第二百二十四話:平原での戦い
冒険者同士の戦闘は基本的には禁止されている。
もちろん、決闘や模擬戦など色々抜け道はあるが、あまりいい顔はされない。
それも当然のことで、冒険者同士で戦闘などあろうものなら怪我もするだろうし、場合によっては死亡することもある。ギルドにとってはどちらが勝とうとも損失には変わりなく、故に禁止されている。
これらは高ランク冒険者になるほど処罰が厳しく設定されているが、アグニスさんのように模擬戦だと言い張って無理矢理戦闘する人もいるのであまり役に立ってない。
それでも、模擬戦だと言い張るにしてもわざわざ見られるリスクを負う必要は薄く、セシルさんもそれがわかっているからこそ平原をバトルフィールドに選んだのだろう。
街を出て早々に街道を外れ、北東方面に進んでいく。ここはすべての街道からそれなりに離れている上に小高い丘の陰になっていて万が一人が来ても見つかりにくい場所であった。
「さて、俺の方はいつでもいいが、お前は大丈夫か?」
「はい。いつでもどうぞ」
適当に距離を取って向かい合う。
セシルさんは頭以外プレートメイルで覆っていて、遠くから見れば騎士に見えなくもない。武器も長剣で、ありふれた剣士と言った感じだ。
しかし、ルナさんが色々スキルを持っていたのと同じようにセシルさんも何かしら特別な力を持っているのは間違いない。
ひとまず、戦闘開始前に【鑑定】で覗いてみる。
称号を見る限り、【竜殺し】は置いておくとして、一番目立つのは【狂戦士】だろうか。
確かに、まさにそんな感じな気がする。言葉こそ変わりないけど、その目はすでに獰猛な獣のようにぎらぎらと輝いている。
すでに抜剣しているが、構えのようなものは見られなく、ただだらりと手を下げて若干前傾姿勢をとっている。
うーん、いやな予感しかしない。
ちなみに魔法は光属性が得意なようで、装備にも刻印魔法で色々仕込まれているらしい。
ルナさんの時はまだ避ける余裕があったけど、果たしてこちらはどうかな?
「そうかそうか。そんなら……行くぜ!」
そう言った瞬間、信じられない速度で一直線に突っ込んできた。
即座に目に身体強化魔法をかけて躱すことには成功したが、その速さはルナさんの比ではない。
身体強化魔法? にしては早すぎる気もするけど……。
とにかく、反撃しなければ。
「はっ!」
セシルさんは私を通り過ぎてからしばらくして反転し、再び突っ込んでくる。
その軌道に合わせて水の刃を放ったが、強引に振るわれた長剣によって瞬時に振り払われてしまった。
一応、初級魔法とは言えすでに中級魔法並みの威力はあるんだけど……見た目にそぐわずかなりの豪腕のようだ。
「おらぁ!」
躱すの自体は難しくない。あれだけ一直線なら身体強化魔法がなくても躱すことはできるだろう。
ただ、威力が凄まじい。脇をすり抜ける剣の風圧だけで少しバランスを崩してしまう。見間違いでなければ剣が少ししなっているように見えた。一体どんな剣速してるんだ。
ひらりひらりと闘牛士のように攻撃を往なしながらどの魔法が最適かを考えていく。
相手の攻撃は酷く単調だ。速度やジャンプ力は大したものだが、それだけでは躱すことは容易だった。
恐らく、パーティで戦う時はセシルさんが陽動と遊撃を行い、ルナさんが一撃で仕留めるといった具合なのだろう。シンシアさんは後衛で銃による支援、エミさんが回復役と言ったところだろうか。
さて、となると相手の動きを止めてしまうのが一番簡単。しかし、それは少し難しい。
なぜなら、セシルさんが身に着けている防具には麻痺や氷結といった体の動きを封じる系の魔法に対して耐性を付与するという刻印魔法が施されていたからだ。
自分の弱点はよくわかっているらしい。こんな高機動戦闘をするのにわざわざ重い鎧を背負っているのはこのためらしい。
さて、ではどうするか。拘束するのがだめなら相手の視界を奪ってしまえばいい。
私は即座に魔法陣を構築し、セシルさんの目元を覆った。
「これで止まるか……」
これは闇魔法の一種で、黒い霧を出現させるというものだ。
本来なら広範囲に広がる魔法で、ともすれば自分の視界すら奪ってしまう技ではあるが、範囲を縮小し、相手の目元のみを覆うことで相手の視界だけを奪うように改良したのだ。
流石に動き回られていては次第に霧は剥がれて行きじきに視界は回復してしまうが、それまでは無防備となる。
闇雲に突っ込んでくるこの攻撃を躱したら、無防備な背中に魔法を叩き込んでやろう。
「ここだぁ!」
「ッ!?」
傾向から言って、今回の攻撃もそのまま通り抜けると思った。しかし、セシルさんはあろうことかすり抜けた瞬間に立ち止まり、返す刀を振りかざしてきた。
まさか、見えてるのか?
