第二百二十一話:大きな反響
会場内は阿鼻叫喚の地獄と化していた。突如現れた魔物にある者は悲鳴を上げ、ある者は逃げまどい、多くの観客が混乱の渦に巻き込まれた。
それは審判も同様で、魔物が現れた時点でフィールドから逃げ出しており、最終的に私が魔物達を消すまで戻ってくることはなかった。
警備の人達はおっかなびっくりと言った様子で私を囲み、それを観客の冒険者が飛び出して制止し、言い争いに発展する。
正直、ここまで大事になるとは思っていなかったのでこの結果にはびっくりだ。
混乱のまま幕を引き、優勝者なしで終わるなんてことになったら決闘の結果がうやむやになってしまうと思い少し焦ったが、観戦に来ていた王様が取りなしたことで事なきを得た。
ただ、逃げ出した観客への謝罪や転ぶなどして怪我した観客に対する治療費などは私が持つことになり、優勝賞金から引かれることになった。
まあ、それくらいは仕方ないだろう。闘技場では魔物との戦いの催しもあるとはいえ、今回は完全に不意打ちだった。勝ちにこだわって観客への配慮をしなかった私のミスだ。
ちなみに、ルナさんに関してはすぐに治癒魔法を施しておいたから命に関わるようなことはない。せいぜい、二、三日皮膚の痛みに苦しむだけに留まるだろう。少しはお灸をすえた方がいいと思っていたからちょうどいい。
閉会式も無事に終わり、こうして前代未聞の大騒ぎとなった闘技大会は幕を閉じたのだった。
闘技大会も終わり、夏休みに入る。ルナさんがまだ再起不能だから決闘の約束はまだ達成されていないとはいえ、あれだけ派手に勝ったのだから私の勝ちと思っていて問題ないだろう。
後日、回復してから約束は遂行させるとして、それまではのんびりさせてもらおう。……そう思っていたのだが。
「ぜひとも我が国へお越しください!」
「あの魔物は一体何なのですか!?」
「きゃー! ハクさん抱いてー!」
……と、ひっきりなしに客が訪れてゆっくりするどころじゃなかった。
まあ、各地から強者が集う闘技大会だから当然他国の人もそれなりにいる。中にはわざわざ闘技大会を観戦に来た貴族達もおり、彼らからの勧誘が殺到したのだ。
その他にも、あの魔物の出現原理を知りたい研究者気質の人や、単なる私のファンなどがどさくさに紛れてやってきて学園側も対応が追い付かず、学園に通された何人かを私が直接対応することになった。
で、それだけならまだいいのだが、私をこの国に置いておきたい王様を始めとした派閥の貴族達がそれらを牽制して険悪なムードになったり、学園の制止を無視して無理矢理会いに来て私を攫おうとして来たりと散々なことになった。
町では私のことを『七色の魔術師』とか『氷の仮面の猛獣使い』とか色々呼んでおり、町の噂を独占している。
自業自得とはいえ、ここまで大事になるのはちょっと勘弁願いたかった。私はただ、普通に暮らしたかっただけなんだけどな……。
「疲れた……」
「お疲れ様です」
今日も来客を捌き終え、寮へと戻る。
ベッドに突っ伏していると、エルがお茶を入れてくれた。
「まさかこんなことになろうとは」
「いや、あれは誰でも驚くと思うぞ? 竜って凄いんだな」
二段ベッドの上で寝そべっているサリアがクッキーをつまみながらそう零す。
一応、あれは竜の力とかは関係なく、ただの魔力のごり押しなんだけど、この魔力はほとんど竜の力の恩恵だし、竜の力と言えなくもないのかな?
ルナさんが言っていたけど、参考にしたのは召喚魔法で、魔石に刻印魔法の魔法陣を彫り込むことにより一個の魔法とし、起動時の魔力を吸わせることによって疑似的な生物を作り出す、というようなイメージで作ったんだけど、そもそも召喚魔法自体がマイナーであり、使える人はほとんどいないらしい。
それに召喚魔法が使えたとしても基本的に一度に呼び出せる魔物は一体だけ。多くても二、三体であり、七体も同時に召喚するのはよほど魔力に自信がなければ不可能なのだそうだ。
まあ、うん、正直やりすぎたとは思ってるよ? でも、相手は転生者だしどんな隠し玉を持っているかわからない。だからこそ絶対に勝てるように策を練ったつもりだったんだ。
というか、歴史で習った勇者ならあの状況でも覆せた可能性もある。だから、同じ異世界人である転生者相手ならやりすぎってくらいがちょうどいいと思ったんだよ。
実際、魔物だけじゃ倒し切れなかった疑惑があるし。
「夏休みだけど、これからどうするんだ?」
「どうすると言われても……」
今や王都で私の事を知らない人はほとんどいなくなってしまった。
ある者は恐怖を、ある者は尊敬の念を抱き、ひとたび町をうろつけば騒がれる毎日。
ギルドではAランク冒険者になるための試験を勧められ、宮廷魔術師であるルシエルさんからは魔法の原理を追及され、学園では握手だのサインだのを強請られ、心休まる場所がどこにもない。
これから二か月近くをここで過ごすのはちょっと勘弁願いたかった。
「でしたら、これを機に竜の谷へ赴いてみては?」
「あー、なるほど……」
元々、エルは私のことを連れ戻すためにやってきた。竜の谷には私の本当の両親がおり、会いたがっているのだという。
私も一度くらいは会ってみたいと思っていたし、一度行っておけば転移魔法でいつでも会いに行くことが出来る。ちょうど長期休暇に入った今のタイミングはまさにうってつけとも言えた。
「でも、二か月で足りる?」
「飛んでいけば余裕ですよ」
「ああ、なるほど……」
竜の谷は相当な辺境にあり、そこに至るまでの道はなく、整備もされていない山を抜けていくほかない。別の大陸ということもあり、本来ならそれだけで一か月以上かかる道のりではあるのだが、私達には翼がある。
障害物も何もなく移動できるというのはかなり便利で、また竜状態ならばかなりの速度で移動できることから日程はかなり短縮できるのだとか。
改めて竜の規格外の身体能力を実感する。まあ、エルは配分を間違えて行き倒れるようなドジっ子みたいだけど。
「なら、ほとぼりが冷めるまでそっちに行ってようか」
「その方がいいだろうな」
「ありがとうございます! ハーフニル様もお喜びになるでしょう!」
まあ、私が消えたら消えたで知り合いに人が殺到しそうだが、私ほどではないだろう。
「でも、その前にルナさんとの約束を果たしてからね」
「ああ、あれですか。何なら私が叩きのめしてもよかったのですよ?」
「エルだとやりすぎそうじゃない?」
「やだなー。チャントテカゲンシマスヨー」
あ、これ絶対どさくさに紛れて殺すつもりだ。
確かにルナさんには色々とあれな言動でイライラさせられてはいるけど、別に殺すほどではない。いや、ルナさん自体は死んだところでどうでもいいとは思ってるけど、その後ろにいるのが面倒くさいからね。殺すのはダメだ。
あれから少し経ったし、そろそろ回復してる頃だろうか? シンシアさん達も監視をやめたのか近くにいないし、状況がよくわからない。
まあ、場所はわかってるから今度訪ねてみよう。そして二度とエルに手を出さないように言い含めないとね。
問題ごとが一つ片付き、いつぶりだかわからないけど帰省することになった。
今後の予定を考えながら、エルの入れてくれたお茶を啜っていた。
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