第二百十二話:成長しない体
魔石の変換に関してはテスト明けでいいということなので渡すのは休み明けということになった。
変換のための元の魔石を購入する軍資金として金貨一枚を貰ったが、安い魔石ならこれでも相当買えるんだけど、一体いくつ変換させるつもりなのだろうか。
まあ、別にいいんだけどさ。魔石の変換には魔力を使うけど、最近は有り余っているからむしろありがたいし。
ゴーフェンにいた頃も何回か発散するためにやらせてもらったしね。
ともかく、そういうわけで今すぐ街に出る理由がなくなってしまった。
今日は休みだが、もう数日後にはテストとなる。他の学生達も遊びに行くことはなく、皆授業の復習に費やしているようだ。
私はコツコツとやってきているので恐らく大丈夫だろうし、一緒に勉強しているサリアとエルも問題はないだろう。
授業でも既にテストの範囲は終えており、テストのために自習となることも多い。
だから、暇と言えば暇だが、遊びに行くのはちょっと弛んでるよね? っていうちょっと外に出にくい状況なわけだ。
別に街に用事があるわけではない。休みだからお姉ちゃん達に会いに行くだとか、ギルドで適当な依頼を受けるだとか、ショッピングするとかその時の気分でやりたいことは浮かぶけど、それも絶対というわけではない。
学園の中でもやることがないわけではないけど、みんながテストで浮足立っている今、勉強以外で何かしようというのも誘いにくい。結果、こうして寮でボーっと時間を潰すしかなくなるというわけだ。
いや、テストが近いなら勉強してればいいじゃんと思うかもしれないけど、何事にも気分というものがある。今日の私は勉強する気分ではないのだ。
「暇だなぁ……」
「暇だなー」
「暇ですねぇ」
私と一緒になってサリアもエルもぐでーっとしている。
こうしてグダグダとしているのはもったいないと思いつつも、じゃあ何をやるのかと言われたら迷ってしまうのはたまにある。
勉強は気分じゃない。本は大体読みつくしてしまった。眠気もないしお腹もすいてない。さらに地味に暑いのが思考力を下げる原因になっているのだろう。何もやる気が起きない。
「なぁハク、何か面白い話題ないか?」
「そんなこと言われても出てこないよ」
「だよなぁ」
「それでしたら、ハクお嬢様の生まれた時の話でも……」
「あ、それは遠慮するぞ」
エルの私自慢は結構な頻度で聞かされている。サリア以外にも、シルヴィアさんやアーシェさんを始めとした友達やエルに言い寄る男子など、私の話題を出した人には大抵話して聞かせているのだ。
もちろん、私が竜だということは伏せてある。エルもそこまで馬鹿ではない。だが、エルが生まれた時から世話をしているという話は広まってしまい、おかげで私が年齢詐称しているのではないかと疑われているのは納得できない。
エルは学園には16歳という体で入ってきている。私が現在12歳であることを考えると、エルは4歳の頃から私の世話をしているということになってしまう。
主従としての信頼を深めるために幼い頃から主に仕えさせるというやり方はなくはないけど、私の見た目の幼さも相まって私が年齢を偽っているということになってしまったようだ。
はぁ、なんでこんなに背が低いんだろう。どうせならお姉ちゃんみたいに高身長がよかったのに。おかげでみんなから子供扱いだ。
認めてくれているのは友達と先生方だけ。
「はぁ、早く大きくならないかな……」
「おや、ハクお嬢様はそれ以上成長しませんよ?」
「えっ……?」
きょとんとした様子でエルが首を傾げている。
え、ちょっと待って。どういうこと?
「ハクお嬢様の身体は人間と似てはいますが、本質は精霊のものだということはお話ししましたよね?」
「う、うん」
私の親は竜と精霊という珍しい組み合わせだ。そして、精霊は生殖機能を持たず、本来なら竜と精霊の間に子が生まれることはない。
しかし、両親は精霊としての肉体を作り出すことで器とし、それに意思が宿ることで無理矢理子供を作り出したのだ。
だからこの体は人間と非常に似てはいるけど、種族的には精霊、あるいは力を分け与えられた竜ということになる。
「本来であれば精霊の子となるのは妖精ですが、ハクお嬢様の場合はご主人様から竜の力を分け与えられていたこともあり、始めから精霊と呼べるだけの力を持って生まれました。そして、精霊は特定の形から成長することはありません。つまり、ハクお嬢様がこれ以上成長することはないのです」
「……マジで?」
「マジです」
「マジかぁ……」
それを聞いて私は項垂れるしかなかった。
成長期なのだからもっと背が伸びてもいいのにと何度も思っていたけれど、まさかそんな理由で成長できないとは思わなかった。
え、つまり一生この身長のままってこと? それは、ちょっと問題があるような……。
今はまだいいけど、数年もすれば周りも異変に気付くだろう。事情を知っている人ならばまだ納得してくれるかもしれないけど、そうでない人は成長しない私を見てどう思うだろうか。
いずれ私が人間ではないということがばれてしまうのではないだろうか。そうなったら、私はそのままその場所に留まることが出来るのだろうか。
せめてもう少し成長した姿ならごまかしも利くだろうに、なんでこんな子供の姿にしたんだろう。身体を作り出したというなら、もっと成長した姿として作り出してもよかったはずなのに。
性別が変わってしまっているというだけでもあれなのに、一生子供のままとかどうしろと……。
「大丈夫ですよ。ハクお嬢様の面倒は私が一生見てあげますから!」
「う、うん……」
いや、まあ、それは嬉しいんだけど、問題はそこじゃないんだけどなぁ。
ちらりとサリアの方を見る。出会ってからもうすぐ一年経つけど、結構背が伸びている。
サリアだけではない。アリシアは目に見えて背が伸びて胸も大きくなっているし、いつも会っているシルヴィアさんですらふと並んだ時にその差を実感することが出来る。
今まで目を背けてきたものを一気に叩き付けられたようで少し心が痛い。
「この先大丈夫かなぁ……」
学園での六年間すら無事に終えられるかどうかわからない。いや、案外大丈夫なのかな? シルヴィアさん達には怪しまれそうだけど。
いずれはこの国を出なくてはならない時が来るのかもしれない。でも、それをするには友達を作りすぎた。
幻惑魔法とか変身魔法でごまかして……いや、流石に無理があるよね。
「ハクが成長しなくても、僕はずっとハクの友達でいるからな!」
「サリア……ありがとね」
サリアの言葉が心に染み渡る。
私のことを本当の意味で理解してくれている人は少なくない。少なくとも、私は一人になることはないだろう。それだけが唯一の救いだ。
慰めるように頭を撫でてくるサリアに今は甘えることにする。
前向きに考えることにしよう。人が多い町であれば、多少おかしな人がいても気づかれにくい。理解者がいればそうした町で暮らすことも可能だと。
最悪となれば、人里離れた場所で静かに暮らすのでもいい。私が望めば、エルが竜の谷に連れて行ってくれるだろうしね。
そこで暮らしつつ、たまに友達に会いに行く。そんな生活でもいいかもしれない。
でも今は、あと少しだけ、この日常が続いてくれると嬉しいな。
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