確かに【暗視】というスキルがあれば暗闇でも見通すことはできる。しかし、魔法で作り出した闇の霧はそれでも見通せないほどのものだ。
いきなり攻撃の手段を変えてきたこともあって動揺し、大きく跳躍して回避する。しかし、その動きは謎の力によってキャンセルされた。
「なっ!?……くっ!」
ジャンプしたつもりが足が地から離れず、結果として私は剣をもろに食らうことになった。
一応急所は避けていたようだが、妙な体勢で受けたこともあって剣の軌跡上にあった右腕はたやすく切り飛ばされ、宙を舞うことになった。
「はぁっ!」
私はとっさに周囲に水柱を出現させ、簡易的な結界を作り出す。
不意打ちにも拘らず、セシルさんはそれを跳躍して軽々避けてみせた。
「ハクちゃん!」
「まずは腕一本……」
シンシアさんの悲鳴には目もくれず、舌なめずりをするセシルさんの視線は完全にこちらを凝視している。やはり見えているのだろう。
一体何で見ているんだ? これも何かしらのスキルだろうか。
ひとまず、斬り飛ばされた腕に治癒魔法をかけておく。この戦闘中に完全に回復することはないだろうが、痛み止めくらいにはなるだろう。
それにしても、なんであの時回避できなかったのだろうか。私は体を確認してみる。
軽くジャンプしてみれば、今度はちゃんとジャンプすることが出来た。別に体に違和感もない。
称号に映らない何かしらのスキル? ちょっと厄介だな……。
「ルナの苦しみ、とくと味わいやがれぇ!」
再びセシルさんが突っ込んでくる。
回避したいところだけど、先程のように謎の現象で回避キャンセルされても困る。ここは防御に徹しよう。
防御魔法を張り、さらに身体強化魔法でも防御を試みる。
一応回避しようとして見れば、案の定謎の力によって足が地面から離れず、動けなくなった。
当初の予定通り防御すると、その一撃の重さがわかる。
体全体に張り巡らせた防御魔法は一瞬のうちに割られてしまった。身体強化魔法の防御がなければそのまま抜かれていただろう。
あまりの攻撃の重さに吹き飛ぶかとも思ったが、やはり地面から離れず、その場にとどまったせいで衝撃がもろに体を襲う。
「かはっ……」
これは、ちょっときつい。
回避はできず、防御してもノーダメージとはいかない。これではいずれじり貧で負けてしまう。
まあ、これが模擬戦だというなら腕を飛ばされた時点で負けもいいとこだろうけど、セシルさんはまだまだやる気だ。
これは、降参しても止まってくれるか怪しいなぁ……。
まるで蛇に射竦められた蛙の如く動けない状況で、いかに立ちまわるべきか、僅かに痛む腕を庇いながら懸命に考えるしかなかった。
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