第二百二十三話:仲間のために
途中で『流星』のシンシアの視点が挟まります。
「さて、それはそれとして、こっちも話があるんだわ」
「なんでしょう?」
不機嫌な表情を崩さぬままぶっきらぼうに言い放つその態度にエルがじわりじわりと冷気を発している。
正式な場で勝ったのにそれでもなお突っかかってくることに苛立ちを覚えているのだろう。
私はさりげなく服の裾を引き、抑えるように合図する。
「シンシアから聞いたんだが、お前も転生者らしいな?」
「……だったらどうするんです?」
「いや、別にどうもしないさ。ただ、同郷だって言うなら色々話せることもあるんじゃないかと思ってな」
シンシアさんを始めとして、『流星』のメンバーはすべて転生者だ。
確かに同じ地球から来たというなら、同じ苦労を分かつ者としてお互いに助け合ったり、情報を共有したりするかもしれない。実際、私とアリシアはそういう関係だ。
しかし、私は仮にも仲間であるルナさんをここまで怯えさせるくらい完膚なきまでに叩き潰した人物だ。
それに納得いっていないのは表情を見れば明らかだし、そもそも聖教勇者連盟は多くの転生者を囲っていると聞く。わざわざ敵対している私に何か聞くようなこともないだろう。
何か狙いがあるのだろうか? もし未だにエルを狙っているのだとしたら許さないけど。
「そう警戒するなよ。俺だってルナをこんなにした奴とわざわざ仲良くしたいわけじゃない。ただ、上の命令でな」
「なんて言われたんですか?」
「簡単に言うと、お前らじゃ勝てないから停戦を申し出ろ、ってことだ」
「それは……言っていいんですか?」
「ダメなんだろうな。でも、俺は細かいことはよくわかんねぇし、お前なら受けてくれるだろ?」
まあ、確かに私としてはエルさえ無事ならそれでいいし、手を出さないって言うならこちらも手を出す理由はない。
でも、仮に高確率で受けてくれる相手だとしてもそれを言っちゃだめなんじゃないだろうか。見た感じは純粋な戦士と言った感じだが、もしかして脳筋? だったり?
なんか見た目と中身が合わない人ばっかりだ。
「まあ、エルに手を出さないというなら構いませんが」
「そりゃ助かる。んじゃ、交渉成立したところで物は相談なんだが……一戦やり合わせてくれねぇかな」
「……はい?」
突拍子もないことを言い出すセシルさんに思わず首を傾げる。
今さっき停戦協定を結んだばかりだというのに、なぜ戦わなければならないのか。
「まあ聞けよ。ルナはお前と決闘して負け、なぜだか知らんがお前にトラウマを持った。これはわかるよな?」
「そうみたいですね」
「決闘を受けたのはルナ自身の判断だし、それで負けたのはルナの自己責任だ。それによってルナがトラウマを負おうがお前には何の関係もない、そうだな?」
「まあ、そうですね」
「……だがな、俺は馬鹿だから、そんな理屈で納得できるほど人間が出来てねぇんだわ」
途端、目の前にいたセシルさんの雰囲気が変わる。
エルがとっさに前に出て私を庇うようにセシルさんを睨みつけた。
セシルさんから溢れ出るのは明確な殺気。そこには、仲間を傷つけられて怒りに身を焼かれている一人の人間の姿があった。
「だから、一戦やり合ってくれるだけでいい。そうすりゃ、納得できるからよ」
「セシルさん……」
溢れる殺気に当てられているのか、シンシアさんやエミさんが息をのんでいる。
今まで人間の殺意というものには何度か晒されてきたけど、ここまであからさまで色濃いものは初めてだ。
しかし、私の心はなぜか落ち着いている。まるでこの程度、どうってことないと言わんばかりに。
なおも私を庇うエルを下がらせて、セシルさんの獰猛な瞳を見据える。
「……つまり、八つ当たりってことですか?」
