第二百六話:二人の実力
捜索を始めること数十分。思いの外森の奥まで来てしまったが、ようやく発見することが出来た。
ちょうど狩りが終わったところなのか、足元に転がる数匹のフォレストウルフの死骸を貪り食っている。
どうやらまだこちらには気づいていないようで、食事に夢中になっていた。
「さて、どうやって仕留めようか」
ディノメントは生息する地域によって属性が変わる。今回の場合は体色からして、恐らく火山地帯から来たのだろう。転がっている死骸が多少焦げ付いていることからしても間違いないと思う。
となると火属性。相性がいいのは対抗属性である水か。
『アリア、ディノメントって魔法通る?』
『通るよ。あれが相手なら水が一番だけど、ハクなら多分どの属性でも余裕だと思う』
アリアにもお墨付きをもらえた。流石にどの属性でも余裕って言うのは買いかぶりすぎだと思うけど、火属性以外だったらダメージを通すことくらいはできそうな気がする。
まあ、今は不意打ちができるわけだし、無難に水属性で攻めますか。
私は右手を魔物に向け、槍を思い浮かべる。変化に富んだ水は武器を形作るウェポン系の魔法とは相性抜群なのだ。
私の身長よりも長い水の槍が生成され、勢いよく飛んでいく。それは狙い過たず、捕食している魔物の眉間に突き刺さった。
「グギャァァアア!」
槍は深々と突き刺さった後、ややあって霧散する。多少加減して放ったのだが、どうやら加減しすぎてしまったようで、止めを刺すまでには至らなかったようだ。
別に加減なんかしなくてもよかったんだけど、竜状態になれるようになってから魔力が圧倒的に増えてしまい、それに伴って威力もかなり増大している。そのため、加減なしにいつも通りに放ってしまうと木っ端微塵にしてしまう可能性があるのだ。
殺すだけならそれでもいいのだが、依頼を受けている手前、討伐証明部位を持ち帰らなくては依頼達成にならない。それに、私はできることなら魔物の素材は有効活用したいので出来る限り傷つけたくない。そういう理由もあり、加減したというわけだ。
「ガァァアアア!!」
怒りに任せて突進してくるのを軽く跳躍してかわす。
浅かったのか、眉間の傷はあまり大したことがなく、血もあまり出ていない。
うーん、これならいつも通り水刃で首を落としてしまった方が楽かな?
ただ、その巨体には見合わないほどの素早さがあり、しかもかなり暴れているのでうまく首に狙いが定まらない。
下級の魔物を相手にする時はいつも先制で水刃を放って首を落としていたから戦闘状態に入ってしまうと流石にそこまで綺麗には狙えない。
一度落ち着かせるか、動けなくする必要がある。
「うーん、どうしようかな」
私の【ストレージ】には結構な量の魔物が貯蔵されているが、ディノメントはまだ持っていない。
せっかくの珍しい魔物なのだからできれば綺麗な状態で欲しい。
別に何に使うと決めているわけではないけど、なんとなくコレクション魂が疼いてしまうのはなぜだろうか。
いつかは竜……は無理でも、何か珍しい魔物を手に入れたりしたいよね。
『ハク、後ろ!』
「危ないのです!」
アリアの声と女性の声が聞こえたのは同時だった。
振り返ると、そこには大口を開けたディノメントの姿がある。
瞬間移動? いや違う。もう一匹いたのだ。
私にとって今更Bランクの魔物など取るに足らない相手だ。だからこそ、戦闘中にもかかわらずどうでもいいことを考えられていたし、それでも負けないという確信があった。
だけど、もう一匹来るのは予想外。いつもなら探知魔法に気を配っているのだが、今回は背後に尾行が付いてきているということもあってそちらに気を取られて別の気配には注意していなかった。
流石にこの距離じゃ避けられないな。仕方ない。
「くっ……!」
私はとっさに身をよじり、大口を躱す。しかし、完全には躱し切れず、左腕をばくりと行かれてしまった。
肘から先がなくなった左手を押さえ、痛みに身をこらえる。
いくら竜が頑丈だとは言っても、今は人間状態だし、痛いものは痛い。ただ、思ったよりは耐えられるなと思った。
……私もたいがい人間やめてきてる気がする。元から人間じゃないけど。
さて、それはいいとしてこの状況を何とかしなくてはならない。
暴れ狂う魔物が二匹。左手を失ったとはいえ、まだ対処できないわけではない。声さえ出れば、いや考えることさえできれば魔法は撃てるのだから。
ひとまず、数を減らそうと右手を上げた時、不意に甲高い音が響き渡った。
「ギュァアアアゥ!」
それと同時に断末魔を上げる魔物。何が起こったのかわからず目をぱちくりさせていると、魔物の横をすり抜けて私の前に二人の女性が立ちはだかった。
「もう見ていられないのです! エミちゃん、ハクちゃんの治療をお願いするのです!」
「まっかせろー!」
緊迫した様子のシンシアさんと比べ、いまいち緊張感が足りない口調で答えるエミさん。
シンシアさんは私を後ろに庇い、手にした魔道銃の照準を魔物に合わせていた。
「ハクちゃんをやらせはしない、のです!」
若干幼さの残る声で宣言したのと同時に聞こえる甲高い銃声。それと同時に、目の前にいる魔物の腹部が弾け飛んだ。
魔道銃とは、魔力を込めることで弾丸となる魔力の塊を作り出し、それを高速で撃ちだすというのが基本的な使い方だ。魔道銃の種類によって打ち出す魔法の種類や威力は変わるけど、拳銃型の場合大抵は下級魔法並みの威力となる。
しかし、先程のシンシアさんの銃撃は上級魔法にも匹敵するほどの威力があるだろう。弾丸二発で体の一部を消し飛ばすとか普通じゃない。
シンシアさんは倒れゆく目の前の魔物には目もくれず、即座に反転して背後にいるもう一体の魔物に向かって引き金を引く。
今度は頭に命中し、その中身を周囲にぶちまけた。
一瞬のうちに終わった戦闘。私も人のことは言えないと思うけど、まだ成人もしてなさそうな子供がやったとは思えない惨状だった。
「手、見せて?」
「え、あ、はい」
そんなシンシアさんの様子には目もくれず、私のなくなった腕を見たエミさんは、軽く患部に手を当てて呟いた。
「ヒール!」
その瞬間、優しい翡翠色の光が腕を包み、傷を癒していく。
ヒールは光属性の治癒魔法で、効果は自然治癒力を高めて傷を癒すというもの。その特性から、かけてもしばらく経たないと傷が癒えることはない。
しかし、エミさんのヒールは格が違った。まるで早回しでも見ているかのように見る見るうちに腕が再生し、数秒後には完全に元の状態に戻っていた。
普通、部位欠損をした場合はヒールをかけても治ることはない。もがれた腕があるとかならワンチャン繋がる場合もあるけど、基本的には治すことはできない。
それを当たり前のように治したばかりか、この回復速度。どう見ても普通ではなかった。
向こうから接触してきて話をー、という目的は達成できたが、私はどうやら相手を侮っていたらしい。
どこかのガンマンよろしく銃口から発せられる煙をふっと息で吹き消してから近づいてくるシンシアさんと、あれだけの異常な治癒魔法を見せつけておいてそれを全く自覚してなさそうなエミさん。
味方になってくれれば頼もしいけど、敵に回したら凄く面倒くさそうだなと思った。
感想、誤字報告ありがとうございます。