第二十五話:不測の事態
街を通り、いつも出入りしている門とは反対側の門までやってくる。封鎖の影響なのか、門番の数が多いように見える。
代表でリリーさんが門番に事情を話すと、封鎖されていた門が開かれた。
門の先に広がっていたのは見晴らしのいい街道。左側には森が見え、そこから来たと思われる魔物達が街道にたむろしている。ゴブリン、ホーンラビット、フォレストウルフ、オーク。多種多様な魔物が勢揃いだ。
「よし、前衛共は俺に付いてこい。手近な奴を片っ端からぶっ飛ばす。他の奴らは打ち漏らしの処理と俺達の援護だ。間違っても俺達に当てるんじゃねぇぞ」
「せいぜい隙を見せないことね」
「はんっ! 自信がねぇなら隅っこで指でもしゃぶってろ三下」
打ち合わせの結果、私は後衛を担当することになった。まあ、前衛に出されても困るけど。
今回のパーティの中で最もランクが高いのはロランドさんとリリーさん達だったので必然的に彼らが指揮を執ることになったのだが、ご覧のありさまだ。
こんなので大丈夫なのかなぁ。他の冒険者達も不安なのか少し表情が暗い。でも、中にはやる気に満ち溢れている者もおり、絶対に守るんだと意気込んでいる。
「よし、お前ら、行くぞ!」
小競り合いも終わり、ロランドさんの掛け声で冒険者達が突っ込んでいく。
今回、Eランクは私だけで、他はほとんどがDランク冒険者だった。Dランクはある程度依頼に慣れてきて、より難度の高い討伐依頼を受け始める頃合い。まだ動きに粗はあるものの、慣れた動きで次々と魔物を屠っていく。
特に先陣を切っていったロランドさんは言うだけはあり、身の丈ほどもあるハンマーで獅子奮迅の活躍を繰り広げている。
リリーさんも負けず劣らず、素早い動きで魔物を翻弄し、着実に数を減らしていっている。
これ、私いなくても大丈夫そうな気がするなぁ。
一応、打ち漏らした相手や一人では対処できなさそうな大物を狙って倒してはいるけど、正直いらない気がしないでもない。
「ハクさん、でしたよね。怖くはないですか?」
時折抜けてくる敵を黙々と倒していると、私に話しかけてくる人がいた。
振り返ると、そこにいたのは水色の髪の童顔の女性。ソニアさんだ。
魔物の間引きもだいぶ済み、余裕ができたからだろう。持っていた杖を下ろして私に目線を合わせるようにしゃがみこんでくる。
「別に、怖くはないです」
「そう? 辛くなったらいつでも言ってくださいね」
まあ、全然怖くないと言われたらそうでもないけど、少なくとも今は怖くない。実力差は歴然で、前衛の人がほとんど押さえてくれるのだから今はただの的当てゲーム状態だ。
これが全員私に向かって牙を剥いてくるというのなら話は別だろう。いくら魔法があるとはいえ、精神がついていかなければ意味がない。
「ハクさんは、リリーさんのことどう思います?」
「どうと言われても……」
私とリリーさんはそんなに接点があるわけではない。会ったのだって二回程度だ。それでどうと言われても反応に困る。
まあ、悪い人ではないと思う。Cランクってことはそれなりに実力もあるんだろうし、現に今も目の前で活躍している。第一印象は勧誘の猛ラッシュのせいで薄れてしまっているけど、今見る限りではそこそこいい人、かなぁ。
「悪い人ではないと思います。でも、どうしてそんなことを?」
「ああ、いえ。以前パーティに勧誘した時に断られてしまったと少し落ち込んでいたんです。だから、どう思っているのかなと」
なるほど。あの時は鬱陶しかったから適当にあしらっただけなんだけど、落ち込むほどだったのか。
うーん、パーティねぇ……。どうせパーティを組むならせめてアリアを認めてくれる人じゃないと困る。私が今一番大事なのはアリアだからね。アリアに手を出すような奴と組むなんて願い下げだ。
「パーティの勧誘の件については、やっぱりだめですか?」
「すいません。今はまだ何とも……」
「おい! なんだありゃ!?」
唐突に響いた声にばっと顔を上げる。
先程まで戦闘を繰り広げていた前線はさらに遠のき、逃げる魔物を追うように森に近づきつつあった。しかし、何か様子がおかしい。
魔物を抑え込んでいるはずの冒険者が何かから逃げるようにこちらに走ってくる。まるで何か恐ろしいものでも見たかのように必死の形相だ。
いったい何が?
