第二百二十二話:ルナへの要求
翌日、私はエルを伴ってルナさんが泊まっている宿屋を訪れた。
そろそろ闘技大会での傷も癒えていると思ったので、決闘の約束を果たすためだ。
行くまでに声をかけられて時間をロスするのは嫌だったので隠密魔法で姿を隠し、宿屋の中に入ってから解除する。
この宿はお姉ちゃんが泊まっている宿とは別の宿で、高級宿に当たる。
そういえば、お姉ちゃんずっとあの宿使ってるけど、今ならお金もあるんだしもっとサービスがいいところに移動しないのかな?
まあ、それは今はいいか。ひとまず、受付でルナさんのことを聞くことにする。
「すいません、ちょっといいですか?」
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか、それともお食事でしょうか?」
受付にいたのはかっちりとした服に身を包んだ壮年の男性。
流石高級宿というべきか、私のような子供が相手でも丁寧な言葉遣いだ。
「ここにルナさんという方が泊まっていると思うのですが、会いたいので取り次いでいただけますか?」
「……失礼ですが、約束はしていらっしゃいますか?」
「はい。ハクが来たと言ってもらえればわかると思います」
「かしこまりました。少々お待ちください」
若干驚いたように目を見開いたがすぐに元に戻り、慣れた対応で別の従業員に指示を出す受付さん。
まあ、普通だったら有名冒険者目当てに来た子供と見られてもしょうがないけど、今の私はかなり名が売れてしまっている。だから、少なくともそういう目的ではないというのはわかってくれたのだろう。
ほどなくして伝えに言った従業員が戻ってきて、今から会ってくれると報告してくれる。そのまま部屋へと案内された。
「ハクです。入りますよ」
コンコンと扉をノックし、一応返事を待ってから扉を開く。
『流星』のメンバーはセシルさんと他の女性陣でそれぞれ部屋を取っていたようだが、今は一部屋に集まっていたようだ。
ベッドで横になるルナさんの周りに椅子を置き、それぞれに座っていた。
「あー、まあ、とりあえず座りな」
不機嫌そうな顔でぶっきらぼうに椅子を勧めるセシルさん。
まあ、仲間をこんな状態にされたのだから色々思うところもあるのだろう。襲い掛かってこないだけまだ良心的だ。
勧められた椅子は一つだけ。エルの分はないのかと思ったが、どうやらこの部屋の椅子はこれで全部のようだった。
まあ、竜に出す椅子はないって意味も含まれてるのかもしれないけど。
私はエルに椅子を勧めようとしたが、それよりも早くエルが私を椅子に座らせた。
ちょっと不満の篭った目を向けてみるが、どこ吹く風でニコニコしている。
まあ、椅子一つでそこまで目くじらを立てるほどでもないか。一応、エルは私の世話係でもあるわけだし。
「ルナから話は聞いている。決闘のことだろ?」
「はい。私が勝ったのでお願いを聞いてもらおうと思いまして」
私が勝ったという言葉に呻き声が聞こえてきた。
寝ていると思ったけど、どうやらルナさんは起きているようだ。
見たところ、怪我はすでに完治しているようだが、まだ痛むのだろうか? まあ、死ぬほどではないのはわかっているし、自業自得だから同情はしないけど。
「俺達はその日は別行動で試合を見ていないんだが、本当にお前が勝ったのか? ルナが負けるとは思えないんだが」
「本当ですよ。王様を始めとして、審判や観客など多くの証人がいます。それに闘技大会の順位がどうなったくらいは耳に入っているのでは?」
「あー、まあな。わかってる。ちょっとまだ受け入れられてなくてな」
闘技大会で私が優勝したというのはすでに町中の噂になっている。仮にあの日から一歩も外に出ていなかったのだとしても他の宿泊客などからすでに耳にしているだろう。
ただ、ルナさんが決闘という大事な勝負を受けて敗れた。それが信じられないだけだ。
「まあ、安心しろ。正式に決闘してお前が勝利した以上、ルールに則ってルナはお前の言うことを一つ聞く。これは守らせるから」
決闘を行って負けたのに言うことを聞かないというのはとんでもない悪逆行為だ。見届け人はもちろん、それを知った人からの信用はがた落ちし、まともに取り合ってもらえなくなる。もちろん、腹いせに勝者に報復しようとしても同じことだ。
だからこそ、勝者の言うことを一つ聞くというルールは大体の場合守られる。
ただ、これには抜け道もある。重要なのは敗者が勝者の言うことを一つ聞くということだ。
つまり、敗者が勝者に向かって報復するのはご法度でも、敗者の仲間が勝者に報復するのは許されるのだ。
もちろん、暗黙の了解でそれらは忌むべき行為だという認識は広まっている。だけど、中には明確なルールがないことを利用して報復する輩もいることはいるのだ。
さっきのセシルさんの言い方は、考えようによってはルナさんには言うことは聞かせるけど、自分達は何するかわからないともとれる。
腐ってもAランク冒険者という有名人がそんな方法で報復するとは思えないが、そういう可能性もあるということは考慮しておいた方がいいかもしれない。
「それで、ルナに何をさせる気なんだ?」
「本人に直接言いますよ。起きてるんでしょう?」
「……ッ!?」
ベッドで寝ているルナさんの身体がびくりと震える。
こちらに背を向けて寝ているので表情こそわからないが、あれは怯えているように見える。
トラウマでも植え付けてしまったかな?
「今はそっとしておいてあげて欲しいのです。とても精神が不安定な状態なのです」
「怪我はエミが完全に治したけど、ずっとこの調子なの。ルナお姉ちゃんがこんな風になるなんて初めてだよ」
私の視線からルナさんを隠すように立ち上がるシンシアさん。
顔も見たくないってことだろうか。そこまで怯えさせるつもりはなかったんだけどなぁ。
「まあ、そういうわけだ。命令によっては今すぐ守らせるって言うのは無理かもしれんが、聞くだけなら俺が代わりに聞くぞ」
「そうですか。では言わせていただきます」
私が望むのは今後一切エルに危害を加えないと約束することだ。
もちろん、殺すのは絶対ダメだし、追い出そうと働きかけるのもダメ。エルに関する行動の一切を封じる。
もちろん、これはルナさんに対してだけ働くものだ。褒められたことではないとはいえ、他のメンバーがエルに手を出す可能性もある。
だけど、そこは彼らも有名冒険者だ。そのような不義理を働けば、一気に信用を落とすことになる。
まあ、そもそも私の決闘を受けた、というだけでも信用落ちてると思うけどね。端から見たらただの学生を相手に決闘を受けたわけだから。
普通なら、私の申し出など軽く流して子供の戯言と笑って許すくらいの気概を見せてやらねばいけないところ。そこらへんはルナさんが単純で助かったと言えるか。
「わかった。今後ルナにはエルに攻撃しないと約束させよう。みんなもそれでいいな?」
「いいもなにも、それが決闘のルールなのです」
「仕方ないよ」
これで少なくともルナさんは封殺しただろう。
もし仮にルナさんが信用も何もかなぐり捨てて約束を破り、エルに危害を加えようものならその時はもう容赦しない。殺すこともいとわず殲滅するだけだ。
まだ完全に安心することはできないとはいえ、とりあえずの最大に脅威を排除できたことにほっと胸を撫で下ろした。
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