第二百十八話:決勝戦開始
翌日。以前はお姉ちゃんとかミーシャさんとか強者揃いだったけど、今年はそこまで苦労することはなかった。
私の能力が向上しているというのもあるけど、いつも大会上位に参戦してくる高名な冒険者とかはルナさんに潰されるか私に跪くかといった様子でほとんど勝ち上がっておらず、また棄権も多かったことから残ったのは普段はあまり出てこない見習い騎士とか鍛冶屋のおっちゃんとかそこらへんで、実力的にはあまり秀でていない人達ばかりだった。
おかげで準決勝でも何ら苦労することなく勝ち上がり、決勝戦へと進むことが出来た。
ルナさんの武器破壊によって敗退していくのはまだわかるけど、私に跪いてわざわざ負けに来ている人は何だったんだろうね。踏んでくださいとかなじってくださいとか要求も意味不明だし。
まあ、今回は助かったけどね。
ルナさんも当然勝ち上がり、決勝のカードは私とルナさんとなった。
三位決定戦が進む中、今一度ルナさんの戦闘能力を分析してみる。
非殺傷設定となっている斬れない刀で悉く相手の武器を破壊していくその絶技。一度目を凝らして相手の武器を見てみたが、明らかに叩き折ったというよりは切断しているような跡だった。つまり、非殺傷設定でいてなお相当な切れ味を持っているということだ。
何らかのスキルなのか類稀なる技術の賜物なのか、とにかくあの刀は真剣を相手にしていると思った方がいい。下手をすれば死ぬ、そんな代物だ。
さらに序盤に見せるあの回避能力。ほんの最小限の動きですべての攻撃を見切り、躱していくあの姿勢は私も見覚えがあった。そう、私がいつもやっている回避方法に似ている。
目に身体強化魔法をかけて反射神経をよくするっていう方法は一般的ではない。普通に身体強化魔法を掛けたらせいぜい目がよく見える程度だ。
でも、だからと言って他の人が全員使えないってわけでもないだろう。もしかしたら、私と同じような使い方を編み出している人もいるかもしれない。
もしルナさんがそうだとしたら、ちょっと厄介だな。一応、対処法としてはそれをしても対処できないくらい早く攻撃するという方法があるけど、どこまで通用するか。
【鑑定】も使ってみたが、魔法はそこまで得意ではないようだった。でも、称号に色々不穏なものがついていたから油断もできない。
【竜殺し】は予想通りだけど、【先を見通す者】とか【魔眼持ち】とか絶対何か関係してるでしょ。
わかっているのはそのくらい。流石に今までやってきたように先制で隙を作り出して一気に決着というわけにはいかないだろう。
でも、この時のために温存してきた魔石もある。魔力について心配する必要は全くない。いよいよとなれば、上級魔法で強引に決着に持って行くことも可能だ。
そうして考察しているうちに三位決定戦が終わりを告げる。ついに私達の出番だ。
一度深呼吸をし、呼吸を整える。大丈夫、落ち着いてやれば勝てるはずだ。
「ハク、頑張ってね」
「うん、行ってきます」
アリアに激励され、控室を後にする。
フィールドへと辿り着くと、ほぼ同時に反対側からルナさんが姿を現した。
初日から変わらぬ姿で、悠々と歩いてくるその姿は中々に貫禄あるものだった。
「ついにこの時が来たな。まさか本当に決勝まで上がってくるとは思わなかったぞ」
「当然です。あれだけの啖呵を切っておいて戦う前に負けてしまったらかっこ悪いでしょう?」
若干困惑しているルナさんの言葉に私は努めて冷静に返す。
私が前回大会で準優勝したっていうことは知っているはずだけど、信じていなかったんだろうか? それともまぐれとでも思っていたのだろうか。
私が王都に来てから打ち立てた冒険譚は意外とある。オーガ騒動に始まり、Aランク冒険者アグニスとの一騎打ちやギガントゴーレムの討伐、その他にもBランク級のを含め、数々の依頼をこなしている。
闘技大会準優勝はずるだから誇るべきことではないけれど、でも実力だけでも少なくとも四位にはなれていたのだからそんじょそこらの学生とは比べ物にならない。
恐らくそれらの情報を知っていながら困惑しているということは、話半分で聞いていたのかもしれない。まあ、こんな見た目だしね、仕方ないかもしれない。
「確認するが、本当に決闘するんだな?」
「ええ。勝者は敗者に何か一つ命令できるという一般的なルールです」
一般的に決闘とは今回のようにお互いの主張が通らない時に決着をつけるために行うものだ。
戦いの形式は純粋な力比べだったり、あるいはその人物の得意分野で競ったりとその時によって変わるが、大体は勝者が敗者に一つ命令できる権利を得ることになっている。
この際、勝負の行方を見守る見届け人が必要になるのだが、今回は審判他大勢の観客がいるので問題はないだろう。
「今更決闘をなかったことにしたいというわけではないが、本当にいいのか? こんな方法をとっても、お前には何の得もないんだぞ?」
「ありますよ。あなたの意見を覆すことが出来る」
もはやルナさんは勝ちを確信しているようだった。
よほど自信があるのか、それともただの慢心か。いずれにせよ、私を侮っていることに変わりはない。
「それは万が一にも私に勝ったらだろう? はっきり言うが、お前では私には……」
「勝てますよ」
「……なぜだ。なぜそこまで言いきれる?」
「家族の命がかかっていますから」
もし私が負ければルナさんはエルを殺すなり追い払うなりする許可を求めてくるだろう。
もちろん、許可を出したからと言ってエルが負けるとは思っていないし、最悪逃げ出すことくらいはできると思っている。でも、それをしてしまったら私は王都での暮らしを捨てなくてはならない。
いきなり現れたよくわからない集団のために今の生活を手放す気は毛頭ないし、エルにちょっかいを掛けられ続けるのも望んでいない。
だから、ここで絶対に勝っていうことを聞かせる。エルのためにも、私のためにもね。
「……あの竜でなければだめなのか? お前にとって、家族はあの竜だけなのか?」
「そんなことありませんよ。お姉ちゃんだっていますし」
「ならば! あの竜がいなくなっても、いいのではないか? もしなんなら我ら聖教勇者連盟で君を保護してもいい。私達が君の新たな家族に……」
「いい加減にしてくれますか?」
表情こそ変わらないが、私の内心ははらわたが煮えくり返りそうなほど高ぶっている。
他にも家族がいるのだからエルはいなくなってもいい? 私達が新たな家族になる? 冗談じゃない。
「あなたは自分の親を殺した相手と家族になれますか? 親の代わりだと思えるんですか?」
「……そ、それは」
「もっとよく考えて発言したらどうです? じゃないと本気で怒りますよ」
今更ながらに自分の発言の意味を知ったのか、しどろもどろになるルナさん。
最初はクールビューティーな冷静沈着キャラかなとか思ってたけど、そんなことは全くない。ただの馬鹿だ。
「どうせ何を言っても無駄でしょうから、もう色々説得しようなんて思いません。この場であなたを完膚なきまでに叩きのめして私の要求を呑んでもらいます」
「……気が進まないが、戦うしかないようだな」
刀に手を宛がい、緩やかな構えを取る。
私もロッドを抜き、軽く振って構えた。
「りょ、両者準備はよろしいか?」
「ああ」
「大丈夫です」
私達の会話にただならぬ様子を感じたのか審判は冷や汗を浮かべている。
しかし、それでも自らの職務を思い出し、確認の合図を取った。
「それでは、決勝戦ルナ対ハク。試合開始!」
試合開始の鐘が響き渡り、戦いの火蓋が切られた。
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