第二百十九話:何でも斬れる刀
ルナさんは軽く構えを取ったまま動かない。どうやら先手は譲ってくれるようだ。
私はルナさんの周囲に素早く魔法陣を展開し、水の槍を作り出していく。
ルナさんならばこれでも恐らくある程度は対処してくるだろう。槍にしたのは少しでも時間を稼ぐためだ。多少なりとも隙になってくれればいいが、まずは小手試しだ。この一撃でどの程度まで対応してくるかを見切ってみせる。
ほんの一秒ほどの時間。即座に展開された魔法陣から水の槍が生成され、360度すべての方向から降り注ぐ……そのはずだった。
「……はっ!」
ルナさんは水の槍が生成されるよりも早く動き出すと、あろうことか魔法陣を切り伏せてみせた。
それにより、一部の魔法陣は効果を失い消滅する。遅れて撃ちだされた水の槍は切り開かれた一点から容易に回避され、当たることはなかった。
「魔法陣を、斬った?」
魔法陣は斬れるものではない。あれは魔力の具現ではあるが単なる印であり、たとえ刀で斬ったとしてもすり抜けるだけのはずだ。
魔法に対して威力を軽減したり効果を受けなくしたりする魔道具や魔法武器はあるが、魔法陣そのものに対して効果を及ぼすなんて聞いたこともなかった。
若干動揺しながらも即座に第二陣を作り出す。今度は並列に二列、極力隙間を減らして配置し一気に撃ち放つ。
しかし、それも軽くいなされてしまう。今度は魔法陣を斬られることこそなかったが、水という変化に富む物質でできた槍を悉く真っ二つに斬り伏せていく様はさながら泥棒アニメに出てくる何でも斬れる刀を持つ剣豪のようだった。
「悪いが、私に魔法は効かない。魔術師のお前では勝ち目はないよ」
「ッ!?」
そう言って斬り込んでくるルナさんの一撃を間一髪のところで回避する。
すでに目に身体強化魔法をかけて回避する準備はばっちりだったが、それでもぎりぎりだった。
なんというか、軌道がそれる。まるで私に刀が吸い付いてくるかのようにぎりぎりの回避になってしまう。
向こうも同じことをしているからついてきている? これは、出し惜しみはしてられないね。
即座に足にも身体強化魔法をかけ、速度を上げる。これにより、若干ではあるが剣筋が遠のいた。
大丈夫、まだ避けれる。
「む、これも避けるか。どんな反射神経をしてるんだ」
「そっちこそ、どんな切れ味してるんですか」
深追いはせず、ルナさんは一度距離を取る。
魔術師を相手にするならさっさと接近して魔法を撃たせないようにするのが普通だが、その手は取らないようだ。
まあ、一撃で倒すのがお好みみたいだからそのせいかもしれない。
少し休憩を取れたのはいいが、さてどうしたものか。
まさか魔法陣まで斬ってくるとは思っていなかったから不意打ちが出来ない。
多分、あれは何かしらのスキルだろう。距離を取って放てば魔法陣が斬られることはないけれど、魔法自体が斬られてしまう。
だけど、斬られてしまうだけならまだやりようはある。ちょっと攻め方を変えてみよう。
「貫け」
私がロッドを縦に振るうと、ルナさんの足元に魔法陣が形成される。
いくら切れ味が良くても、人が振るう刀である以上は可動域は決まっている。地面に作り出された魔法陣を斬るには地面を斬らなくてはならないからだいぶ斬りにくいだろう。
案の定、今回は斬ることはせず、即座に飛びのいて躱した。先程までルナさんがいた場所に土でできた槍が聳え立つ。
「土魔法も使えるのか。少し厄介だな」
「まだまだ行きますよ」
立て続けに足元に魔法陣を作り出し、土の槍を突き立てていく。
悲しいほどにかすりもしないが、まあ、別にいい。当たればラッキー程度にしか思っていないし、本当の狙いは別にある。
私の手に握られているのは魔石。それを槍の合間を縫ってフィールドにばらまいていく。
これは布石だ。使わないのが一番だけど、最悪の場合はこれに頼ることになる。
「やっぱり土じゃ速度が足りないか」
おもむろにロッドを振り上げ、今度は上空高くに魔法陣を形成する。
準備はある程度整った。今度は攻撃に転じよう。
もし、相手が私と同じようなことをしている場合、その弱点は速さだ。
いくら見えていても避けられないほど速ければ避けようがない。だから、目一杯速度に振った魔法を撃ちこんでやれば隙ができるはず。
私がロッドを振り下ろすのと同時に魔法陣から雷の矢が放たれる。
雷魔法の速度はどの魔法にも引けを取らない。その速度はお姉ちゃんの高速戦闘よりも速いのだ。
しかし、ルナさんもやはり手練れ。一発は軽く避けられてしまう。だけど、この速さに何回も付いていけるかな?
私は立て続けに雷の矢を落とす。それに合わせて、土の槍も継続して突き立てていく。
空と地上、両方からの攻撃にさすがのルナさんも避けるのが間に合わず、何個かは切り伏せて対処するようになってきた。
「別属性の魔法を同時展開だと!? そんなことできるわけが……」
「お喋りなんてしてる余裕あるんですか?」
私はさらに水の槍を追加してやる。空、地上、中空からの三重の布陣だ。
まだ上級魔法は使っていないが、普通だったらすでに試合が終わっていてもおかしくない。
しかし、ルナさんは若干汗を浮かべながらも捌き切っている。それはぎりぎりで対処しているというよりは、余裕を持って対処しているように見えた。
こんなことされた私だったらすでに何度か被弾しているだろう。特に雷の矢だけならともかく、常に妨害されている状態で雷の矢が降ってきたら見てから避けるなんて不可能だ。いくら目に身体強化魔法をかけていたとしてもそんな時間はない。
まあ、だからこそ斬って対処しているんだろうけど、だとしても一度も被弾していないのは明らかに常軌を逸している。
……もしかして、【先を見通す者】って先読みのことかな? 千里眼みたいな近い未来が見えるとかそういう能力を持っているのかもしれない。
確かに、攻撃が来る前からわかっているならワンテンポ速く動けるからこの対処も可能、なのか?
もしそうだとしたら、とんでもないスキルだ。でも、それだけじゃないんだろうな。
転生者を相手にするのがこんなにも面倒だとは思わなかった。今度からは気を付けよう。
でも、この状況、果たして打開できるのだろうか?
この三重の魔法の中、相手は攻撃を捌くので精一杯。セオリー通りなら私の魔力が尽きるまで耐えるというのが普通なんだろうけど、今回の私は魔石まで準備して魔力切れの心配はほぼ皆無だ。
どう考えても先にルナさんの体力の方が尽きる。いくら凄い力を持っていても、人間なのだからいつかは疲れてしまうだろうから。
本当ならもっと直接的な止めを刺したいところだけど、心を折るという観点ならこれでも十分効果的だろう。私は勝ってルナさんを引かせることが出来ればそれでいい。
ばらまいた魔石は使わないで済みそうだな。
試合を決めようと雷の矢の数を増やす。私の読み通りなら、これで対処が間に合わなくなるはずだ。
降り注ぐ雷の矢。しかし、それらはルナさんに当たることはなかった。もちろん、斬られたわけでもない。
なぜなら、次の瞬間には目の前にルナさんが出現し、すべて空振りに終わったのだから。
「なっ!?」
「すまない」
わき腹に叩き付けられた重い感触。それが刀による一撃だと気づいた時には、私は遥か後方へと吹き飛ばされていた。
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