第二百五話:話がしたい
あれから二週間が経過した。
今のところ、目立った動きは見えない。たまに町に出る時に遠巻きに見られているくらいだ。
一応隠れているつもりなのか、いつも何かの陰に潜んでいるんだけど、探知魔法が使える私からしたらバレバレもいいとこ。ただ、やっているのがシンシアさんとエミさんだから下手をすると子供の遊びのようにも見える。
彼女らの気配にはエルも気づいているようだったが、特に気にした風はなくいつも通り私に接してくれている。
向こうから手を出してくるまでは手を出さないことにしてくれたようだ。まあ、私が頼んだからというのもあると思うけど。
彼女らが死んでしまうと厄介なことになってしまうので暴れるにしても手加減してくれるように頼んである。でも、もし命の危険を感じたら容赦するなとも言ってある。
面倒事になる可能性はあるけど、それよりもエルの命の方が大事だ。彼女らの実力がわからない以上、万が一ということもあるのだから。
とはいえ、こんな街中で襲ってこないだろうということは理解している。初めは警戒してずっと気を張っていたけど、今ではいつも通りの生活に戻っていた。意識してやっているのは、こうして探知魔法で定期的に彼女らの位置を確認することと、エルを町の外に出さないことくらい。
「さて、行きますか」
今日は休みを利用して一人でギルドへと訪れている。
というのも、そろそろ接触を試みてみてもいいタイミングではないかと思ったからだ。
彼女らの噂はちらちらと聞いている。どうやら、私のことについて調べて回っているらしい。
私の知り合い達の下に次々と訪問しているらしいからあまり隠す気はなさそう。
まあ、あれだけ盛大に敵対宣言をしておいて今更隠してもあまり意味はないだろう。私も竜であるということを除けば特に知られてはまずい情報というのはない。
もちろん、知り合い達にはあらかじめ私の正体は内密にするように頼んである。まあ、元々秘密事項だから改めて言わなくても多分喋らないだろうけど。
向こうが大々的に調べているのだからこちらも調べてやろうと思ったのだけど、これがまたあまり情報がない。
わかっていることは、全員がAランクの冒険者だということと、貧しくて依頼を出せない村を回って問題を解決して回っているらしいということだ。
特に、エミさんは治癒魔法の使い手らしく、よく無償で治療を行っているらしい。
話だけを聞く限り、とてもあんな苛烈な発言をするとは思えないのだけど、やはり竜相手だと何か思うところがあるのだろうか。
とにかく、情報をまとめる限りは悪い人ではなさそうだし、これ以上の情報を求めるなら直接聞くくらいしか思いつかないので接触してみようというわけだ。
「すいません、この依頼をお願いします」
適当な依頼を掲示板から剥ぎ取り、受付へと持って行く。
これは町の外に行く理由を作るためだ。別にダンジョンへ潜るでもいいが、それだと出会わない可能性が出てきてしまう。
会うだけなら街中でも構わないのだが、今のところ隙を見せても全く接触してくる様子がない。出来れば向こうから接触してきて、なし崩し的に話をするという風に持ち込みたいのだ。
もしかしたら人気の多い場所では会いたくないのかな、と思ったので、わざわざ人気のない場所まで出向いてやろうというわけだ。
正直、会い方に拘らなければ不意を突いて尾行しているところに押しかけてやればいいだけだけど、それだと印象が悪いし、あまり話を聞いてくれないかもしれないからね。目指すのはあくまで自然な形の出会いだ。
無事に受付を済ませ、外に出る。
探知魔法で追いかけてきていることを確認しながら歩き、町の外へと向かった。
今回受けたのはディノメントという魔物の討伐。本来は雪山や火山と言った過酷な環境に生息する魔物なのだが、最近近くの森で確認されたらしい。
これは恐らくエルの影響なのだろう。竜は存在するだけでも圧倒的な威圧感があるため、大抵の魔物は委縮してしまう。
中には逃げようとパニックになる者もおり、竜が通った後は軽く生態系が変わることがあるのだとか。
だから、エルがここに来る際にそれらの魔物を刺激してしまい、本来の生息域から離れた場所に現れることになったのだろう。
ある意味で私のせいでもあるので、少しは処理しておこうと思ったわけだ。
「でも、地味に面倒なのを選んじゃったかも……」
魔物が目撃されたのは街道を少し先に行ったところにある森の中。ちょうど、以前転移魔法の練習で訪れた場所だ。
そこそこ距離が離れているため、歩きだと少し時間がかかる。というか、私の素の体力じゃ一日で辿り着くのは難しいだろう。
もちろん、身体強化魔法をかければ十分に往復できる距離ではあるけど、問題なのは尾行している二人がついてこられるかという点だ。
そんなにスピードを出すつもりはないが、相手は女の子だ。少し心配ではある。
いや、一応Aランク冒険者なのだし、身体強化魔法くらい普通に使えるかな? いざとなればスピードを調整すればいいのだし、そこまで気にする必要もないか。
頭に浮かんだ心配を振り払い、脚に身体強化魔法をかける。
往復することを考えると、少し走る必要があるだろう。ちらりと尾行に目を向けしっかりついてきていることを確認しつつ、軽めに走り出す。
問題は……なさそうだね。普通についてこれてるみたい。
そのことにふっと胸を撫で下ろしながら目的地へ向かう。まだ朝も早い時間に出発したおかげか、お昼前にはつくことが出来た。
「さて、ここからだけど……」
すでに街道を外れて森の中へと入っている。周囲には尾行の二人を除いて人の気配はなく、完全に私一人の状態だ。
向こうに接触する意思があるのなら絶好のタイミングだと思うのだけど、一定の距離を置いて付いてくるだけで未だに接触してくる気配はない。
うーん、これでもダメか。やっぱりこっちから話しかけるしかないのかなぁ。
正直、向こうから接触してきてほしいというのは私の単なるこだわりだ。多少印象は悪くなるとしても、敵対の意思がなければ友好的に会話することも可能だろうし、印象の操作はどうにでもなる。
むしろ、向こう側はあれだけの啖呵を切ってしまったせいで話しかけにくいのかもしれないし、こちらから話しかけてあげた方がスムーズに事が進むのかもしれない。
ひとまず、依頼を終わらせて、それでも話しかけてこなかったらこっちから話しかけよう。そう思い、私は魔物の捜索に注意を向けた。
探知魔法の範囲を広げてみる。すると、いくつかの反応がキャッチできた。
魔力を覚えることが出来れば個人を特定することも可能だが、そうでない場合は単に魔力を持つものを検知する。これは魔力を糧にする木々も対象となるので森の中での探知魔法はあまり精度が良くないのだが、私の場合はパターンごとに別々の反応としてとらえているので木々を避けて魔物のみを検知することも可能だ。
だが、魔物は検知できても特定の魔物をとなると少し難しい。もちろん、魔力の量によって多少の強さは判別できるが、ある程度のレベルになると似通った魔力量も多いので判断ができないのだ。
今回の場合はランクで言うとBランクに当たる魔物であるから多少判別は楽だが、探知魔法も万能ではないのだ。
今のところ、引っかかっているのは下級と思われる魔物のみ。これは、多少森の奥に行かないと出会えないかな?
私は索敵範囲を徐々に広げながら歩きだす。うまくいくといいな。
感想、誤字報告ありがとうございます。