第二百二十七話:竜と人の懸け橋
途中でちょっと『流星』のシンシアの思考が挟まります。
後日、シンシアさんがあれからのことを伝えにわざわざ学園までやってきてくれた。
というのも、ルナさんはもちろん、セシルさんまでもが私に苦手意識を持ってしまったらしく、顔を合わせづらいということで、私に対してあまり苦手意識を持っていないシンシアさんに白羽の矢が立ったのだそうだ。
まあ、別に手を出してこないならあれからどうなったかなんてどうでもよかったんだけど、トラウマ持ちを二人も量産しておいて何のフォローもなしというのはちょっと心が痛いので折を見て何か策を練ることにする。
「それでは、そのまま停戦協定を結ぶということでいいんですね?」
「はいなのです。ただ、これからも何かと仲良くさせていただけたらと思っています」
あの戦闘は完全にただの模擬戦ということで処理し、上にはそもそも戦闘なんてなかったとして通すことにしたらしい。
まあ、停戦協定を結べと言われているのにわざわざ喧嘩売ったなんて知れたら何言われるかわからないからね。その判断は正解だろう。
ただ、現状では勝てないと判断されたとはいえ、そのまま何もせずに帰るというわけにはいかないのだそうだ。
そこで、後任が決まるまでの間出来る限り私に接触し、こちらにいい印象を植え付けるようにと指示があったらしい。
これまたそれを私に話してしまったら意味がないのではないかと言いたくなるけど、セシルさんなりにあの戦闘には思うところがあったらしく、隠し事はしないことにしたのだそうだ。
まあ、セシルさんの場合は話したとしても私が話をわかってくれると思っているのかもしれないけど。
「仲良く……まあ、普通に話す分には構いませんよ」
「すいません、ありがとうございますなのです」
簡単に言えば監視して何かしでかすようなら報告しろってことだ。堂々と監視しますと言われたらそりゃ不快だけど、シンシアさん達だって組織に属する以上は上の命令には従わなくてはならない。こうして事情を打ち明けてくれるだけ良心的というものだ。
それに、こちらとしても転生者の情報には興味がある。そこら辺の情報と引き換えになら、多少は優遇して上げてもいいかもしれない。
「それであの、聞きたいのですが……」
「なんですか?」
「私が眠ってしまった後、何があったのですか?」
シンシアさんは竜の咆哮については認知していない。てっきりセシルさんが話しているかと思ったんだけど、どうやら思い出すのも嫌なほどの思い出になったようだ。
まあ、あれは正直反則だとは思う。セシルさんの重力操作も反則っちゃ反則な気がするけど、あれはそれ以上だ。今後は使用に気を付けなくてはならない。
「んー、秘密です」
「……それがハクちゃんの能力だから、です?」
転生者は誰しもが特別な力を持っている。それはルナさんの先読みや武器破壊、セシルさんの重力操作といったように使い方によっては単体で何十人分もの戦闘力を有する力だ。
しかし、いくら強い能力でも知られてしまえば対策を取られてしまう可能性がある。そもそも、転生者という肩書自体異質なものだ。平穏に暮らしたいのであれば隠すことに越したことはない。
セシルさんをあんな風にしたのは私が転生者であり、その特別な力による効果だと思っているのだろう。まあ、あながち間違いではないけど、正解でもないよね。
「世の中には知らない方がいいこともあるんですよ」
「……なのです?」
「はい。まあ、あんなふうになるのは予想していなかったので、それについては謝罪します。ごめんなさい」
可愛らしく首を傾げるシンシアさんに頷いて返す。
セシルさんのトラウマ具合がどれくらいかはわからないけど、わざわざシンシアさんに報告に行かせる辺り、面と向かって話すのはダメだけどそうでないなら多少は大丈夫、ってところだろうか。
本当に会いたくないならこうやってシンシアさんをよこすことすらしなかっただろうしね。
「それはもういいのです。もう十分謝罪はしてもらったのです。でも、もし悪いと思ってるなら一つだけお願いを聞いてほしいのです」
一応、謝罪に関しては手紙も送ったし、一度宿を訪れて正式に謝った。まあ、私の顔を見るなり目をそらしたからもしかしたら聞いてなかったかもしれないけど。
しかし、一緒にいたシンシアさんはそれをしっかり覚えていたらしく、これ以上謝罪する必要はないと言ってくれた。
それはよかったけど、代わりのお願いって何だろう?
