第二百二十五話:仲間の想い
とにかく、何回も攻撃されてしまってはこちらが持たない。
私は周囲に水柱を出現させ、物理的な障害を作る。
水柱は発生した時の勢いを利用する魔法だからただ設置しているだけでは威力はがた落ちしてしまうけど、牽制くらいにはなるだろう。
仮にも上級魔法、下手に突っ込めば水の圧力によって息が詰まるのは必至だ。
これでしばらく時間を稼ぎ、その間に相手の能力について考察する。と考えていたのだが、どうやらそれを許してくれるほど甘くないらしい。
「無駄なんだよ!」
セシルさんが咆哮すると周囲を覆う水柱が何かに押さえつけられるようにして水位を下げていく。やがてそれは私のひざ下くらいの高さになり、ただの水溜まりへと成り下がった。
何かの魔法? にしたって、詠唱なんて聞こえなかったしこんな強引に魔法を捻じ曲げるような魔法聞いたことがない。
一体どんな能力なんだ。相変わらず足は地面から離れず、それどころか肩にはずっしりとした重さがのしかかってくる。
重さを増加させるスキル? いや、それだと水柱の説明がつかない。もし水柱の重さを変化させたというならこんな縮み方はしないはずだ。
だとしたら……。
「おらぁ!」
高く跳躍したセシルさんが剣を振り上げて迫ってくる。
回避できない以上防御するしかないが、完全に防ぐのは難しい。防御魔法を重ね掛けし、身体強化魔法による部分防御も駆使してようやく防げる重い一撃。
明らかに剣の一撃ではない。まるで巨大なハンマーにでも殴られたかのような感覚だ。
恐るべき豪腕。そして俊敏性。速くて力が強いだけなら今までにも見たことがあるけど、セシルさんのは格が違った。
ルナさんとは正反対な獰猛な戦い方。まさに狂戦士と呼ぶにふさわしかった。
「ハクお嬢様、やっちゃってくださいな!」
主人の腕が切り飛ばされたというのにエルは相変わらずの調子で応援を飛ばしてくる。
まあ、確かに腕の一本くらい竜の回復力をもってすればいずれは再生するし、そもそも精霊の身体は魔力でできているので精霊光を散らされない限り傷つかない。私の場合は人間として受肉しているから怪我はするし血も出るけど、根本的には精霊の身体と近しいのでしばらくすれば元に戻る、らしい。
腕を切り飛ばされてもあまり痛みを感じないのは多分それが関係してるんじゃないかと思う。
ほんとに、これで人間だって言い張るんだからおかしいよね。
「まあ、詳しくはわからないけど……」
セシルさんの突撃を土魔法によって岩の壁を作り防ぐ。
たった一枚張った程度じゃすぐに切り飛ばされてしまうけど、それはこの際仕方ない。決定打を与えられなければそれでいい。
一応、ルナさんに対して酷いことをしてしまったという負い目はあるけれど、だからと言って嬲られる趣味はないし、ここで負けてしまったらせっかくの停戦協定が意味をなさなくなってしまうかもしれない。
だから、私は勝たなければならない。それでいて相手を殺さないようにして。まあ、今回は最悪死んでさえいなければエミさんが治してくれそうだからまだ楽ではあるけどね。
「もらったぁ!」
私の不意を突き、再びセシルさんの剣閃が轟く。三重の防御すら抜けてきたその一撃は私のもう一本の腕をも切り飛ばしてみせた。
痛い。痛いけど、我慢できないほどじゃない。治癒魔法さえかけてしまえば痛みはごまかせる。
ただ、この格好、ちょっとバランスが悪いな。魔法の行使に手はいらないとはいえ、あった方が楽ではあるし、何よりとっさの防御ができない。
でも、この一撃で大体相手の能力は読めた。私を地面に縫い留めている方法も、見た目にそぐわない豪腕も何もかも。
「次は足だ……」
実際の戦闘だったら二度目の私の負け。でもこれは模擬戦という名の決闘だ。お互いに満足するまで終わらない。
セシルさんは私をダルマにでもするつもりなのだろうか。流石にそこまでされたら私も何もできなそうだけど……いやそうでもないか。
