第二百十六話:ルナの実力
準備している間にあっという間に時間は過ぎ、闘技大会当日となった。
大会は予選と本選に分かれていて、予選を勝ち上がった16人が本選へと進出する。
本来なら前回大会で優秀な成績を収めた者はシードとなって試合数が減るのだが、今回は学園として参加しているため普通に四戦することになる。
ちなみに、今回はお姉ちゃんは参加しないらしく、それにつられるようにしてミーシャさんも参加しないことにしたらしい。
あの人は優勝したいとかじゃなく、お姉ちゃんと一緒にいたいだけだから距離が縮まった今わざわざ大会に参加してちょっかい掛けようとする必要もなくなったようだ。
代わりと言っては何だが、リリーさんが参加するらしい。ソニアさんは魔術師のため見送ったようだが、リリーさんなら本選で当たることになるかもしれない。
時間に余裕をもって入場し、開会式に参加する。
ちらりと周囲を見てみれば、しっかりとルナさんの姿があった。
本気で潰すつもりならパーティメンバー全員で来るかなとも思ったけど、流石にそういうことはしないらしい。
あれはあくまで私とルナさんの決闘であって、他の人は関係ないからね。
じっと見ていると、あちらも私のことに気付いたようだ。しばし睨み合い、やがて視線を戻す。
そうこうしている間に開会式は終了し、一度控室に案内されることになった。
「しっかりやれよ」
「ああ、いわれるまでもない」
学園として参加したということもあり、控室には同じく学園から選出された学生が二人いる。
一人は剣術の授業を受けているのか剣を装備していた。もう一人は剣の代わりに杖を装備している。
どちらも学園で支給されるものではなく、それなりに質のいいものを持ってきているようだった。
闘技大会に参加する際に持ち込む武器についてはすべて学生が用意することになっている。私は学園支給のロッドしか持ってきてないけどね。
いや、一応【ストレージ】の中に王様からもらった杖は入っているよ。でも、今の私があれを持つとちょっと魔力が活性化しすぎて興奮状態になってしまうから使えない。便利な杖ではあるんだけどね。性能が良すぎた。
まあ、その代わりに魔石を大量に持ってきている。秘策も仕込んできたし、十分杖の代わりになるはずだ。
「じゃあ、いってくる」
「頑張れよ」
第一試合、学生の一人がフィールドへと向かっていく。
もう一人の学生も観戦するためか、その後を追っていった。
私も見に行こうかな? どうせ暇だし。それに、ルナさんの戦いを見ておく必要もある。
というわけで、学生君の後を追って観客席へと移動する。すると、ちょうど第一試合が始まる所だった。
学生君の相手は冒険者らしき男性。よくあるブロードソードを持った前衛戦士っぽい見た目の人だった。
両者剣を構え、試合が始まる。例年通りなら学生の方がぼろ負けする展開らしいのだが、今回は意外に善戦しているようだった。
学園で教えられている剣術は騎士が使うような対人戦に特化した技術だ。対して冒険者の剣術はどちらかというと魔物に対する技術であることが多い。
だから、パターンを掴めれば学生でも十分に立ち回ることが出来るのだ。
結局、最後は冒険者の方が足を取られ学生側が剣を突きつけて勝利することになった。
まあ、上々な滑り出しじゃない? 本選まではあと三勝しなきゃいけないけど、一勝できるだけでも十分に貢献したと言えるだろう。流石Aクラスなだけはある。
よく見れば、入場ゲート付近で学生君同士で拳を突き合わせている。控室の時も思ったけど、友達かなにかなのかな。
一緒に優勝目指そうぜ、みたいなノリなのかもしれない。私には見向きもしなかったのはちょっとどうかと思うけど、まあ、青春っぽくていいんじゃない?
まあ、そんな想いは儚く散り、もう一人の学生君は第一試合でぼっこぼこにされて負けましたけどね。
勝ち上がった方も続く第二試合であっけなく負け、学生組はいつも通りの予選敗退となった。
いや、私がいるから完全に敗退というわけではないか。
私の試合? 当然勝ちましたよ。秘策の魔石はまだ使わず、己の魔力だけで魔法を放って先制ワンパンってやつです。
なぜか相手の冒険者は私を見て歓喜の表情を浮かべていたり、魔法で攻撃したら避けることもせずに「ありがとうございます!」って言って鼻血出してたり、正直意味がわからなかったんだけど、まあ勝てたならいいよね?
さて、そんなこんなでルナさんの試合。相手は何とリリーさんだった。
リリーさんはBランク冒険者。レイピアのような細い剣を使った素早い戦闘が得意で、戦い方としてはお姉ちゃんの戦い方に似ている気がする。
それでいてオーガの首を一撃で両断するほどの膂力を持っており、攻撃力と回避力を備えた立派な戦士だ。
対して、ルナさんの得物は刀。余計な装飾などは見られず、機能性を重視したシンプルなフォルム。黒髪ということも相まって中々似合っている。
さて、どうなるかな?
両者が構え、試合開始の鐘が鳴る。先に動き出したのはリリーさんだった。
素早い身のこなしは以前見た時よりも速くなっているように思う。どうやらあれからさらに強くなっているようだ。突き出される鋭い剣筋は並の反射神経では対応できないだろう。
しかし、ルナさんは刀を抜くこともなく、それを容易に躱してみせた。
驚きの表情を浮かべるリリーさん。しかし、それも一瞬で、すぐさま畳みかけるように剣を繰り出す。
だが、やはり当たらない。まるですべて見切られているかのようだ。
しばしリリーさんの攻撃が続き、ルナさんは防戦一方。確かに反射神経は凄いが、なぜ刀を抜かないのだろうか。
そんな疑問を思い浮かべた時、戦況は動いた。
リリーさんが焦れて無理な攻めをしようとした瞬間、ルナさんは即座に刀を抜き、一閃。それと同時に、リリーさんの剣は真っ二つに折れた。
「なっ!?」
「そこまでだ」
剣閃は剣を折るにとどまらず、そのままリリーさんの首筋にピタリと吸い付いた。
少しでも動けば斬られる。誰の目から見ても、決着は明らかだった。
審判が試合終了の合図をする。ルナさんは静かに刀を鞘に納めると、何も言わずに去っていった。
後に残されたのは、呆然と立ち尽くすリリーさんだけだった。
「……なに、あれ?」
ルナさんはAランクの冒険者だ。だから、試合の結果はまだ納得できる。だけど、剣を折るのはよくわからない。
闘技大会では基本的に非殺傷のため、武器も魔法も刃となる部分に保護の魔法がかけられている。だから、たとえ剣で思いっきり斬られようが斬れることはない。
にも拘らず、剣を折った上で勢いを殺さず、刃を首筋に宛がうなんてことできるわけがない。
リリーさんの持っていた剣がなまくらだったというわけではないだろう。確かにあれは武器屋で売っている数打ち物かもしれないが、それでも意匠を見れば結構な品質のものだとわかる。よほどのことがない限り折れるなんてことはないと思う。
ルナさんが持っていた刀がよほど硬かったのだろうか。でも、刀は叩き切る武器ではなく、引き切る様な武器だ。力任せに当てたところで折れるとは思えない。
となると、何かの能力? ルナさんの持つ特殊な力が関係しているのだろうか。
なんにせよ、少し注意した方がいいかもしれない。
私はわずかに目を細めながら控室へと戻っていった。
感想、誤字報告ありがとうございます。