではエルハクと新しいジャンルも開拓され始めていますし、新たに売り出す本のネタにちょうどいいかもしれませんわね。
「わかりました。検討しましょう。他の販路については私達も協力して多くの学生に読んでもらえるようにしますわ」
「なんだか楽しくなってきましたわ!」
ハクさんは今や学園では知らない者がいないほどの人気者。そんな人の本となればみんな食いつくはず。これを機にメンバー以外の人にもハクサリの良さを知ってもらい、愛好会を大きくしていければと思う。
「ところで、このことはハクさんには?」
「あー……知らせていませんわ」
本人の本を作るとなれば当然本人の許可が必要になるだろうが、流石に面と向かって言うのは恥ずかしく未だに伝えられていない。
しかし、販売することにした以上は伝えなくてはならないだろう。報酬も渡さなければならないだろうし。
まあ、まずは先にサリアさんの許可を取った方がいいかしら。サリアさんなら喜んで協力してくれそうですわ。
「交渉は私達が行いますわ。許可が下りたらすぐに動けるように準備していてくださいまし」
「わかりました!」
「みんなに伝えてくるね!」
慌ただしく部屋を出ていく二人。それを見送り、私達も行動を起こすことにした。
意外と恥ずかしがりやなハクさんの事、普通に言ったのでは断られる可能性もある。ならば、まずは外堀から埋めていけばいいのですわ!
「本? なんかよくわからないけど、いいぞ!」
案の定、サリアさんは即答でオーケー。他にもアルト王子やミスティアさん、魔法薬研究会のヴィクトール先輩他、様々な人からも支援を貰い、満を持してハクさんに交渉した結果、圧力に押されたのか割とすぐにオーケーを出してくれた。
無表情で有名なハクさんの顔がひくついていたのは言うまでもないが、これで憂うことなく販売ができるというもの。
これをきっかけにハクさんとの絡みが増えていくことを心から願いますわ!
私のハクサリ本量産計画はまだ始まったばかりだ。
感想ありがとうございます。