第二百九話:自称記者
彼女らに接触するという目的は果たせたが、なんだか微妙な空気になってしまった。
わかったことは、彼女らが転生者として凄い力を持っているということと、竜は悪い奴、慈悲はないって感じに目の敵にしてるってことくらいか。
一応、エルがそこまで危ない奴ではないということには気づいているのか、あの二人に関してはそこまで積極的という風ではなかった。
まあ、私のことをエルに育てられた人間だと思っているようだったからそれで気を使ったのかもしれないけど。
彼女らがどこから転生してきたのかは知らないけど、親を殺される子の気持ちというのは理解できるのかもしれない。
あれで同情して手を引いてくれれば一番いいんだけど、多分無理だろうなぁ。
話をしっかりつけるなら、リーダーと言っていたセシルさんか、発言力の強そうなルナさんを説得する必要があるだろう。
セシルさんはまだ話が分かりそうな雰囲気があるけど、ルナさんはどうだろうか。シンシアさん達以上に凝り固まった思考をしていそうだから苦労しそうだ。
「ハクお嬢様、昨日はどちらへ?」
「ちょっと依頼を受けにね」
私の後に続きながら声をかけてくるエル。
同室のサリアにもそのように報告していたから特に怪しまれることもなかった。
まあ、エルは気にしていないとはいえあの四人にはあまりいい印象を持っていないから私が彼女らに会っていると知れたら少し拗ねてしまいそうだから言わないだけで、別に言っても問題はないんだけどね。
雑談しながら教室へと向かうと、シルヴィアさんとアーシェさんが出迎えてくれる。
「おはようございます、ハクさん。それにサリアさんとエルさんも」
「ご機嫌よう、皆さん」
「おはようございます」
「おはよー」
「おはようございます!」
軽く挨拶を交わしてから席に着く。
そろそろ夏休みに入るということもあって、テストが近い。おかげでクラス内はピリピリとした雰囲気に包まれており、少し居心地が悪かった。
まあ、まだ半年余裕があるとはいえ、このテストの結果はクラス昇格に大きく関わるから気が抜けるものではないのはわかる。
Bクラスともなれば競争率はかなり高く、次の学年になる頃には半分以上が入れ替えとなっていてもおかしくはない。
もちろん、私だってちゃんとクラスを維持できるように勉強は欠かしていない。最近では、シルヴィアさん達と一緒に図書館で勉強会を開くことも多くなった。
とはいえ、今回のテストの内容はほとんどが一年の時の復習だからしっかりと頭に入っていればそう難しいことはない。気を付けるべきは、新たに受け始めた別の授業だろう。それも、錬金術も刻印魔法もテストの内容は簡単に想像できるからそう焦る必要もなかった。
ちなみに、エルは錬金術に関しては結構優秀だったが、刻印魔法に関しては少し苦手らしい。
何でも、細かい作業はあまり得意ではないのだとか。錬金術の魔石変換も細かい作業だと思うんだけど、それはいいんだろうかと思わなくはない。
「ハクー、おはよー」
「あ、ミスティアさん、おはようございます」
一人の女生徒を伴ってミスティアさんがやってくる。
いつも魔法薬研究会のメンバーとして放課後に顔を合わせることが多いけど、最近では教室でもよく話しかけてきてくれる。
せっかく同じクラスになったのだから、交友関係は広く持っていた方がいい。
「ハクさん、聞きましたよ。昨日、ギルドの依頼でディノメントを討伐したのだとか!」
「え? ま、まあ……」
興奮した様子で話しかけてくるのはキーリエさん。
前髪を切り揃え、赤い髪留めで止めており、小さめの眼鏡をかけている一見清楚そうな女性。ミスティアさんの友達で、自称記者、らしい。
噂好きで面白そうなことを見つけると積極的に首を突っ込んでいく。そして、たまに痛い目を見る。
好きなことに精一杯な姿勢はいいが、私は正直あまり得意ではない。
というのも、最近の彼女の命題は私を取り巻く人物の観察らしく、よく話を聞かせろとせがんでくる。
私は元々そんなに社交的な性格ではないからぐいぐい来る感じの人は苦手なのだ。
今回の件は恐らくギルドから仕入れたのだろう。私の行動範囲は把握しているらしいから、話を聞けそうな所には積極的に首を突っ込んでいく。
多分、ギルドからしたら迷惑な存在だからそのうち叩きだされる気がする。悪い人ではないんだけどなぁ。
「凄いじゃないですか! ディノメントと言えばBランクの魔物ですよ? ハクさんが優秀なのは知っていますが、単独で討伐できるなんてもうAランクも間近なんじゃないですか?」
「今は別にランク上げる気ないですけどね」
「もったいない! ハクさんならきっとSランクにだってなれちゃいますよ!」
倒したのは私じゃなくてシンシアさんなんだけどね。ギルドにもそのように報告したはずだが、どうやら勘違いしているらしい。
まあ、これくらいはいつものことだ。特に気にするようなことではない。
「この調子なら闘技大会に参加するメンバーにも選ばれるかもしれませんね!」
「え? 闘技大会?」
闘技大会は年に一度開かれる。そういえば、そろそろそんな時期なのか。
以前はお姉ちゃんの戦いを見るつもりがなぜか飛び入り参加することになり、結果的に準優勝という記録を残した。
まあ、あれはお姉ちゃんにわざと負けてもらって勝ち取ったものだから本来なら三位か四位どまりだっただろうけど。
それはともかく、なんでここで闘技大会が出てくるのだろう?
「あれ、知らないんですか? 毎年学園では技術向上のために数名を闘技大会に参加させることになっているんですよ?」
ああ、そういえば以前ホームルームで話していたような?
てっきり上級生だけの話かと思っていたけど、私も選ばれる可能性があるのか。
まあ、実績だけ見れば私は前回大会の準優勝者だし、資格は十分にあるように見える。かといって、参加するかと言われたら、どうだろう。
正直、大会で優勝だのなんだのして得られる栄誉なんていらないし、賞金だってすでに十分な資金を持っている。
唯一メリットがあるとしたら学園での成績に加点してくれそうな点だけど、そこまでして稼がなくても私はサリアと同じクラスになることが決定しているし、別に躍起になる必要はない。
「ハクさんは前回準優勝してますし、今度こそ優勝が狙えるのでは?」
「別に興味はないですけどね」
「えー! あ、じゃあエルさんはどうです? エルさんもハクさんに並ぶくらいの実力があるでしょう?」
エルはもっと無理じゃないかなぁ……。
そりゃ、確かに実力はあるだろう。なにせ竜だし。人状態でもその実力は相当なものだ。
だけど、普通に考えて竜を参加させるなんてしちゃだめだろう。どう考えても過剰戦力だし、今は余計な監視も付いている。下手に参加して人に危害を加えたとか言われても困る。
もちろん、エルが竜であるということは一部の人しか知らないからしょうがないけど、もう少し考えて欲しいものだ。
「参加してもいいですけど、優勝しちゃいますよ?」
「しちゃってくださいよ! スクープになります!」
「エル、ダメだからね?」
お願いだから大人しくしておいてください。
まあ、心配しなくても王様か、事情を知っていると思われる学園長あたりが止めてくれるだろう。
きゃいきゃいと賑やかな声に適当に相槌を打ちつつ、小さくため息を吐いた。
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