第二百十話:合間の授業
今日の授業は魔法中心なのでエルとはしばしの間分かれることになる。
エルは竜であり、魔法は得意分野であるが流石にすべての属性が使えるというわけではない。エルの場合、使えるのは得意属性である氷属性と竜全般が使える空間属性、あとは氷属性と親和性の高い水属性が少々使えるだけらしい。
残念ながら私はいずれの属性の授業も受けていないので魔法の授業がある時は分かれて行動せざるを得ないのだ。
これにはエルもだいぶごねたようだけど、一応学生として学園に入ってきているため学園のルールには従う必要がある。私から諭してやって、ようやく受け入れてくれた。
「今はまだ復習を繰り返しているだけですから楽ですけど、後期に入って実戦練習が始まったら魔力のやりくりに苦労しそうですわ」
「今日みたいに一日に複数回魔法の授業があるとすぐに魔力切れになってしまいそうで少し怖いですわね」
最初に行うのは火魔法の授業。なので、シルヴィアさんとアーシェさんと一緒だ。
魔法の授業は基本的に一日一つか二つを目途に構成されているが、たまに今日のように三つ重なってしまう時がある。これは属性を多く持っている人であればあるほど陥りやすい状況で、私はまさにそうだった。
魔法の授業が重なってしまうと何がいけないかというと、シルヴィアさんの言った通り魔力のやりくりが難しくなる。
後に魔法の授業が控えているのに魔力をすべて使い果たすわけにはいかない。だから、後の授業も問題なく受けられるようにある程度使う魔力を考えなくてはならない。
もちろん、それを見極めるのは先生の仕事なんだけど、中には自分の授業に集中させたいあまり無理をさせてしまう先生もいる。だから、学生の方も意識して魔力をセーブしなくてはならないのだ。
人によって魔力の量はまちまちだけど、普通は三つも受けたら魔力切れ必至だ。私は竜化のおかげか魔力が有り余っているから問題はないけどね。
「ハクさんはよく平気でいられますわね?」
「まだおさな……いえ、私達と同い年なのにそんなに魔力が多くて羨ましいですわ」
「二人だって結構多いじゃないですか」
今幼いって言おうとしなかった? 確かに一年経っても身長全然伸びてないけど、一応同い年だからね?
シルヴィアさん達の魔力は同年代の子供と比べるとかなり多い。飛びぬけているというわけではないけど、十分優秀な部類に入るだろう。
それだけの魔力があれば二つ授業が重なる程度だったら余裕だと思う。
「ハクさんに比べたらまだまだ……」
「魔力は遺伝すると聞いたことがありますけど、ハクさんの親は魔力が多かったんですの?」
「それは……わかりませんね」
私は親の記憶がないから多いかどうかはわからないけど、竜の王と精霊の女王ならば多分多いだろうな。
それにこの体は人間寄りとはいえ精霊のものでもあるから魔力が多くなるのは当たり前だろう。精霊は魔力生命体であり、魔力が生命線なのだから。それに加えて竜の力まで持つとなれば、その量がけた外れになるのは想像に難くない。
むしろ、結構持て余していて適度に発散させてあげないと体が高ぶってしまう。地味に困っているんだよね。
ちなみに、最近ではエルも同じような悩みを持っているらしい。やっぱり、元の姿でないと落ち着かないのだとか。
人に化けられるとはいえ、竜が人に紛れて暮らすのは少し大変なのかもしれない。
「よし、お前ら、席につけ。授業を始めるぞ」
火属性魔法の授業を担当するクラウス先生が教室に入ってきて雑談が終了する。
授業と言っても、やっていることは本当に一年の時の繰り返しだ。
復習のための授業であるから教える速度は速いけど、正直ここまでくると退屈になってくる。
そう思っている学生は少なからずいるようで、居眠りをしている者や出席を取った後にこっそり抜け出す者もいる。
まあ、そういう人はBクラスに残ることはできないだろうけど、その道を選んだのはその人自身なので特に手助けしたりはしない。
今日も教えられる詠唱句をノートに書き写しながら授業が終わるのを待った。
「来週にはテストだからな。復習ばかりで退屈かもしれんが、これも立派な魔術師になるために必要なことだ。しっかり励めよ」
そんな一言を残し、授業が終了する。
これ、今はまだ一年の復習ということで初級魔法の詠唱句を中心に教わっているけど、学年が上がれば中級魔法や上級魔法にも手を出してくるんだよね。
正直、教科書に載っている詠唱句だけでもかなりの数に上るので、これらすべてを使いこなせるようになれと言われたら難しそうな気がする。
というか、冒険者の中でここまで広い範囲の魔法を使っている人はいないし、魔術師の騎士でもここまでの技術は求められていないと思う。
まあ、学園の教えなんて社会に出てからはそこまで使うものではないし、安全に実戦練習ができるというだけでもいいのかもしれない。
「じゃあシルヴィアさん、アーシェさん、また放課後に」
「ええ」
「また後で会いましょう」
シルヴィアさん達と分かれ、次の教室へと向かう。
次の授業は風魔法の授業なのでサリア、ミスティアさん、キーリエさんと一緒だ。
教室に入ると、すでにみんな席についていて、私の姿を見ると挨拶してくれる。
「ハク、会いたかったぞ!」
「はいはい、私も会いたかったよ」
ぐりぐりと頭を擦り付けてくるサリアを適当に宥めながら私も席に着く。
サリアの甘える攻撃は今に始まったことではないけど、例の事件以降その傾向が強くなった気がする。
まあ、いいんだけどね。普通に可愛いし。もし私が男のままだったら反応していたかもしれない。
慣れてしまったのか、今では全然反応してくれないけど。
「ハクさん、聞きましたよ! 何でも、あのAランク冒険者パーティ『流星』に会ったのだとか!」
キーリエさんは相変わらずやかましく寄り付いてくる。
縋るようにミスティアさんを見るが、にっこりと微笑むだけで特に何かしてくれることはない。
たまーに注意してくれることもあるけど、それでもキーリエさんが止まった試しはないけどね。困った人だ。
「会いましたけど、どこ情報ですかそれ?」
「アルト王子に伺いました!」
「いつの間に……」
学園は城から近いこともあって王子は寮ではなく城から通っている。
王子は恐らく、王様あたりから聞いたんだろう。だから王子が知っているとしても何ら不思議はない。
問題はいつ聞いたかだ。朝の時点でその話を出さなかったということはその時点ではまだ知らなかったんだろう。Bランクの魔物を単独で倒したっていう情報もある意味で凄いことではあるけど、それよりも有名な冒険者パーティと出会ったという方が情報としては高い気がする。
だから、聞いたとしたら授業中か、授業の合間の僅かな休憩時間くらいしかないんだけど、だとしたら行動力が高すぎる。
私は王子の事をそれなりに知っているから普通に会話できるけど、大体の学生は王子という肩書からなかなか話しかけられないはずなんだけどな。
確かに、学園では身分は関係ないから友達感覚で話しかけても不敬には当たらないけど、だからと言って気軽に取材しに行くかね普通。
きゃーきゃーと捲し立てるように喋り続けるキーリエさんのトークは先生が来るまでの間ずっと続いた。
うん、ほんとに、悪い人ではないんだけどね。ただ、やっぱり少し苦手だ。
感想ありがとうございます。