第二百二十話:切り札
肺の空気が一気に押し出される。息が詰まり、あまりの痛みに目がちかちかとした。
私は何とか空中で態勢を整え、足で着地する。
土煙が舞い、フィールドをわずかの間覆い隠す。
「出来るだけ傷つけたくなかったんだが、勝負を決めるにはこれしかなかった。許してくれ」
刀を鞘に納めた時のキンッという音が遠くから聞こえてくる。
どうやら結構な距離を飛ばされたようだ。思いっきり刀を振り抜かれた脇腹は未だに鈍い痛みを発している。
どうやら峰打ちのようだったけど、骨が折れているのかもしれない。とりあえず、治癒魔法をかけて回復を促す。
「急所は外したが、大丈夫だろうか……。審判、早く彼女に治療を」
「何を言ってるんですか。まだ終わってませんよ」
攻撃された影響で魔法はすべて解除されてしまっている。だけど、だからと言ってもう勝ったと思っているなら早計過ぎる。
本当ならこの隙に攻撃すべきなんだろうけど、審判が勘違いして試合を終わらせてしまっても困る。ここはちゃんとまだ戦えることを主張すべきだった。
土煙が晴れ、立っている私の姿を認めると、ルナさんの顔は驚愕に染まっていった。
「なっ!? あ、あれを受けてまだ立てるのか!?」
確かに、これを普通の子供が受けたらとっくに気絶しているだろう。下手をすれば死んでしまっているかもしれない。
でも、私は生憎普通じゃない。竜の力によってもろもろの能力を底上げされた状態だ。だから多少の攻撃ではびくともしないし、回復力だってかなり高い。
すでにわき腹の痛みは引いてきている。一撃で昏倒でもさせない限り、私を倒すことなんてできない。
「だが、もうすでに限界のはず。魔力だって残り少ないはずだ。もう降参した方が……」
「寝言は寝てから言ってください。私はあなたに勝つまで倒れるつもりはない」
ふと手元を見ると、真っ二つに折れたロッドが目に入った。
どうやら、私は無意識のうちに防御を試みていたらしい。その結果、まともに攻撃を受けたロッドが折れてしまったようだ。
正直、あの威力にロッド一枚を間に挟んだところであまり意味はなかっただろうが、一応は私の身体の防衛力を褒めるところだろう。
「もう出し惜しみはなしです。全力で行かせてもらいます」
私は折れたロッドを放り捨て、懐から魔石を取り出す。
この魔石は普通の魔石とは異なり、表面に刻印が施されている特別製だ。アンジェリカ先生に借りた道具で密かに設えたこれがここで生きてくる。
魔力残量的にはまだ半分以上の余裕があるが、これは魔力タンク的な意味合いではなく、大きな魔法を発動させるためのキーのような存在だ。
起動のための魔力を流し、即座に握りつぶす。砕けた魔石の魔力片は周囲にばらまいた魔石に宿り、そこに刻まれた魔法陣を活性化させた。
その瞬間、轟音と共にフィールドを数多の色の柱が覆いつくす。それらは天高く登ると同時に形を変え、やがて巨大な生物へと変容していった。
「こ、これは……!?」
まだ余裕のありそうだったルナさんの顔が青ざめていく。
それはそうだろう。なぜなら、フィールドには巨大な七体の魔物が出現していたのだから。
「これが私の本気です。あなたにこれが止められますか?」
自分でもびっくりするくらい底冷えした声で告げると、七体の魔物はいっせいにルナさんに襲い掛かった。
この魔物、もちろん本物の魔物というわけではない。正体はただの魔石であり、それを核として作り出した疑似生命だ。
魔物は基本的に生殖行動によって生まれるものだが、例外もある。その一つが、魔石の変質によって魔石が意思を持ち、魔物に変じるパターンだ。
生まれ方としては精霊の生まれ方にも似ている。意思が宿った魔石は長い時をかけて体を形成し、やがて一体の魔物へと変貌する。
だが、この出現パターンは極めて稀であり、特殊な環境下に置かれた魔石でないと発生しえない。
例えば、様々な属性が入り混じった空間にあったとか、純粋な魔力に晒され続けたとかそういったものだ。
こうして生まれる魔物は総じて強くなりやすく、ネームド指定を受ける魔物も多い。
この魔物はその方法を疑似的に再現し、魔力によって強引に体を再現したまがい物。しかし、ただのまがい物と侮るなかれ。これらの魔物は空気中の魔力を吸いつくし、どんどん成長していく。
それはスポンジに水を吸わせるが如く、時間が経てば経つほど強くなっていくのだ。
強さで言えばB~Aランク級。このまま成長を続ければもっと。
もちろん、体は魔力で強引に作り出したものだからとても脆い。だけど、魔力でできているからこそ、魔力で成長する彼らはすぐにそれらを再生することが出来る。
撃破するためには内部にある魔石を砕く。それか私が術式を崩壊させてやればすぐに消えてなくなる。
転生者であり、竜をも倒したことがあるAランク冒険者ならそれぞれ単体なら容易に対処できるだろう。だが、今回は七体同時。果たしてどこまで持つかな?
