第二百四話:こちらも不安
聖教勇者連盟ルナの視点です。
私はよく冷静な性格だと言われる。常に戦況を見て、指示を送ることが多いからそう言われているのだろう。
だが、実際はそんなことはない。むしろ、激情家ともいえる。曲がったことが大嫌いで、間違いを犯そうとしている人を見ると放っておけない、そんな人間だ。
だから、明らかに間違った道を歩もうとしている王の態度が許せなかった。
「まさか、バスティオン王があんな風に返してくるとは思わなかったな」
宿泊している宿の部屋まで戻り、ひとまず人心地着く。
セシルは軽い調子で言っているが、その表情を見れば納得いっていないのだろうということはすぐにわかった。
セシルだけではない。シンシアもそうだ。エミはそういう難しい話はわからないのかいつものポヤポヤとした表情のままだけど。
「竜と約束をした、か。そんなもの、何の意味もないだろうに」
歴史を振り返れば、竜がいかに悪かがわかる。
気まぐれに町を訪れ、破壊の限りを尽くし、かと思えば気まぐれに去っていく。
その特性から甚大な被害を被ったところもあれば数人の負傷者が出た程度で済んだものもある。だが、いずれにしても竜と人が出会う事によって人は何らかの被害を受けるのだ。
まるでゲームに興じるかのようにいたずらに人々に恐怖を落としていく竜の存在はそれだけ脅威となる。
万が一にも街中に置いておいていい存在ではない。竜にとって、人間との約束など何の強制力もないのだから。
「ですが、エルさんは他の竜とは何となく違うのです」
「確かに、あのハクという少女のことを本気で敬愛しているようだったな」
この国に竜が飛来してからすでに三か月以上経過している。ことを起こすつもりならとっくに何か起こっているだろう。
その抑止力となっていると思われるのがあの少女。7、8歳かそこらだと思われる少女は人形のように表情を崩すことなく、淡々と竜との関係性について説いて見せた。
彼女と竜の間にあったのは強い信頼。恋人か、あるいは親子のようなそんな関係に見えた。
「それは恐らく、ハクの出自によるのだろうな」
普通に考えて、竜が人間に傅くことなどありえない。竜が従うのは自分より強い者だけだ。
確かに、ハクという少女は年齢の割には強い力を持っていたが、竜より強いとは思えない。
これを解決する糸口は、竜が口にした生まれた時から世話をしているという発言だ。
「彼女は恐らく、竜の谷で育ったと思われる」
極稀に、魔物に育てられる人間というものが存在する。
何らかの理由によって捨てられた子供をどういう理由かはわからないが魔物が保護し、自分の子供として育てる場合があるのだ。
流石に竜に育てられたというのは聞いたことがないが、そう考えれば辻褄が合う。
ハクは強い魔力を持っている。それは恐らく、竜の子供と同等かそれ以上のものだったのだろう。竜は仲間意識は薄いが、子供に対しては寛容だ。だから、ハクの事を自分の子と勘違いして育てた可能性はある。
そして、その時世話をしていたのがあのエルという竜なのだろう。親子というのもあながち間違いではなかったのかもしれない。
「確か、あの竜はハクのことを探しに来たと言っていたな」
「ああ。何らかの理由で竜の谷からいなくなったハクを探しに来た、ということだろう。あの年齢なら、まだ十分に庇護の対象だろうしな。わざわざ探しに来たというのもわかる」
あの竜の溺愛ぶりから見るに、町の人間を襲わない理由はそこにあるのだろう。ハクの悲しむことはしたくないということだと思われる。
となると、今一番注意すべきなのは竜ではなく、あの少女ということになる。
竜が町を襲わない理由がハクにあるとしたら、ハクに何かあれば暴れ出す可能性があるということだ。
「あの少女のことを調べる必要がありそうだな」
後腐れがないようにするならばハクもろとも始末してしまえばすべて丸く収まる。だが、ハクは王からも結構気に入られているようだった。あまり強硬策に出て国との関係性が悪化するのもまずい。
しばらくは監視を続けつつ調査を行い、彼女がどういった人物なのかを知る必要がある。
「私は、調査に回った方がいいだろうな」
私は彼女の前で竜を討伐するように強く主張してしまった。
あの竜のことを信頼している彼女からしたら私は嫌な奴だろう。
私の見識眼は監視には非常に役に立つが、今回は止めておいた方がいいだろう。
「はいはーい! ならエミが監視やるー!」
「私もなのです。大人より子供の方が向こうも安心すると思うのです」
監視に立候補したのはエミとシンシアだった。
確かに、尾行がばれた時に私や物々しい雰囲気があるセシルよりも子供らしいエミとシンシアの方が安心できるかもしれない。
それにこの監視は相手のことを知るための監視であるから直接接触することも十分に考えられる。その点でも、歳が近いというのはプラスに働くはずだ。
「よし、なら俺とルナが調査。シンシアとエミは監視と、出来ることなら直接話を聞く。という方針でいいか?」
「ああ」
「異議なーし!」
「なのです!」
全員の意見が一致し、ひとまず会議は終了する。
この後は、本部に連絡を入れた後各自動くことになるだろう。
本部からの返答次第では方針転換をするかもしれないが、十中八九私達と同じ結論に達するはずだ。
私達としては竜なんてさっさと倒してしまいたいと思うところだが、一般人からしたら竜は相当な脅威だ。
人が寄り付かないような辺境の地で戦うのならばともかく、人の多い街中でとなると多少なりとも被害が出るだろう。私達もそれは望んでいない。
都合よく町から離れてくれるのならば考えるが、今はまだ討伐に動き出すのは早い。
「ん? どこ行くんだ?」
「ギルドに行ってくる。行動は早い方がいいだろう」
「真面目だな。まあ、それがルナらしいと言えばそうだが。ほどほどにな」
「行ってらっしゃいなのです!」
「いってらっしゃーい」
王都に着いてからすぐさまギルドへ行き、王城へ行きと繰り返していたためあまり休めていない現状。一応、竜の存在も確認でき、今後の方針も決まったこのタイミングならば少し休んだ方がいいのだろう。
だが、今こうしている間にも何か問題が起こったらと思うと気が気でない。情報を手に入れるなら早い方がいいだろう。
見送る三人に手を振って別れ、ギルドへと向かう。こういう時は、Aランク冒険者という立場は情報収集にもってこいだなと思った。
「すまない。ハクという少女についてなのだが……」
適当に冒険者を捕まえて話を聞けば、すぐさま彼女の話を聞けたのは驚きだった。
確か、Bランク冒険者と言っていたからそれで有名なのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
気が付けば他の冒険者達も口々に彼女のことを称えている。
彼女がしてきたという偉業の数々を聞いて、私は目を白黒させるしかなかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。