第二百八話:イメージの違い
「もしかして、ハクちゃんも転生者なのです?」
思わぬ質問に少しどきりとする。
私が転生者だと知れたら、どうするのだろう。やはり勧誘してくるのだろうか。
私は別に保護されなくても十分に生きていけるだけのお金があるし、王様に気に入られるくらいには立場もはっきりしている。
お姉ちゃんだっているし、友達もたくさんいる。わざわざ保護される必要はない。
それに、私は聖教勇者連盟の人達が目の敵にしているらしい竜だしね。多分相容れることはないだろう。
「それは、まあ、多分?」
「多分? 曖昧なのです」
「ちょっと記憶が怪しくて」
誤魔化す意味も含めて、少し曖昧に返しておいた。
前世の記憶があるのだから転生者には違いないんだろうけど、私の場合は生まれが少し複雑だ。
アリシアが言っていたような神様とやらにも会っていないし、精霊の身体に転生したって言うのも他では聞いたことがない。
それとも、こういう事例はいくつかあるのだろうか?
「例えばですけど、人間以外に転生することってあるんですか?」
「もちろんなのです。私もエミちゃんもそうですし、本部にもドワーフやショーティーの方がいるのです」
「魔物に転生した人とかは?」
「それは……わからないのです。強い魔物はみんな討伐しちゃいますから」
ああ、元々聖教勇者連盟は世界の危機に瀕するような強力な魔物が現れた場合にそれらを討伐するために勇者を派遣する。それが転じて、今ではその戦力を生かして、通常の冒険者では討伐できないような強力な魔物を討伐するために腕を振るうことが多い。
転生者が特別な力を持つなら、魔物に転生したものは当然強い魔物となるだろう。そうなれば、聖教勇者連盟の目に留まり討伐されてしまう。
言葉を解せるならまだ望みはあるかもしれないが、そうでないなら事情がわからず、討伐するだけになってしまう。
なんというか、人間っぽくて助かったな。
「こっちも質問していいのです?」
「あ、はい、なんですか?」
「エルさんは、ハクちゃんの育て親なのです?」
育て親、まあ、生まれた時から面倒を見てくれたのだから育て親と言えなくはないのかな?
別に両親が育児放棄したとかそういうことはなく、普通に育ててくれていたようだから親と呼ぶならそっちの方なのかもしれないけど、エルもまあ、育て親と言って差し支えはないだろう。
「まあ、一応」
「だからあんなに仲良しなのですね」
「家族ですから」
エルの子育ては色々大変だった記憶があるのだけど、それを含めて家族と言える仲だ。
まだ記憶を完全に取り戻せたわけではないけれど、今があればそれでいい。
思い出はまた作ればいいのだから。
「ルナがエルを倒すって言ったこと怒ってる?」
「それはもちろん。もし本当にやったら私はあなた達を殺してしまうかもしれません」
見ず知らずの竜が殺されるのならまだ耐えられるかもしれない。私はほぼ人間として育ったから、特に仲間意識のようなものはない。
だが、エルは話が別だ。
エルは何もしていない。ただここに飛んできて、私の世話をしているだけだ。いうなれば地方から主家に奉公に来たようなものであり、何らやましい気持ちはない。
もちろん、エルがこれまでに全く人に迷惑をかけていないかと言われたらそうではないのかもしれない。でも、世界の管理者たる竜がいたずらに人に危害を加えようとしているとは思えない。
もし危害を加えているのなら、それは何か理由があるのであって、故意ではないはずだ。
そんな無害で優しい竜を危険だから排除すべきだと言ったルナさんの印象は正直言って最悪だ。危険な魔物を倒す任務を負った責任から来たものだとしても、あまり仲良くしたいとは思わない。
穏便に話すつもりだったのだけど、つい本音が出てしまった。
それだけエルのことは大事だし、失いたくない人物なのだ。