私はとっさに身体強化魔法と探知魔法を発動させる。強化された視力によって森の先を見通そうとしたところでそいつは吠えた。
「オオオォォォオオオォォ!!」
それはかなりの巨体を誇っていた。身長は優に2メートルを超え、全身赤褐色の身体には無数の傷が刻まれている。片手に棍棒を持ち、頭部から角を生やすそれは私も見たことがない魔物だった。
「オーガだ! オーガが出たぞ!」
悲痛な叫びが聞こえてきた。それは巨大な棍棒を振り回し、周囲の魔物を散らしながらこちらに迫ってくる。運の悪いことに、それは一匹だけではなかった。
先頭を切るオーガに続くように二体、三体と森から出てくる。合計五体のオーガはかなり足が速く、逃げ惑う冒険者に見る見るうちに肉薄していった。
「危ない!」
「くっ!」
気が付いたら走り出していた。とっさに足に身体強化魔法をかけ、跳ぶように距離を詰める。
「あ、あぁ……」
一人、狙いを定められた冒険者はどうやら腰が抜けてしまったようだ。倒れ込み、じりじりと体を引きずるように逃げるも無駄なあがき。オーガが棍棒を振り上げ、目の前の冒険者を叩き潰そうと振り下ろす。
お願い、間に合って!
迎撃による脚止めは不可能だと判断して思いっきり冒険者に激突する。魔力によるブーストのおかげか、その勢いによって冒険者は突き飛ばされ、オーガの一撃を回避することに成功した。
先程まで冒険者がいた場所の土は抉れ、むき出しの土壌が深く陥没しているのが見える。
あれをまともに食らったらひとたまりもないだろう。
「逃げて!」
突き飛ばした冒険者の状態を確認している余裕はない。即座に立ち上がり、逃げるように声をかけて素早く辺りを見回す。
五体のうち二体は最前線で戦っていたロランドさんとリリーさんの方に向かったようだ。倒れている冒険者を庇ってリリーさんがオーガと相対しているのが見える。ロランドさんの方は流石の豪腕というべきか、オーガと一騎打ちをしているようだ。
残り三体のうち一体は目の前にいる。残りの二体は……ッ!?
探知魔法によって感じた気配を察知してとっさに右に飛ぶ。すると、先程まで立っていた場所に棍棒が振り下ろされた。振り返ると、いつの間に回り込んだのか、二体のオーガがこちらを見ている。
か、囲まれた……!
まずい。いくら身体強化魔法をかけてもさすがにこいつらの腕力には敵わない。一体だけならまだしも、三体同時はきつい!
考えている間にもオーガ達は容赦なく棍棒を振り下ろしてくる。目にかけた身体強化魔法のおかげで何とか避けられるが、このままではまずい。
「はっ!」
考えている時間はない。とにかく数を減らさなければ。
使い慣れた魔法陣を展開し、目の前のオーガに向かって水の刃を放つ。しかし、命中こそしたものの、当たった瞬間弾けるように消え去ってしまった。
こいつ、水の刃が効かない!?
水の刃は所詮は初級魔法。これが効かないとなると、この魔物は少なくとも中位以上の実力を持つということだ。
となると、ウェポン系? いや、範囲系か? どうする、どの魔法なら……。
「うぐぅ!?」
考えが纏まらず焦っていると左腕に強い痛みを感じた。どうやら、棍棒が掠ったらしい。
少し掠っただけにも拘らず、体ごと持っていかれる強い力を感じ、危うく転倒しかけた。
腕を確認してみると、擦ったような傷ができ、血がたらりと流れた。
『ハク、落ち着いて。慌てたらだめだよ』
『アリア!』
じくじくと痛む腕の感覚にパニックになりかけたその時、頭の中にアリアの声が聞こえてきた。
そうだ、落ち着いて。一瞬でも気を抜いたら一発でお陀仏なんだから。
『いい? あいつの皮膚は特別硬いの。魔法の耐性も高いから生半可な魔法じゃ弾かれちゃうよ』
『じ、じゃあどうすれば』
『うなじを狙って。あそこなら比較的薄いから』
『わかった、やってみる!』
振り下ろされた棍棒を飛び退って回避する。
うなじを狙う。弱点はわかった。後はどうやって狙うかだ。
オーガだってそこが自分の弱点だとわかってるはず。素直に背中は見せてくれないだろう。
だったら……!
