第二百十一話:魔石変換の依頼
その後の授業も恙なく終わり、放課後となる。
いつもなら転移魔法の練習をするために寮に戻ることも多いんだけど、最近では自粛している。
転移魔法はまだ一人では不安なところもあるのでエルに手伝ってもらっているのだが、その場合エルを町の外に連れ出すことになってしまう。
もちろん、転移魔法で移動すればいつ外に出たかなんてわからないわけで、その隙を狙って何かするというのは無理かもしれないけど、やはり安全を考えるとエルには町の中にいて欲しい。
だから、最近では前と同じように研究室に通っている。ここなら、学園の中だから安全性は高いしね。
「それではまた明日」
「はい、また明日」
いつものようにエルに迫る学生を往なしつつシルヴィアさん達に別れを告げ、教室を後にする。
研究室に向かうのでミスティアさんとサリア、それにエルも一緒だ。しばらく研究室に顔を出す頻度が減っていたせいもあって、最近はミスティアさんの機嫌はいい。
でも、たまに変な薬を作っては治験を迫ってくるからそれは少し困りものだ。
以前大変な目に遭ったというのに懲りない人だと思うよ。
「おお、ミスティア君にハク君、それにサリア君にエル君も。よく来てくれた」
研究室にはすでにヴィクトール先輩がいた。
ミスティアさんも大概だけど、ヴィクトール先輩も負けず劣らず魔法薬への関心が深い。
研究室を訪れればいつもいるし、研究にも熱心だ。
ただ、運がないのかヴィクトール先輩自身が作り出した魔法薬は少ない。
別に発想が悪いとかそういうのではないと思うんだけど、まずやることが混ぜ合わせる素材の分量とか使う魔法の属性とかそういうのを何パターンも試して記録するところから始めるから結果が出るのが遅いのだろう。
逆に、ミスティアさんはあまり記録に拘らないから思いついたものから試していってその結果いろんな魔法薬を開発している。ただし、なぜその魔法薬ができるのかを詳しく検証するためには多くの記録が必要で、結果的に論文がまとまる時間はそこまで変わらない。
堅実派か感覚派の違いだろう。どちらも間違っているわけではないのでこの研究室には欠かせない存在となっている。
ちなみに、私はミスティアさんに近いと思う。もちろん、記録も取るけど、使いたい魔法で決めることも多いからね。
新しく入ってきたエルはサリアと同じくからっきし。魔法薬として成立させるための最小限の威力の魔法というのが難しいらしい。まあ、仕方ないか。
「こんにちは。成果の方はどうですか?」
「今のところ特には上がっていない。ただ、そろそろ夏休みに入るからな。領地に戻るがてら夏にしか取れない素材を採取してこようと思っているよ」
部屋には独特な臭いが充満している。
いつも薬草やらなんやらを磨り潰しているから部屋に匂いが染みついているというのもあるけど、磨り潰している時は余計にそれが強く感じられる。
ヴィクトール先輩が採取に出かけている時とそうでない時ではその差は歴然だ。一年の時に慣れたつもりでいたけど、最近になって竜化の影響で嗅覚まで鋭くなったせいかまた気になるようになってしまった。
嫌な臭いというわけではないけど、森の中にいるみたいになってちょっとむせそうになる。早く慣れないと活動に支障が出そうだ。
「ミスティア君はダンジョンに挑むんだったか?」
「まあねー。今の時期ならー、涼みに行けるしー」
ミスティアさんの実家があるヴァレスティン領にはダンジョンがあるらしく、休み中はたまに挑みに行っているらしい。
特に夏はダンジョン内がほどほどに気温が低いので暑さをしのぐのにちょうどいいのだとか。
ダンジョンは王都近くにある虫系の魔物が多いダンジョンしか知らないので機会があれば行ってみたいね。
「出来ればダンジョンの素材を取ってきてくれると助かる」
「初めからー、そのつもりだよー」
「そうだったか。それは失礼した。それで、ハク君は何か予定はあるのかな?」
「あ、いえ、特には」
以前はシルヴィアさん達の領地に招かれたけど、今年はどうするかまだ決めていない。
今回は余計な監視がついているのであまり外に出るわけにもいかないし、もし誘われたとしてもお断りするしかないのが心苦しいところだ。
それまでに何とか出来ればいいんだけど、やはり直接話を付けるべきだろうか?
今度、シンシアさん達に話がしたいと頼んでみるのもいいかもしれない。多分、会うだけなら会ってくれる気がするし。
「そうか。なら、もしよければ頼まれてくれないか?」
「なんでしょう?」
「ああ、実はな……」
ヴィクトール先輩が私に頼んだのは、簡単に言えば魔石の入手だ。
闘技大会が近いということもあって周辺の魔物の掃討が行われ、その結果魔石の流通が増えている。
しかし、王都周辺にいる魔物の魔石ではいわゆる特殊属性の魔石はあまりなく、在庫が心許ないのだとか。
もちろん、売っていないことはないのだけど、そうした魔石は総じて高く、あまり数を揃えることはできない。
そこで私の出番というわけだ。
「君は錬金術の授業で先生の助手を務めるほど魔石の変換が得意だと聞く。その力で、どうか特殊属性の魔石を生成してもらいたい」
魔石は変換することで別の属性にすることが出来る。そこらの安い魔石でも、変換さえできれば高価な魔石に早変わりするというわけだ。
もちろん、普通はそんなことできない。魔石の変換を行う錬金術師の中で特殊属性を持っている人は稀少だし、依頼するにも普通に特殊属性の魔石を買った方が安い場合もある。しかも、魔石の大きさによってはかなり時間がかかるし、場合によっては失敗して魔石が砕けてしまうこともあり得るので、安い魔石を買って変換しようなんて考える人はいない。
だけど、私はどういうわけか魔石の変換がかなり早い。そして、特殊属性もすべて持っている。私にかかれば、そんな無茶なこともできるというわけだ。
魔法薬作りに置いて魔石は親和性の高い魔法の属性を見極めるのに使用したり、特定の効果を強めたり弱めたりする時に使用したりと意外に使用頻度が高いので、特殊属性の魔法を使うなら必要になるだろう。
特に断る理由もなかったので、そのまま受けることにした。
「ありがたい。少ないが報酬も出そう。君は我が魔法薬研究会における希望の星だ」
「そんな大げさな」
別に特殊属性の魔石がなくても魔法薬が作れないわけではない。出たとこ勝負にはなるが、魔石がなくても特殊属性の魔法を使った魔法薬は作ることが出来る。
だからこれは単なる保険だ。あったら嬉しいが、無くても困ることはないという程度のもの。
それくらいなら片手間にできると思うし、別に報酬もいらないんだけどな。けど、先輩の性格上こういうことはきっちりしなくてはならないと言い張りそうなので特に反論することはしなかった。
「そうと決まれば次に研究するべき魔法をピックアップしておかないとだな。もちろん、その時には協力を頼む。特殊属性を使えるのは君達しかいないからな」
「任せてー」
ミスティアさんは光属性、サリアは闇属性、エルは氷属性、と確かに特殊属性がかなり揃っている。
本来、特殊属性はかなり貴重なもので、持っている人は少ないはずなんだけど、こうして集まっているのを見るとそうでもないのかなと思ってしまう。
ヴィクトール先輩こそが普通なのだけど、人数比を考えるとそう考えるのも無理はないよね。
そんな会話を交わし、今日も魔法薬の研究に明け暮れる。
研究している間は嫌なことも忘れられるのでついついのめり込んでしまうが、その辺りはエルがきっちり管理してくれるのが心強かった。
感想ありがとうございます。