「召喚魔法!? にしても七体同時など聞いたことがないぞ!」
火の狼が燃え滾る牙で噛みつき、水の蛇がその巨体で退路を塞ぎ、土の亀が頑丈な甲羅で攻撃を弾き、風の鳥が強風で体勢を乱す。
光と闇の兄弟は相反する属性で視覚を混乱させ、氷の竜は冷気によって動きを鈍らせていく。
一体を斬り伏せてもすぐに次がやってくる。そして、その一体もすぐに再生する。
空気中に魔力がある限り再生は終わらない。それに、仮になくなったとしても私から魔力譲渡することもできる。
状況的には先程の三重攻撃陣に似ているだろう。しかし、いくら単調とはいえ動く魔物が繰り出す攻撃は単純に見切って避ければよかった先程の状況より遥かに悪い。
しかし、これだけで倒せるとは思っていない。私なら対処できるし、避けにくくなったとは言っても迎撃できないわけではない。
だからこそ、八体目である私が引導を渡す。今度はウェポン系魔法なんてものでは済まさない。半殺しにするくらいの威力で行く。
「雷よ……」
この状況下なら魔法陣を斬られる心配もない。上空に出現させた魔法陣から純粋な雷の力を解き放つ。
「なっ……!」
恐らく持っているであろう先読みのスキル。あれがあれば私が何をしようとしているのかはわかっただろう。
いくら七対一という状況下とはいえ、たった一発放った程度の雷なら避けるなり斬るなり出来るはず。
だから私は飛び出した。雷の落下地点に。ルナさんの懐に。
「あぁぁあああああ!?」
ルナさんは雷を避けなかった。避けたら私に当たるからだ。
ルナさんの言動は余裕に満ちた上から目線ではあったけど、常に私のことを心配してくれていた。だから、私が自爆覚悟で攻撃すると知れば、きっと避けないだろうと思った。
もちろん、私に自爆する気なんて全くなく、ちゃんと当たらないように位置は気を付けていたし、当たったとしても防御魔法があったから何の問題もなかったのだけど。
それに、私を庇わなかったとしても、その時は私が直接攻撃するだけだ。いくら先が読めても、バランスを崩して迎撃もままならない状態で絶対に避けられない攻撃を受ければ対処しようもないのだから。
「あ、ぐ……」
がくりと膝をつくルナさん。
収束系魔法によって一点に集められた範囲攻撃は例え分厚い鉄の板だろうと貫通する。
まあ、それだと脳に甚大なダメージを与えてしまうから雷の特性を利用して体表にエネルギーが流れるようにし、大きな火傷程度で済むようにはしたけどね。
装備は黒焦げになり、隙間から覗く肌は蜘蛛の巣状の跡が残っている。その跡は全身におよび、とてもではないが冒険者稼業が続けられるようには見えなかった。
「私の勝ち、でいいですよね」
「……」
ルナさんは私の問いに答えることなくその場に倒れ伏す。
エルを賭けた決闘はこうして幕を閉じた。
感想ありがとうございます。