「でも、竜はとても危険な存在なのですよ? 町を壊したり、人を襲ったり、今までにもかなりの被害が出ているのです」
「そうだよ。竜は悪い奴なんだよ?」
「それが?」
そもそも、竜が町を襲っただとか人を襲っただとかという報告はほとんどが誤情報だと聞いている。
例えば、町に魔物が現れ暴れていたのを竜が退治しただとか、魔物の攻撃で怪我をしていた人を竜が治癒魔法で癒したとか、そういった事例が妙な形で伝わり、竜が町を襲ったとか人を襲っただとか言う風になっているのだ。
エルに話を聞いて実際に歴史を紐解いてみると、確かに竜の陰に隠れて特異な魔物が現れたという報告は結構ある。
竜という圧倒的強者という肩書が独り歩きし、極悪非道な殺戮生物のようなイメージがあるのが原因だろう。実に迷惑なことだ。
「私は竜が間違ったことをしているとは思わないです。むしろ、人の方がよっぽど極悪非道だと思います」
以前、アリアを攫われたことがあった。あの時は生きた心地がしなく、呪いのことも相まって何もできない自分に歯噛みしたものだ。
人間は強い力を持つと増長する。そして、群れることによって自分が強いと思い込む。それはやがて周囲を蝕んでいき、いつか致命的な膿を作る。
強い力を持ちながら、仲間を殺されても復讐することもなく世界のバランスを保つために尽力する竜達は人間なんかよりよっぽど優秀だと思う。
私の言葉に二人は困惑したように眉を顰め、お互いに顔を見合わせていた。
完全に、竜が絶対悪だと信じ切っている。それはルナさんの教えなのか、聖教勇者連盟全体の思想なのか、よくわからないけど、このままではいつか世界は破綻するだろう。
「あなた達は、なぜ竜が悪だと思うのですか?」
「え、それは、竜が私達を襲うから……」
「襲っているのは人間の方じゃないですか?」
700年前にあったという魔王を倒すための戦い。詳細は省くが、簡単に言えば魔王が現れたから勇者を召喚し、仲間を集めて魔王がいる竜の谷へと討伐に向かった、という話だ。
学園の教えでは勇者は激闘の末に魔王を封印し、世界に平和をもたらしたとある。だが、実際に魔王が何をしたかについてはあまり語られていない。
当時は戦乱も多く、魔物の数も今以上に多かった。それが魔王の仕業だという先生もいる。だけど、本当にそうだろうか?
少なくとも、魔王の側近たる竜はほとんど目撃例がない。つまり、竜の谷からほとんど出ていないはずなのだ。
竜の谷は人里からはかなり離れた辺境の地にあると聞く。生活圏の近くに魔物が現れたから討伐するというのはわかるけど、そんな遠い場所にいるのにわざわざ狩りに行く必要はあったのだろうか?
というか、竜は魔王の側近だという話をよく聞くけど、私はそうは思わない。だって、竜は世界の管理者であり、増えすぎた魔物の討伐も仕事のうちだ。
魔王という存在のせいで魔物が増えていたのなら、当然竜は魔王を倒す立場にあるはず。単に、魔王の傍に竜がたくさんいたから魔王の仲間だと勘違いされただけなのではないかと思う。
そう考えると、勇者は魔王を何とかしようとしていた竜を邪魔したことになる。
魔王討伐は必要なことだったのかもしれない。でも、狩るべき相手を見誤っては意味がない。実際、魔王は倒し切れずに封印するだけにとどまったわけだし。
ますます困ったように顔を顰めるシンシアさん。私の言葉に少しでも思うところがあればいいんだけど、あまり期待はできないかな。
「私もエルもあなた達と戦う意志はありません。だから、このまま手を出さずに帰ってくれると嬉しいです。では、失礼しますね」
私はぴょんと丸太の上から飛び降りると帰路に就く。もちろん、アリアに声をかけるのは忘れない。
後に残されるのは、呆然とした様子で残されるシンシアさんとエミさんの二人だった。
感想ありがとうございます。