「その、私と友達になって欲しいのです……」
自信なさげに呟き、俯くシンシアさん。
友達になって欲しい? 仲間の二人にトラウマを植え付けた相手にわざわざどうして。
首を傾げていると、シンシアさんはぽつぽつと語り始めた。
「ハクちゃんは言ってましたよね、エルさんは大事な家族だって。かけがえのない人なんだって」
「言いましたね」
「それに、竜は本当は悪くないんだって。悪いのは人間の方だって。それを聞いて思ったんです。私のやってることって、本当に正しいのかなって」
シンシアさんは幼い頃、気が付けば赤ん坊になっていてまだ物心つく前に教会に置き去りにされ、幼少期は孤児院で過ごしたのだという。
貧しい食事に隙間風の入る寝床、そんな厳しい環境下でシンシアさんを救ったのは類稀なるものづくりの力。才能を見いだされたシンシアさんはその後聖教勇者連盟に目を付けられ、今の仲間であるセシルさん達と出会い、今に至るのだという。
生前は何不自由なく暮らしていた自分には果てしなく過酷な環境であり、そんな環境でありながら自分のことを育ててくれた孤児院の先生や仲間達、それにセシルさん達に深く感謝していたのだとか。
だからこそ、そんな彼らから竜は悪だ、倒すべきものなんだと言われ続け、すっかりそういうものなんだと思い込んでいた。
でも、私と出会い、竜の中にも家族というものが存在することを知った。自分達のやっていることはそんな家族の絆を奪う行為なのではないか、そう思った。
「この世界での親の顔はもう覚えていないのです。でも、家族がどういうものかは知っているのです。だから、敵とは言え、それを奪ってしまうのは間違っているんじゃないかって思い始めたのです」
元々人に対してなら敵だろうと助けてあげたいという気持ちを持っていた。そして、竜は魔物だからそれの対象外だと思っていた。
でも、そうじゃないことを見せつけられて戸惑ったのだ。本当の悪とは何なのだろうって。
「セシルさんもルナさんも私にとっては家族同然の人なのです。だから、二人をあんな風にしたハクちゃんには恨みもあるのです。でも、それじゃあ今までと何も変わらないのです。ハクちゃんは、竜と人とを繋げる唯一の希望なのです」
聖教勇者連盟という組織に保護されている今の身。そんな組織が竜を敵として定めているのだから今更一人が行動を起こしたところで無駄なのかもしれない。でも、諦めたくなかった。争わなくていいならそれに越したことはない。それによって家族が傷つくのを見たくないから。
「だから、私とハクちゃんが友達になれば、きっと何かが変わると思うのです。もしかしたら、お上も今回のことで考え方が変わるかもしれないのです。だから……」
「私と友達になりたいと」
「なのです……」
しょんぼりと俯くシンシアさん。
言っていること自体は結構めちゃくちゃだ。シンシアさんの言うことは、エルのことを魔物と思って散々狙っていたけど、そうじゃなかったから仲良くしましょうということだ。その理由は相手にも家族がいて、それを奪うのは可哀そうだから。つまり同情からくるものだ。
正直、一回でも命を狙われた相手に誤解だったから仲良くしましょうと言われても信用できるわけがない。仲良くするふりをして後ろから襲おうとしていると疑っても仕方のないことだ。
しかしどうにも、シンシアさんはまっすぐすぎるというか、裏がない。たとえ敵でも助けられるのなら助けてあげたいという気持ちを持っている。
そして、それは私の考えている感情と似通ったものだ。私はシンシアさんほど敵も助けたいと固執しているわけではないけど、困っているなら助けたい改心するなら助けたい、そう言った気持ちは持ち合わせている。
だから、言っていることはめちゃくちゃでもその気持ちはなんとなく理解できる。
「ダメ、なのです?」
「……いえ、構いませんよ」
初めからシンシアさんは私に対して割と好意的だった。森に行った時は助けてもらったし、セシルさんとの戦闘の時も庇ってくれた。多少はパーティとしての思惑として動いていたかもしれないけど、それでも多少は信頼はできる。
だから私は友達になることを許可した。もし、シンシアさんの言う通り、このことがきっかけで何かが変わるのなら儲けものだしね。
「ほんと!?」
「はい。これからよろしくお願いしますね、シンシアさん」
「はいなのです! よろしくお願いします!」
パッと花のような笑顔を見せるシンシアさん。
果たしてこの選択が吉と出るか凶と出るか、それはわからないけど、今はただ、一人の少女の笑顔を引き出せたと考えて私もそっと微笑むのだった。
感想ありがとうございます。
今回で第七章は終了です。幕間を数話挟んだ後に第八章になります。