「せいっ!」
振り下ろされる棍棒を潜り抜け、地面を殴るように思いっきり手を叩き付ける。裂帛の気合と共に放たれた魔法は地面を伝い、オーガの足元で一気に隆起した。
足裏からいきなり突き出した土の柱によってオーガはバランスを崩す。
ここがチャンス!
跳躍魔法で一気に背後へと回り、露出したうなじに向かって手を伸ばすと、一気に魔法を発動させた。
魔法陣から現れた無数の水の剣が容赦なく振り抜かれ、オーガの頭と胴体を分断する。
ずぅんと重い音を立てて一体のオーガが崩れ落ちた。
「よし、後二体!」
続いて二匹目も同じように地面を隆起させてバランスを崩させる。しかし、一体目の死を見て学んだのか、倒れまいと踏ん張っているようだ。
もう一度同じことを試みるが、結果は同じ。どうやら簡単にはやらせてくれないらしい。
それなら……!
私は二重魔法陣を展開し、無数の水の矢を生成するとオーガの足元に向かって斉射する。
その間にも棍棒の横薙ぎが飛んでくるが、跳躍魔法で避け、すべての矢を撃ち尽くす。
これで準備はおっけ―。
「転べ!」
再び地面を隆起させる。その方法は学んだと言わんばかりにオーガは踏ん張るが、そこの地面は大量の水の矢によって泥沼状態だ。踏ん張りが利くはずもない。
足を滑らせ派手に転倒したオーガに肉薄すると、水の剣でそのうなじを両断した。
後、一体!
そう思って顔を上げた時に気が付いた。残りの一体がいない。
即座に探知魔法を頼りに気配を探る。だが、それよりも前に声が聞こえてきた。
『ハク! 左だ!』
振り向いた時、目に映った光景はオーガが棍棒を振り下ろそうとする瞬間だった。その先には先程逃げた冒険者とソニアの姿。
なんでまだあんな所にいるんだとかなんでソニアさんがこんな近くにいるんだとかなんでオーガは私を無視してそっちを狙ったのだとかそんなことを考える前に体が動いていた。
『ハクッ!?』
目一杯魔力をつぎ込んで跳躍魔法で飛び出し、オーガの股を抜けて回り込むと、その棍棒を受け止めた。
なんで受けようと思ったかなんてわからない。もっと最善の策はあったんじゃないかとも思った。でも、あの一瞬では二人を守らなきゃということしか考えつかなかった。
クロスさせた腕から骨が軋む音がする。とっさに張った防御魔法でも豪腕によって振り下ろされた棍棒は相殺しきれるものではなく、ミシミシと音を立てて折れていく。
痛い痛い痛い痛い!!
痛みを紛らわすように魔力の出力を上げる。でも、一度折れてしまった骨は容易に砕け、神経が痛みを伝えてくる。
「ああああああ!!!!」
強大な力によって押し込まれる棍棒が顔に迫ってくる。
抑え、きれない……!
「ハクちゃん!」
諦めかけたその時、カシュッと鋭い音と共に腕にかけられていた荷重がなくなった。静かに倒れ伏すオーガ。その背後には、息を切らせた様子のリリーの姿があった。
その姿を見て、がくりと膝をつく。腕はもはや感覚を持たず、動かすこともままならなかった。
とても痛いはずなのに、どこか遠くの事のように感じる。
「ハクさん、しっかりしてください!」
「ソニア! 早く治癒魔法を!」
「は、はい!」
もう限界だった。
慌ただしく指示を出すリリーさんの声を聴きながら、私はそっと意識を手放した。
パソコンが戻ってきたのはいいのですが、ファンが何度もうなりを上げていてほんとに大丈夫なのか不安になります。また壊れないといいのですが。