研究しただけで披露していない魔法はまだたくさんある。それらを駆使すればたとえ手足を切り飛ばされようと戦闘の継続は可能だ。ただ、凄く不格好だからやりたくないけど。
「もうやめるのです!」
無様に両手を切り飛ばされ、それでもなお倒れない私を見て未だ戦闘の意思ありと見たのだろう。それに耐えられなかったのか、とうとうシンシアさんがセシルさんの前に立ちはだかった。
治療に関してはエミさんの規格外の治癒能力をもってすれば可能かもしれない。でも、腕を切り飛ばされて平気でいられる人なんてそう多くはないだろう。
こんな時でも無表情を発揮して何でもないようにふるまっているように見えるのが余計にシンシアさんの良心に訴えたのかもしれない。
「退け、シンシア。こんなんじゃまだ足りねぇ」
「もう十分なのです! こんな酷いことルナさんも私も望まないのです!」
仲間を傷つけられたことは確かに心が痛むし、セシルさんの気持ちもわかる。でも、だからと言ってこんなトラウマになる様な血なまぐさい仕打ちをするほどではないはずだ。
でも、セシルさんはまだ足りないという。その迫力も相まって、シンシアさんはすでに涙目になっていた。
「シンシアさん、大丈夫ですよ」
「は、ハクちゃん! そんな状態で大丈夫なんて言われても信じられないのです!」
私としては両手を飛ばされた程度ではどうということはない。いや、もちろん竜としての力が目覚める前の状態だったらもっと慌てていただろうし、痛みに耐えられなかったかもしれないけど、今はだいぶ余裕が出来ている。
だから大丈夫と言ってみたけど、確かにこんな姿じゃ説得力はないよね。
「この通り、まだ私は立っています。死ぬほどの傷でもありません。まだ戦えますから終わるまで待っていてください」
「どうしてそこまでして戦うのです? こんなのあんまりなのです!」
とうとう泣き出してしまうシンシアさん。
きっとこの子はとても優しい心を持っているんだろう。たとえ敵であっても手を差し伸べてしまうようなそんな性格だ。
確かにこれはセシルさんなりの報復で、シンシアさんはそれを支持する立場なのかもしれない。でも、私のことも見捨てたくないという良心がシンシアさんを苛んでいる。
そんな彼女にこれ以上戦闘を見せるのは酷だろう。私はそっと魔法陣を展開し、彼女の顔前で魔法を行使する。
その瞬間、ふわりと漂う香によってシンシアさんの意識は混濁し、やがて眠りに落ちた。
もちろん、倒れないように風魔法で体を支えるのも忘れない。そのまま彼女を浮かせて運び、丘の木陰に横たえる。
いわゆる状態異常魔法という奴だ。闇魔法に分類され、効果は相手を眠らせるというもの。他にも色々あるが、今回は下手に傷つけるわけにもいかないのでこういう手段を取らせてもらった。
「悪いな、うちの仲間が手間取らせて」
「いえ、彼女の気持ちもわかりますから」
流石にセシルさんも仲間の言葉を無視するほど理性が飛んでいるわけではなかったようだ。
シンシアさんを横たえるまでの間攻撃を中断してくれたのは素直に賞賛できる。まあ、それも束の間のことだけど。
「さあ、続きだ」
「はい。ですが、私もそろそろ終わらせに行きたいと思います」
戦闘においてものを言うのは力もそうだが、情報も大事だ。より多くの情報を持った者が戦いを制するのは戦争においてはありふれた話。
相手の攻撃手段、思考パターン、スキル。私はもうそのほとんどを看破した。
もうこれ以上好き勝手にはさせない。
私は一度目を閉じ、再び開ける。その瞳の瞳孔が縦に裂け、セシルさんとはまた違った獰猛な輝きを宿していた。
できれば竜の力は使いたくなかったけど仕方がない。そっちが力で来るならこちらも力でねじ伏せさせてもらう。
相も変わらず単調な攻撃を見据え、私はそっと息を吸い込んだ。
感想、誤字報告ありがとうございます。