「まあ、そういうことになるな。お前には何の得もないことはわかってる。だが、引き受けてくれるよな? お前なら、俺の気持ちがわかるだろ?」
殺気を迸らせながらも依然として席は立たない。
ここが狭い宿屋の一室だからか、それともなけなしの理性で抑えているのか、どちらにしろここで断ったら周りに被害が出てしまいそうだ。
これが単なる私への恨みや妬みというなら一蹴してやってもよかったけど、これは仲間を侮辱されたことへの怒りだ。
彼らがいつからパーティを組んでいるかは知らないが、Aランクともなればそれなりに付き合いは長いだろう。そんな硬い信頼のある仲間が傷つけられ、怯えている。それを見て我慢できなかったのだろう。
たとえそれが、正当な決闘の結果だとしても。
「人間如きが良く吠えますね? ハクお嬢様がそのような挑発に乗るとでも……」
「エル、待って」
売り言葉に買い言葉で反撃しようとするエルを手で制する。
軽く言えば八つ当たり、重く言えば復讐ともいえるこの宣言。
仲間に対してこれだけ怒れるのならこの人はとても情に厚い人なのだろう。気持ちがわかるかと聞かれたが、確かに少しわかってしまった。
理屈じゃなく、真に仲間を大切に思っているからこそ、それが間違いだとわかっていても勝負を挑まざるを得ない。
ならば私はそれに応えなくてはならないだろう。
なにより、ここで引いたら男じゃないしね?
「そこまで言うならわかりました。その勝負受けましょう」
「ハクお嬢様!?」
「そう来なくっちゃ。んじゃ、早速やろうぜ」
そう言って席を立つセシルさん。エルは信じられないと言った様子でこちらを見ているが、私としてもルナさんにトラウマを与えてしまったのはちょっとやりすぎかなとも思うし、少しくらいは譲歩してもいいかなと思うんだよ。
とはいえ、単純にさあ戦いましょうとはいかない。何事にもルールは必要だ。
「その前に、戦うのはセシルさんだけですか?」
「ああ。エミは戦闘は苦手だし、シンシアはお前と戦うのは嫌がってるからな」
「では一対一ですか。どこで戦うんです?」
「そうだな、町外の平原でどうだ? あそこなら広いし、そこまで邪魔も入らない」
王都の外はしばらく平原が続いている。確かにそこなら戦うにはうってつけだろう。街道から離れればそこまで人も来ないだろうし、目立つこともない。
私はその条件に納得し、頷いた。
「わ、私もいくのです!」
今にも出ていきそうな雰囲気を察したのか、シンシアさんが声を上げた。
ルナさんの様子を見る限り、ルナさんは観戦に来ることはないだろう。そして、そんな状態のルナさんを一人にするのは少々憚られた。
それでも、ここで二人をそのまま戦わせたら絶対にやりすぎる気がする。そんな予感を察知し、同行を申し出たのだ。
「エミちゃんはルナさんを見てて?」
「エミも気になるけど……わかった、待ってるね」
シンシアさんはエミさんを説得すると立ち上がる。
その表情は不安に満ちていた。仲間として、確かにセシルさんの気持ちもわかる。けれど、ハクちゃんにだって家族を殺されるかもしれないという葛藤があった。
どちらの意見も理解できるからこそどちらにも傷ついてほしくない。けれど、もはやそれは不可能な域に達していた。
ならば、せめて見届けるくらいはしなくてはならない。そしていざという時には、自分が体を張ってでも止めなくてはならない。そう思っていた。
「私はもちろん同行しますよ。ハクお嬢様の雄姿を見逃すわけにはまいりません」
威嚇するようにセシルさんを睨みながらエルが私の肩を掴む。
「決まりだな。それじゃ、いくぞ」
「わかりました」
お互いに一人ずつ同行者を連れて宿を出る。
さて、『流星』のリーダーの実力はいかほどだろうか?
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